scene:12 虫の弓
ジェルドが去ったのを確かめると、エイタは外に出るドアを念入りに調べた。そこから外へ逃げ出せないかと考えたのだ。商人のドラウスが、エイタを開放する気がないのは確かだ。
それに加えモモカだけを残して、ここを去る気は無くなっていた。いつの間にかモモカは家族のような存在になっていた。
外へと続くドアは頑丈な鋼鉄製で魔法を邪魔する魔防処理を施されていた。壁も同様で、強力な攻撃魔法でもない限り、そこからの脱出は不可能だった。
エイタは夕食を食べながら頭脳を高速で回転させていた。自分が手に入れた魔導紋様の中で脱出に使えそうなものを洗い出す。
「『切断』『変形』『加熱』『凍結』『雷衝撃』……」
調べた手応えから、選び出した魔導紋様では魔防処理を打ち破れそうになかった。その高度な技術から推測すると、ドラウスが施した処理ではなく、ここを建設したルシアテス共和国の職人が施した処理なのだろう。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
上の空で食事をしているエイタに、モモカが心配そうに声を掛けて来た。
「ああ、どうやって迷宮から脱出しようか考えていたんだ」
「……ここから居なくなっちゃうの?」
モモカが涙目になっている。エイタは慌てて。
「その時は、モモちゃんも一緒だよ」
その言葉を聞いて、モモカの顔がパッと花が咲いたように明るくなる。
「あたしね、外に出たら海が見たい」
「海は遠いな、その代わり大きな湖が有るから連れて行って上げるよ」
「うん、あたしいい子にするから約束ね」
食事を終え、モモカの身体が船を漕ぎだす。エイタはモモカをマントで包み、寝台の隅に寝かした。子供の身体で魔物退治は厳しかったようだ。だけど、泣き出しもせず魔物を仕留めたモモカを誇らしく思う。
眠っているモモカの頭を暫く撫でてから、また脱出方法を考え始めた。エイタも寝台に横たわり暗くなった天井を見上げる。水晶広場で手に入れた地図を脳裏に浮かべ、詳細に調べ始めた。
「これは……北側の端に有る印は出入り口か。もしかしたら、あの迷路の出口なのか。だけど、そこまで辿り着くにはアサルトウルフを倒さないと駄目か……難問だな」
あのアサルトウルフは、何人も採掘下人を殺していると聞いている。幸運に恵まれて、やっと倒したオーク以上に手強いだろう。今、製作中のクロスボウが完成しても倒せるかどうか。
「特別な何かが必要だな」
先ほど選んだ魔導紋様の中から『雷衝撃』を鏃に仕込み、ボルトに魔導効果を付加しようと決めた。
翌朝、工房に来ると雷撃ボルトを五本作製した。ここ数日、幾つもの魔導紋様を使ったお陰か、魔導刻印術のレベルが上ったように感じる。調べてみようと思い立って<基魂符>を使ってみた。
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【エイタ・ザックス】
【年齢】十七歳
【性別】男
【称号】ジッダ侯主連合国生まれの傀儡工
【顕在値】レベル13
【魔力量】213/273
【技能スキル】一般生活技能:六級、槍術:七級
【魔導スキル】魔力制御:五級、魔導刻印術:六級
【状態分析】
魔導異常<なし>、疲労度<0>
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予想は的中していた。魔導刻印術のレベルが七級から六級へ上がっていた。六級は一人前と呼ばれるレベルであるので嬉しいのだが、上がり方が早過ぎるように思える。
もしかすると迷宮で戦っている影響で上がり方が早いのかもしれない。
エイタが雷撃ボルトを作製している間、モモカは魔力制御の練習をしていた。魔力制御の基本は呼吸法と瞑想にある。モモカは古代から伝わる呼吸法を教えて貰い、自分の中に有る魔力を感じようと努力していた。
「鼻から吸った息が目の裏側を通って頭全体に行き渡るようにイメージしながら、心を落ち着けるの……それから、体中の濁った気を胸に集めて口から細く長く吐き出す」
