scene:14 四つの関門
エイタ達が北側へ向かう前日。
地下迷路採掘場で働く者達を管理する小屋で、商人のドラウスがジェルドから報告を聞いていた。
「あの二人の採掘下人は失敗しおったのか?」
「はい、そうらしいです」
「エイタとガキは戻って来ないんだな」
「今日で五日も戻っておりません。たぶんガキを殺せと命じた二人と争いになり、迷宮の中で死んだんじゃねえかと思います」
ドラウスは顔を顰め、唾を吐いた。
「チッ、使えない奴らですね。その二人はどうしたんです?」
「奴らも帰っていません。相打ちになったか、争っている内に血の臭いを嗅ぎ付けた魔物に襲われたか」
「それじゃあ、全く判らないじゃありませんか」
「でも、五日も食料なしで迷宮を彷徨っているとは思えません」
商人は額にシワを寄せ考え込む。
「ダルス武官との約束は果たした事になりますか。それに儲けも出ていますからね」
エイタがジェルドに渡した魔煌晶は、全部で金貨十数枚分にはなっている。思いの外優秀な奴だったので、死なれたのは惜しいが、損はしていなかった。
「エイタが作った作業台や椅子を小屋に持って来てもよろしいでしょうか?」
「ふん、そんなものが欲しいのか?」
「ええ、思いの外よく出来ているんで」
「ちょっと見ておこう」
ドラウスはジェルドと一緒にエイタが暮らしていた小部屋に入った。中を見回し、エイタが作ったという作業台や椅子を調べる。
「奴は傀儡工だと言っていたな。若いが技術は有ったらしい」
作業台や椅子の作りから、丁寧な仕事をしているのが判った。揺すってみてもガタつきもせずしっかりしている。
天窓の下に丸太が置かれており、それがドラウスの注意を引いた。
「何故、こんな所に丸太を置いたのだ。そこだと天窓から雨が吹き込む時も有るだろうに……ジェルド、天窓を調べてみろ」
ジェルドが丸太に登り天窓を調べる。
「アッ!」
「どうした?」
ジェルドが麻袋を手にして降りて来た。
「ドラウス様、こんなものが有りました」
それはエイタが隠していた魔煌晶だった。ジェルドが作業台の上に麻袋の中身をぶち撒けると、多数の黄煌晶と緑煌晶が現れた。
「エイタの奴!」
ジェルドは騙されていたのに気付き、怒りの声を上げた。
「死んだ者に怒ってもしょうがあるまい。これでエイタが死んだのは確実だな。こんなお宝を残したまま戻って来ないはずがないからな」
ドラウスは、ユ・ドクトに戻りエイタが死んだとダルス武官に報告した。
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北側の迷路に入ったエイタ達は、一つ目の難関である小空間に到着した。エイタが荷物を降ろし中を覗くと二匹のオークが居た。
エイタはインセックボウに凍結ボルトをセットし、モモカには雷撃ボルトをセットするように小声で指示した。モモカに右側のオークを狙うように指で指示を出す。エイタは左側の奴を狙い引き金を引いた。ほとんど同時にモモカも引金を引き、二本のボルトがそれぞれのオークに命中した。
エイタの凍結ボルトはオークの首に突き刺さり、その部分を凍らせた。オークは息が出来なくなり、地面に倒れ苦しみ藻掻いてから死んだ。モモカの雷撃ボルトはオークの胸に当たり、心臓に雷撃を送り込んだ。そいつは心臓を雷撃で焼かれ即死した。
「あっ」
モモカが可愛い悲鳴を上げた。顕在値がレベルアップしたらしい。
手早くマナ珠を回収し、奥に在る採掘場所へ向かった。行き掛けの駄賃に魔煌晶は頂く。青煌晶が計量枡一杯分手に入った。
小空間に戻り、銅板を探す。モモカも手伝ってくれる。
「お兄ちゃん、有ったよ」
左奥の壁に銅板が有り、見付けたモモカが得意そうに指差している。エイタは覆い隠している蔓を剥ぎ取り、三箇所の穴に指を入れる。
銅板に魔導紋様が浮かび上がり、下の説明を読むと『斥力場』の魔導紋様であるらしい。記憶してから、ちょっと休憩する。
「モモちゃん、怖くなかった?」
「全然、怖くなかったよ」
モモカはエイタが無敵だとでも思っているのかもしれない。それはそれで問題が有るのだが、泣き出されるよりはマシだろう。
この小空間には出入り口が三つ存在した。エイタ達が入って来た入り口と採掘場所へ行く出入り口、そして、さらに奥へ行く通路の入口である。こういう小空間は西側にも有ったが、雑魚の魔物が棲み家にしている場合がほとんどで、オーク二匹などという強敵が居るのは初めてだった。
