scene:15 アサルトウルフ
ここの採掘場所で採れた魔煌晶は青煌晶が計量枡二杯分と赤煌晶が十数個だった。それだけでなく神銀と呼ばれる金属を含む鉱石が採掘された。その鉱石を見た途端、エイタは興奮した。
「きょ、きょれは神銀でねえか」
モモカがオヤッと首を傾げ、エイタの顔を見る。
「お兄ちゃん、訛っているよ」
エイタは驚いた拍子に田舎の訛りが戻ったようだ。訛りについてはスルーして。
「驚いた。こんな所に神銀が有るなんて」
神銀は魔導系金属と呼ばれる金属の一種で高度な魔導紋様を使う場合に必要となるものである。神銀と魔煌晶から作られる魔煌合金は、一桁違う魔力量を蓄える事が可能となり大量の魔力を必要とする魔導効果を発動させられる。
エイタが記憶している魔導紋様の中で『思考加速』『物品召喚』『慣性加速』などを使う場合、必ず必要となる金属だった。エイタは採掘される神銀鉱を一欠片も残さずに集め、『抽出分離』で純粋な神銀だけを取り出した。神銀は掌に乗るほどの量しか抽出出来なかった。僅かな量だが魔導符なら五枚、鏃なら二〇本分を作るだけの量が有った。
エイタは神銀と赤煌晶を使って魔煌合金を作製した。出来上がった赤煌神銀を使って雷撃ボルトと凍結ボルトを改造する。雷撃の鏃に『慣性加速』を刻印した追加パーツを組み込み、発射された雷撃ボルトがその直後から加速し最終的には三倍の速度で敵に命中するように調整した。また、追加したパーツに蓄えられた魔力の一部が雷撃の鏃に流れ、今まで以上に強力な雷撃が発生するように改造する。
凍結ボルトも同様に改造した。改造した本数は各特殊ボルトを二本ずつ。エイタとモモカで分けて持つ。
小空間に戻って銅板を探す。『偽魂核』の魔導紋様が見付かった。傀儡馬や軍用傀儡の制御コアを構成している中核部品は偽魂核と呼ばれている。それを製作するのに必要な魔導紋様が同じ名前の『偽魂核』である。
偽魂核の構成要素は、鳳樹の実である『鳳樹核』を魔煌合金でメッキして作られた<偽魂核>、そこに刻印される魔導紋様の『偽魂核』と動思考論理である。
その時、エイタは気付いた。『組成変性』『形状加工』『動思考構築』『偽魂核』どれも自動傀儡を作るのに必要なものだ。ここが迷宮化する前は傀儡工の養成所のような場所だったのかもしれない。
モモカのお腹がぐうっと鳴った。
「お腹空いた?」
疲れたような顔をしているモモカに尋ねると頷いた。
「うん、ペコペコだよ」
「よし、ここでお昼にしよう」
エイタが用意した昼飯は、蒸し芋と鶏肉を薄切りしフライパンで炒めたものだ。塩味だけだが空腹な二人には美味しかった。
モモカはお腹が膨れたので眠くなったようだ。眠そうに目を擦っている。
「モモちゃん、もうちょっと頑張ってね」
手を繋いで最後の関門に向かった。この先にはアサルトウルフが居るはずだ。違う魔物という可能性も有るが、脱出口で待ち構えているのは、アサルトウルフだと言う予感がする。
最後に辿り着いたのは大空洞だった。広さは直径八〇マトルほどの円形の空間で天井の一番高い場所は、十五マトル《メートル》以上ある。
その内部には草木が生い茂っていた。<索敵符>を使うと多くの魔物が住み着いているのが判った。バーサクラットらしい小さなものや双角子豚、アモンバード、そして、アサルトウルフが居た。
盛大に生い茂っている雑草や灌木の為に、姿は見えないが魔力は<索敵符>で感じ取れた。
「ここに長居したくないな。脱出口を探そう」
右回りに壁に沿って調べ始める。モモカもインセックボウを抱えて壁際を探す。
四分の一ほど調べた所でモモカが声を上げた。
「見付けた」
モモカが発見したのは脱出口ではなく、銅板だった。調べてみると『亜空間接続』と言う魔導紋様が手に入った。だが、この魔導紋様は説明文すら難解でどういうものなのかも判らず、その価値を見極められなかった。
取り敢えず記憶し、脱出口の探索を再開した。
不幸なことに脱出口を見付ける前に、魔物に気付かれてしまった。アモンバードの一匹が、エイタ達の姿に気付き近寄ってくる。
