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scene:13 商人との決別

 その日の夕方、エイタはジェルドに酒を頼んだ。

「珍しいな、お前が嗜好品を頼むなんて」

「いいだろ、緑煌晶三杯分だ」

 なるべく度数の高い酒を頼む。


 翌朝、工房へ移動したエイタとモモカは、モモカ用のインセックボウを作り始めた。初めに作ったものより小型で軽いものだ。しかも小さくしただけではなく、魔力制御が出来なくても使えるように、アルコールを入れる貯槽とアルコールを魔力に変換する機能を持つ『魔力変換』の魔導紋様を刻印した<魔力供給符>を組み合わせた魔力供給タンクを組み込んだ。

 小型にした為に貫通威力は低減したが、モモカが扱える重さとなった。


 その後、銅製のアルコール蒸留器を作ると流石に疲れてしまった。その日は小型インセックボウとアルコール蒸留器を作る作業で一日が終わり、夕方になってジェルドから酒を酒樽で手に入れて寝た。


 朝起きるとモモカがエイタの身体に抱きつくようにして寝ていた。モモカは一人になるのを毛嫌いするようで、寝ている間も手探りして誰かを探している。

 何か深い事情があると思われるが、モモカはそれを口にしたくないようなので、エイタも問い詰めるような事はしなかった。


「あふっふみゅっ」

 モモカが変な声を出して目を覚ました。

「おはよう、モモちゃん」

「おはふよでしゅ」

 寝ぼけたモモカが目を擦りながら半身を起こした。食事と出掛ける支度をし、酒樽を持って小部屋を出る。水晶広場は素通りして西側の通路に入った。


 この通路は工房へと続くもので数多くの罠が仕掛けられていた。一つ目の罠は、通路に入ってすぐにある分岐路に存在した。罠の種類は単純な落とし穴で通路が分かれている地点に落とし穴があり、一マトル《メートル》半の幅を飛び越えなければならない。

 エイタは落とし穴の上に仕込み槍を横たえ、モモカを背負ってから仕込み槍を橋代わりにポンと渡る。飛び越えられる幅なのだが、モモカと酒樽を抱えているので慎重に渡る。


 その落とし穴の罠から少し歩いた時、後ろで叫び声がした。

「チクショウ、足をくじいちまった。引き上げてくれ」

 誰かが落とし穴に落ちたらしい。あの落とし穴は成人男性の三倍ほどの深さが有り、一人では這い上がれない。幸いにも今回は複数の採掘下人が居るようだ。

 嫌な予感が頭をぎり、自分が見付けた採掘場所を横取りしようと付けているのかと言う疑いが頭に浮かんで来た。

 エイタは前からの癖で分岐点に来る度に自分の印を通路の壁に残している。頭の中に地図が有るので必要はないのだが、念の為に残しているものだ。もしかすると後ろの連中は、その印を見て付けて来ているのかもしれない。


 確かめる方法は一つだけだった。もう一つ先の分岐点でわざと罠が有る方の通路の壁に印を付け、反対側通路へと進んだ。印を残した側に有る罠は転がる岩の罠である。通路に隠されたスイッチを踏むと天井から丸い岩が落とされ、人間を押し潰そうと転がって来る。罠に嵌った者は先へと進むしかなく、その先の小空間には巨大ムカデが待ち構えている。


 エイタは小声でモモカに指示を出した。

「これから暫く声を出さないでね。悪いオジさんが追って来るみたいなんだ」

 モモカは頷いた。

 反対側通路で待っていると、印を残した通路へ誰かが進んで行く気配がした。人数は二人で、一人は左足をかばっているようだ。


 迷路に大きな音が響き、それから叫び声が聞こえて来た。叫び声から判断して、見知らぬ採掘下人は小空間に逃げ込んだようだ。丸い岩は小空間の出入り口を塞いでいるはずだ。天井から落ちた丸い岩は一〇分一刻《十二分》ほどで迷宮に呑まれてしまう。つまり丸い岩が消えるまで、巨大ムカデに殺されなければ逃げ出すチャンスがあるのだ。