休憩した後、次の小空間へと向かった。半刻《一時間》ほど迷路をグルッと回って到着した場所には、魔物は居なかった。中に入って小空間をぐるりと見渡し採掘場所への入り口と奥へと続く通路が有るのを確認した時、採掘場所の方から一匹の魔物が出て来た。
ここはリザードマンの棲み家であったようだ。巨大トカゲを二足歩行にしたような魔物は、背丈はエイタより頭一つ高く、知性を持ち石で作られた棍棒を持っていた。
まず、縦長の切れ目の入った黄色の瞳が、エイタとモモカを見付け、喉の奥で唸り声を発した。作戦も準備もないまま戦いが始まってしまった。
「モモちゃんは後ろから援護してくれ」
「わかった」
エイタはインセックボウに雷撃ボルトをセットし、リザードマンに狙いを付けた。リザードマンは棍棒を振り上げたまま駆け寄ってくる。エイタは迷わず引金を引く。
バシュッという音がして、雷撃ボルトが奴の胸に突き刺さった。バチッと雷撃が火花を散らすが、リザードマンは顔を顰めただけで倒れなかった。続けざまに雷撃ボルトが発射され、次々と奴の身体に突き刺さるが、敵の動きを止められなかった。
「モモちゃん、凍結ボルトに変えて!」
エイタは叫んでからインセックボウを地面に放り槍を構えた。リザードマンが身体に刺さったボルトを手で払って落とす。深く刺さっていなかったようだ。
ブンと音がして、重そうな棍棒がエイタの頭上に落ちて来た。ステップして躱し脇腹を目掛けて槍を突き出す。槍の穂先が脇腹に突き立ったが浅い。リザードマンの皮はかなり頑強なようだ。
唸り声を発し、棍棒をエイタの胸目掛けて横殴りに振り回す。後ろに飛び退いて躱す。目の前を棍棒が通り過ぎたのを確かめ、槍を奴の首目掛けて突き出す。首を刺されるのは嫌だったようで必死な様子で躱された。
奴が棍棒を滅茶苦茶な感じで振り回し始めた。重そうな武器なのに軽々と振り回している。あの力で殴られたら骨が砕けてしまう。エイタは小空間の隅に追い詰められていった。
反撃の糸口が見つからないまま、ずるずると後退するエイタは、何かヒントがないか敵を観察する。
……見付けた。奴が攻撃する時、手よりも先に尻尾が動くのだ。
尻尾が動き、攻撃が来る。また、尻尾が動き……奴の癖を見付けたエイタは余裕を持って攻撃を躱せるようになった。次に攻撃を仕掛けた時、エイタは敵の脇の下に槍を突き立てた。
リザードマンが初めて痛みで悲鳴を上げた。しかも棍棒を取り落としている。チャンスとばかりにもう一度槍を突き立てようとして失敗した。首に槍の穂先を向けたのだが、逸れて空振りしたのだ。リザードマンは丸太のような腕で槍を払い除ける。
エイタの手から槍が吹き飛び、唯一つの武器を失う。エイタの顔から血の気が引き恐怖心が湧き起こる。
その時、リザードマンの脇腹に凍結ボルトが突き立った。モモカがインセックボウで攻撃したのだ。突き立った場所から熱が奪われ、リザードマンの筋肉が凍る。敵に変化が有った。動きが遅くなったように感じる。
続けざまにモモカが引金を引き、凍結ボルトが敵の体中に突き刺さり凍らせる。エイタは動きがおかしくなった敵を避け、地面に落ちているインセックボウを拾い上げ、凍結ボルトをセットしリザードマンに向ける。
「あれっ」
リザードマンが凍りついていた。エイタがあれだけ苦戦した魔物を、モモカが仕留めてしまったようだ。念の為に、槍で喉を突いた。ザクッと槍の穂先が喉に埋まった。
モモカが泣きながら抱き付いて来た。エイタが苦戦しているのを見て怖くなったらしい。
「ふぇ~ん、ごわかったよぉ」
「大丈夫だよ。あいつは死んでる。モモちゃんが倒したんだ」
暫くして泣き止んだモモカと一緒にリザードマンのマナ珠を回収する。オークと同じ四等級のマナ珠だった。雷撃ボルトと凍結ボルトも回収した。もちろん、地層が剥き出しになっている採掘場所があり、ツルハシを振るうと青煌晶が計量枡二杯分と赤煌晶が三粒採掘された。
赤煌晶は初めてである。大きさは黄煌晶と同じ小指の爪ほどなのだが、宝石であるルビーのように輝く結晶は青煌晶以上の力を秘めているように感じる。
「ねえねえ、またあれを探すんでしょ」
エイタが同意するとモモカは勇んで銅板を探し始める。先程まで泣いていたのが嘘のようだ。今度もモモカが発見した。銅板に秘められていた魔導紋様は『動思考構築』、人造筋肉を動かすアルゴリズムの塊である動思考論理の作製を支援するもので、動思考論理の複写・仮想起動確認・迷走化処理・上書き・修正などの機能を持っていた。
この中の仮想起動確認は、動思考論理に致命的な論理矛盾がないかチェックするもの、迷走化処理は動思考論理の上に無秩序な情報を被せ、その内容を読み取れないようするものである。