「あたし、頑張る」
モモカがインセックボウを構え、アモンバードに狙いを付けて引金を引いた。ボルトが発射されアモンバードの胸を貫いた。血が地面に滴り落ちるのを見て、エイタは拙い事になったと気付く。
ここの主に違いないアサルトウルフが血の臭いを嗅ぎつけ、ここに来るかもしれない。
「モモちゃん、急いで逃げるぞ」
モモカの手を引いてその場を去ろうとしたエイタは、遅かったと悟った。右前方のヤブを掻き分け大きな存在が、こちらへ向かって来るのが目に入った。
「モモちゃん、ボルトを雷撃に変えるんだ」
エイタは凍結ボルトに変え、インセックボウを右前方に向ける。
草叢が右へ左へと波打ち、白い塊が凄い速さで移動するのが見えた。……速い、バーサクラットより素早い感じだ。厄介な魔物に出会してしまった。
アサルトウルフは白い毛皮を纏い背中に青いX印が有る大きな狼の魔物だった。その牙は鋭く爪は獲物を引き裂く為に研ぎ澄まされていた。
ヤブの陰からアサルトウルフが矢のように飛び出して来た。狙いはエイタだ。喉が渇き、血の気が引く。迷わずインセックボウの引金を引いた。凍結ボルトが弓床から飛び出し白い狼を目掛けて飛翔する。
走っているアサルトウルフの軌道が横に逸れ凍結ボルトを躱す。
「クソッ……躱された」
続けてモモカが引金を引き、雷撃ボルトがアサルトウルフに向かって飛翔する。それも躱したアサルトウルフが、また草叢に飛び込んで姿を消す。
「何て素早いんだ、逃げるぞ」
エイタはツルハシを捨てモモカを抱え上げ駈け出した。少し走った地点でアサルトウルフに追い付かれた。モモカを地面に降ろしインセックボウを構える。
アサルトウルフは前方に回り込むようにして二人を追い詰める。唸り声を上げ狼の魔物がモモカを襲おうとする。エイタはモモカの前に割り込み、槍を突き出した。軽やかにステップして槍を躱した狼は、血が凍るような雄叫びを上げる。
『ウォオオオオルーーーーッ』
全身の毛が逆立ち、血が逆流する。モモカの顔も青褪めた。
水晶広場で聞いた雄叫びだ。あの時は恐怖でパニックを起こし逃げ帰ったが、今回は踏み止まった。……後ろにはモモカが居る。こんな奴に殺されてたまるものか。
一歩踏み出し槍で前を薙ぐ。アサルトウルフが飛び退き、鼻にシワを寄せ唸り声を上げる。
エイタはアサルトウルフの居る前方に槍を投げる。狼が躱した隙にインセックボウを構え、対峙したままゆっくりと移動する。モモカはエイタの服を握りしめて付いて来ている。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ、モモちゃん」
怖がっているモモカを元気付け、インセックボウで牽制しながら敵の隙を窺う。
「モモちゃん、あいつを狙って」
「うん」
モモカがインセックボウで狙いを付け雷撃ボルトを発射、アサルトウルフは正面から右へと移動して躱す。二人は狼が居た位置まで移動し地面に突き立っている槍を引き抜く。
「お兄ちゃんが槍であいつの注意を引くから、続けざまに攻撃してボルトが無くなったら、今日作った特別製のボルトを使って狙うんだ」
インセックボウを首にぶら下げたまま槍を構える。邪魔なのだが、ツルハシのように捨てる訳にはいかない。前に出て槍で牽制する。そこにモモカの連続攻撃が始まった。
続けざまに雷撃ボルトがアサルトウルフを襲う。一撃目は躱され、二撃目は肩を掠り雷撃がアサルトウルフの身体を駆け巡る。奴の動きが僅かに鈍り、チャンスとばかりに槍で奴の腹を突いた。
槍の穂先が脇腹に食い込み血を流させる。但し傷は浅く致命傷には程遠い、もう一突きするが躱される。そこにモモカの三撃目が尻に命中する。雷撃が奴を痛め付ける。
アサルトウルフが怒りの咆哮を上げ、エイタに襲い掛かった。牙を剥いて首に噛み付こうとする所を槍の柄で防ぐ。一瞬だけ、エイタとアサルトウルフの力比べが起こったが、そこにモモカの特別製凍結ボルトが命中する。