 エイタとモモカは丸い岩で塞がれた小空間の出入り口まで進んで聞き耳を立てた。

「クソッ、何がガキを始末するだけの簡単な仕事だよ」

「五月蠅え、てめえがドジッたんじゃねえか」

 巨大ムカデと戦う気配が伝わって来た。それから……

「ウギャー……腕がぁ~」

「そこだけは駄目だぁ~」


 ………………


 凄惨な事態が発生しているらしいが、丸い岩が消えないかぎり手出し出来ない。


 やっと岩が迷宮に呑まれて消え、入り口にモモカと荷物を残してエイタは小空間に入った。中には二人の男が息絶え、巨大ムカデがその肉を貪っていた。

 エイタはツルハシを手に持ち巨大ムカデと向き合った。全長がエイタの背丈と同じほどで凶悪な顎と硬い甲殻を持っていた。甲殻は軽いけれども硬く、鉄製の剣くらいは弾き返すほどである。

 ムカデは触ったものを噛み付き毒を流し込むと言う習性を持っている。死んだ男の水筒を巨大ムカデ目掛けて投げた。頭に付いている二本の触覚に水筒が当たる。巨大ムカデが反応し顎で水筒を挟んで食い千切ろうとする。

 巨大ムカデの動きが止まった。エイタは駆け寄ると頭目掛けてツルハシを振り下ろす。鋼鉄製のツルハシの先端がムカデの頭を貫き、地面に縫い付けた。


「その人達はどうしたの?」

 モモカが不安そうな声を上げる。

「死んだよ。ムカデにやられたんだ。……でも心配ないよ、ムカデは退治したから」

 エイタは怯えた表情を浮かべるモモカに気付き、途中から安心させるような言葉を口にする。泣きそうになっているモモカをあやしている内に男達の死体が消え、巨大ムカデだけが残った。


 巨大ムカデからマナ珠と甲殻を剥ぎ取ってから、奥の採掘場所で青煌晶を計量枡一杯分ほど採掘する。ジェルドへ魔煌晶を渡さないとしても、外に出た時に金が必要になる。採掘出来る時は採掘し溜め込んでおくのが懸命だろう。

 二人は工房へ向かった。


 工房に到着し一休みしていると二人の男が言った言葉が脳裏に蘇った。奴らは『ガキを始末する』と言っていた。ガキとはモモカの事だろう。誰がモモカを狙わせたのかは明白だった。

「ドラウス、何て冷酷な商人なんだ。金の為に子供を殺すのも躊躇わないなんて」

 このままではモモカの命が危ないと心配になった。


「もういいや、あの小部屋に戻るのは止めて工房で寝よう」

 この瞬間、エイタは商人の頸木くびきから脱し自由になる決心をした。

 モモカがコテッと首を傾げ。

「パンとスープはどうするの?」

「不味いから、要らないや」

 よほどパンが不味かったのか、モモカが嬉しそうに笑った。


 ジェルドから受け取った酒を蒸留器に掛け、蒸留酒に作り変える。アルコール度数が五〇を越えた蒸留酒が銅製の小さな水筒一杯分完成した。

 魔力供給タンクの燃料として使うアルコールは度数が五〇を超えたものの方が適していると言われる。度数の低いアルコールでも魔力に変換するのだが変換効率が低下するらしい。


 モモカ用に製作した小型インセックボウの魔力供給タンクにアルコールを注ぐ。タンクにはモモカの拳一つ分くらいしか入らない。それでも一刻《二時間》ほどインセックボウを動かす燃料となる。

「モモちゃん、このインセックボウで試撃ちしてみて」

 モモカに小型インセックボウを渡す。キラキラした目で武器を受け取ったモモカは使い方をエイタに教わりながら試射を始める。

「弓床の真ん中に小さなレバーが有るから、それを前に倒して」

 モモカが可愛い指で鉄製のレバーを前に倒す。すると傀儡義手に生命が宿ったように動き出す。弦を引き矢筒に有るボルトを弓床に番える。


 モモカはびっくりしたようなに目を大きく見開きインセックボウを見る。エイタがインセックボウを動かすのは見ていたが、自分だけで動かせるとは思っていなかったのだ。

「さあ、試してみろ」

「うん」

 モモカは小型インセックボウを持ち上げ、壁際に立っている丸太に狙いを定める。支持台が無くても狙いが付けられる。モモカが引き金を引くとボルトが発射され、三本有る丸太の左側の丸太に突き刺さった。

 突き刺さり方が若干浅いので、エイタが使うインセックボウより威力が劣るのが判る。それでもバーサクラットやアモンバードなら十分仕留められる威力は有る。


 モモカが連続して引金を引き、的の丸太に『カッ……カッ……カッ』と音を立ててボルトが突き刺さる。

「むふふふふっ……かいかん」

「エッ……何だって?」

 モモカが変な事を口走るのを聞いて、聞き返した。

「テレビで女の人がバババッて鉄砲を射った後に言うの」

「鉄砲? 何だそれ」

「弓みたいな武器なの、矢じゃなくて指の先っぽみたいな弾を撃って敵を倒すの」

 幼いモモカには銃の説明は上手く出来ないようだった。この世界には火薬がないので上手く説明されても作れないのだが、エイタの頭の中には奇妙な弓の想像図が浮かんだだけだった。