迷走化処理を施された動思考論理を読み取るには、被せた『無秩序な情報』が必要である。軍用傀儡の制御コアに使われている動思考論理には高度な迷走化処理が施されており、マスターコードと呼ばれる『無秩序な情報』を持つ者でなければ取り扱えないようになっている。
『動思考構築』を手に入れたエイタは満面の笑顔となった。『動思考構築』には多数の種類がある。数多くの魔導工芸技師達が使いやすいように改造した所為である。
その為だろうか、現存する『動思考構築』には様々な癖が有り、職人によっては使い辛いものも有った。その点、エイタが手に入れたものはオリジナルに近い『動思考構築』で変な癖のないものだった。
回収した雷撃ボルトと凍結ボルトを修理し再び使えるようにするのに半刻《一時間》が必要だった。この特殊な矢は一回使用すると鏃に蓄えられていた魔力が消費され、魔力を込め直さなければ唯の矢と同じになってしまう。
体力が回復したのを待って、三つ目の魔物の棲み家へ向かった。段々と瘴気が濃くなり迷路が明るくなっていった。暫く歩いて小空間に到着する。
エイタはリザードマンの時のような失敗をしない為に、入口付近で<索敵符>を使って魔物の位置を確かめる。<索敵符>に魔力を込めると、脳裏に地図のようなものが浮かんで来た。それほど広い範囲ではない、だが、小空間と採掘場所は範囲内で、小空間に魔物の存在を感じ取った。
どうやら魔物は採掘場所へ向かう入口付近にジッとしているようだ。エイタは入り口から顔だけだし魔物の姿を確認する。腰まで届くような雑草が小空間一面に生い茂り、ミニスライムが這い回っている中にそいつは居た。
外観から始め牛かと見間違えたが、よく見ると身体は牛、頭が豚の化け物だった。
魔物の名前はカトブレパス、見上げるほど大きな化け物だ。その魔物の頭は天井に着きそうなほどで、まともに戦って倒せるとは思えなかった。
ただ、この化け物は通路に入りきれないほど大きく、通路にいる限り危険はなかった。しかし、小空間に入らなければ奥に在る通路へは行けない。この化け物をどうやって倒すか、エイタは必死で考えた。
幾つか案が浮かんだが、この場で実行出来るものではなかった。
エイタは魔物の耐久力を調べる為に、戦う決意を固めた。但し小空間に入らずにだ。
「ももちゃん、あのデカイ奴を相手にインセックボウの腕前を競う。いいかい」
「いいよ……でも、あいつが襲って来ないの?」
「あいつは通路に入れないよ。まずは普通のボルトで奴にダメージを与えられるか試すんだ」
エイタとモモカはインセックボウを構え、入り口からカトブレパスへボルトを発射した。
エイタのボルトは魔物の肩に、モモカのボルトは胴に命中した。カトブレパスが痛みで唸り声を上げる。二人に気付き、巨大な豚顔で二人を睨み後ろ足を蹴り上げる。
カトブレパスが突進を開始した。地鳴りのような足音を立て入り口に迫り、豚顔を入り口に押し込んだ。
『ドガッ』
巨体が通路にぶつかり、地震が起きたかのように通路全体を揺らす。エイタがもう一度引金を引き、豚顔の額にボルトが突き立った。カトブレパスから怒声が上がる。
エイタ達に襲い掛かろうと巨大な身体を狭い通路に押し込もうと巨大な足に力を込め、大きな蹄で地面を削る。
「モモちゃん、下がって」
エイタとモモカは後ろに下がり、怒り狂っている化け物を見詰める。巨大な豚顔は泡を吹きながら怒り狂っている。牛の肩が通路の壁を削り、肩が通路に入った所で動きが鈍くなった。
「怖くないか?」
モモカに尋ねると。
「お兄ちゃんと一緒だから、大丈夫なの」
何故か豚顔が苦しそうに息をしている。
「ん? ……もしかして通路に挟まって息が出来ないのか」
カトブレパスの顔が赤くなり、次に青くなった。後ろ足を使って小空間に戻ろうと足掻き始めたが、上手くいかないようだ。口から盛大に泡を吹きカトブレパスは死んだ。
エイタは微妙な顔をして魔物を蹴って反応を確かめた。
「この魔物は、馬鹿なの?」
モモカの声に、エイタは黙って苦笑いする。顕在値は最後に攻撃したエイタに転がり込み、レベルアップした。
「マナ珠を回収しようか」
カトブレパスのマナ珠は、黄色に輝く胡桃ほどの大きさのあるものだった。たぶん三等級だろう。
通路を魔物の死体が塞いでいるので摂り抜けることも出来ず、死体が迷宮に呑まれるのを待った。暫くすると魔物の巨体が消え、小空間に入れるようになった。巨体でも迷宮に消える時間は変わらないようである。