命中したのはアサルトウルフの肩で、そこの筋肉を一瞬で凍り付かせた。魔物の顔に一瞬怯えが走り、後退する。
モモカは追い打ちを掛け、特別製雷撃ボルトを発射する。これまでの三倍の速度で飛翔するボルトは、アサルトウルフでも避けられなかった。首に命中し雷撃が狼の脳を焼く。
それが致命傷となっアサルトウルフは息絶えた。アサルトウルフの顕在値はモモカに移り、そのレベルを二つ上げた。
エイタは、座り込んでしまったモモカを守るように立ち、辺りを見回す。他の魔物は近づいて来ないようだ。三等級らしいマナ珠を回収し、見事な毛皮を剥ぎ取る。毛皮はリュックに縛り付け背負う。
モモカは緊張が切れたようでぐったりしている。ここに居るのは懸命ではなかった。他にも魔物が居るからだ。エイタはモモカを抱きかかえ脱出口を探す。
脱出口は入り口の真反対で見付かった。鋼鉄製のドアを引くと簡単に開いたので中に入る。中は両側にいろんな展示物が飾られた通路だった。
傀儡ポンプ・傀儡馬・武器らしい物・照明具など二〇を超える展示品が並べられていた。しかし、そのどれもが風化し残骸と化していた。傀儡馬の外装は朽ち果て塵となり失われ、残った金属製の骨格は錆びてボロボロになっていた。その他の展示物も同様である。
エイタは<索敵符>を使って敵が居ないかを調べ、通路に魔物が居ないのを確認した。モモカを通路の床に座らせ、荷物を下ろす。精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。
「ここでちょっと休もう」
エイタもモモカの横に座り休息を取る。リュックからマントを取り出しモモカの体を包む。モモカが船を漕ぎだしていたからだ。その身体はゆらりゆらりと揺れ、コテンと横になって眠ってしまう。
エイタも通路の壁を背にして眠った。
どれほど眠ったのだろうか。目覚めると身体も精神も回復していた。立ち上がり通路を調査する。そこに存在するのは朽ち果てたガラクタでほとんどは調べる価値もなかった。
だが、一つだけ目を惹くものがあった。小さな自動傀儡で小型犬ほどの大きさだろうか。金属製の骨格が錆もせずに残っており、制御コアや二つの偽魂眼も無事だった。ただ外装は無くなっていた。制御コアを調べてみると燃料であるアルコールは失われていたが、偽魂核は無事で導線も残っていた。
この自動傀儡が朽ち果てていない理由は、使われている素材が高価な神銀を使用した合金製だからのようだ。
但し人造筋肉は全て失われており、制御コアにアルコールを満たしても動く事はない。骨格を詳しく調べてみると小熊の自動傀儡のようだった。
大商人や貴族の令嬢・婦人の間で、動物の姿を模した自動傀儡が愛玩動物の代わりに流行っていると聞いていた。この自動傀儡もそれらと同じ愛玩傀儡の一つだったのだろう。
「アレッ」
愛玩傀儡だと思っていたら、手の爪に仕掛けが有った。猫の爪のように出し入れが可能となっていたのだ。しかも爪が鋭利な刃物のように鋭かった。護身用も考えての機能なのかもしれない。
「モモちゃんに丁度良いかもしれんな」
「お兄ちゃん、それ何?」
「熊の愛玩傀儡だよ。元は可愛かったんじゃないか」
「愛玩傀儡? ヌイグルミみたいなもの?」
「ヌイグルミは動かないだろ。こいつは動くんだよ」
「すご~い!」
「モモちゃんが欲しいなら、修理して上げるよ」
「ほんとぉ、ありがと」
麻袋に小熊の自動傀儡を入れリュックを背負って歩き始めた。
通路を進むと出口に到達した。そして、この通路が発見されなかった理由を知る。この通路の出口は、崖の途中にポッカリと空いた穴なのだ。崖の下まで一〇マトル《メートル》ほどで、羽でもなければ通路に入れないだろう。
大昔には下りる階段か何かが有ったのだろうが、今は消え去っていた。
「キレイ……」
モモカは久しぶりに見る外の景色にうっとりとしている。遠くにキラキラと輝くベルブル湖が見え、眼下には太陽の光を受けた森が輝いているのが見える。そして、顔を撫でる風と瘴気のない空気は格別なものに感じる。
2015/11/16 説明ミス修正