 その後、モモカはインセックボウと魔力制御の練習を行い、エイタは自分のインセックボウに魔力供給タンクを組み込む作業を行った。やはり自分の魔力を使うより自在に扱えるようになるからだ。

 エイタとモモカは、インセックボウに慣れるために五日間を工房での鍛錬と迷宮の魔物狩りで過ごした。鍛錬ばかりではなく、夜は夜光灯の明かりの下、幾つかの装備品を作製した。


 戦いの準備が完了したと感じたエイタは、自分の実力を見極めるのに<基魂符>を使った。


====================

【エイタ・ザックス】

【年齢】十七歳

【性別】男

【称号】ジッダ侯主連合国生まれの傀儡工

【顕在値】レベル14

【魔力量】362/364

【技能スキル】一般生活技能:六級、槍術:七級、特殊弓術:七級

【魔導スキル】魔力制御:五級、魔導刻印術:五級

【状態分析】

 魔導異常<なし>、疲労度<0>

====================


 顕在値レベルが一つ上がり魔力量が増え、魔導刻印術が五級になっていた。そして、技能スキルとして特殊弓術が増えていた。瘴気の濃い迷宮内での鍛錬と魔物狩りで急速に上達したようだ。

 とは言え、駆け出し並の七級である。命中率や対応力はまだまだで近距離でしか命中は覚束おぼつかない。

 色々と物足りない状態だが、後は作った装備の力で何とかしようと思う。


 次にモモカの基魂情報ステータスを調べてみた。


====================

【モモカ・ヤオイ】

【年齢】八歳

【性別】女

【称号】日本生まれの小学生

【顕在値】レベル5

【魔力量】25/25

【技能スキル】一般生活技能:七級、特殊弓術:八級

【魔導スキル】自動翻訳:三級、魔力制御:九級

【状態分析】

 魔導異常<なし>、疲労度<0>

====================


「凄いよ、モモちゃん。顕在値レベルが5になってる。特殊弓術と魔力制御も増えてるよ」

「ほんとぉ、やったぁ~」


 エイタとモモカの装備も一新いっしんしていた。双角子豚の皮と巨大ムカデの甲殻を利用して作成した防護コートは袖無しのハーフコートタイプではあるが、一般兵並の防御力が備わっていた。また、靴はオークの革を使った丈夫なブーツに変わっていた。

 それに加え、大容量のリュックも作り、そこには着替えと刻印台、蓄えていた魔煌晶とマナ珠、未使用の魔導符、保存食などを入れた。


 北側を探索し魔物を退けて脱出口を発見すれば、そのまま迷宮から抜け出す事になる。

 刻印台は重く嵩張るのだが、貴重な道具なので持ち出す事にした。外で買えば金貨五〇枚ほどはするシロモノなのだ。とても放置して脱出したくなかった。


 ボルトは合計で四〇本作り、その中の一〇本は雷撃ボルト、もう一〇本は凍結ボルトにした。凍結ボルトのやじりには『凍結』の魔導紋様が刻印されていて、命中するとその部分から熱を吸収し凍らせる力が有った。


 モモカにはショルダーバッグと背負式の矢筒を作って渡した。


 北側を探索する準備は整い、これからの行動を決めた。水晶広場から北側の迷路に入り、脱出口らしき場所まで到達するには、四つの関門が有る。

 四つの魔物の棲み家らしい場所を通過しないと脱出口には行けないようなのだ。双角子豚やオークが居た小空間らしい場所が三つとかなり広い空間が一つである。これまでの経験から小空間には魔物が巣食っている可能性が高いので戦いの連続となるだろう。


 エイタはツルハシと仕込み槍をもち、インセックボウは紐で括って首からぶら下げるようにして運ぶ。同じような格好をしたモモカが付いて来るのを確かめ、水晶広場に向かった。

 水晶広場の入り口で中を覗き、人が居ないのを確認する。朝の遅い時間なので、採掘下人たちは魔煌晶を掘りに行っており、誰も居なかった。

 エイタはモモカを連れ、北側へと続く迷路に入った。


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