エイタから習った呼吸法には、幾つかの秘訣が有り、それらを心に刻みながらモモカは練習する。幼いモモカには理解出来ないものも有ったが、毎日続けると魔力が感じられるようになると言うエイタの言葉を信じて続ける。
エイタは雷撃ボルトを持って立ち上がった。
「モモちゃん、仕事に行くぞ」
「うん、行く」
トテトテと歩き出したモモカと一緒にオークの居る小空間を目指して迷路を移動する。西側に有る罠の位置はすべて頭に入っているので、その全部を避けながら一旦広場に戻って東側の迷路に入る。
目指す小空間の入り口から中を覗くとオークが小空間に生えている雑草を掘り出し根に付いている丸い物を食べた。土の塊のように見えたのでエイタは顔を顰める。
エイタはクロスボウに雷撃ボルトを番え、オークに気付かれないように狙う。この一発を外すと死闘になるのでいやが上にも慎重になる。
ボルトの先がオークの胸に当たるように狙いを付け引金を引いた。一直線に飛び出したボルトはオークの胸に吸い込まれるようにして突き刺さった。次の瞬間、火花が散りオークの心臓に止めを刺す。
あまりにも呆気ない決着だった。槍で戦った時は、あれほど苦労したのに……そんな感想が浮かんだ後、身体が熱気に包まれる。顕在値レベルが上がったらしい。
熱気が治まった後、オークからマナ珠を採取し、採掘場所に向かった。エイタがツルハシを振るい、モモカが魔煌晶を袋に入れる。
「綺麗なのがたくさんある」
緑煌晶と青煌晶が地層の表面に顔を覗かせている。そして、求めていた赤色をした辰砂の鉱石も有った。エイタは辰砂を別の麻袋に集めた。
「お兄ちゃん、一杯集めたよ」
モモカの明るい声が迷宮に響くと、殺伐とした場所でも明るくなった気がする。
小空間に戻って地面を見るとオークの死体が消え、奴が食べていた土の塊が落ちているだけだった。
「アッ、ジャガイモ」
「モモちゃん、これ知っているのか」
「ジャガイモじゃないの。新じゃがの蒸し芋は好き」
「これ食べられるのか。ちょっと掘って持って帰ろうか」
エイタとモモカは、一〇個ほどジャガイモを掘り出し工房へ戻った。
時刻は昼頃なので、モモカが食べられるというジャガイモを洗い、工房に有った土鍋に水を入れ沸騰させ、塩とジャガイモを入れる。モモカがそういう風にして食べるのだと教えてくれた。
「テレビで見て覚えたの」
『テレビ』が何かは判らなかったが、それから色々な情報を手に入れているらしい。
ジャガイモの皮が剥け始めたので、ジャガイモを取り出した。
「これでいいのかい?」
「うん、これに塩を掛けて食べるの」
モモカが食べようとするのを止め、まずはエイタが少しだけ齧ってみた。仄かな甘みが塩と相まって美味しい。少し時間を置いて、身体に異変がないのを確かめてから、モモカに食べていいよと言う。
「美味しいね」
モモカがニコニコしながらジャガイモを食べる。
腹が膨れるとモモカは眠くなったようだ。椅子に座りながらゆらゆらと身体をふらつかせている。
エイタは手に入れた辰砂から『抽出分離』を使って水銀を取り出した。そして、工房に蓄えていたウィップツリーの樹液と硫黄を使って人造筋肉の元となるコロイド溶液を作った。
そして、幾つかの人造筋肉の型を銅を使って作り出し、その中にコロイド溶液と水銀を流し込む。半刻《一時間》ほどで固まると型から取り出す。人造筋肉が完成していた。
義手は鉄を使って作り上げた。設計図が有るので、『形状加工』で一気に形成する。鉄の塊がうねうねと動き出し、義手の形へと変形していく様は一見の価値がある。
寝ていたはずのモモカがいつの間にか起きだし、一心にその様子を見ていた。
「お兄ちゃん、凄い。やっぱり魔法使いだ」
エイタは義手の一部を取り外し中に人造筋肉を嵌め込んでいく。小さな指の部分は細かな作業となり時間が掛かった。人造筋肉は人間の筋肉とは違い、変形する事で関節を動かす。よって関節ごとに人造筋肉が一つ有れば、自在に動く。義手の関節は三本の指も含めて九個有り、人造筋肉も九個用意した。
そして、人造筋肉に魔煌合金の一種である青煌真鍮の導線を繋ぎ、義手の肩の部分まで導線を伸ばす。
最後に必要なのが人造筋肉を制御する制御コアであるが、自動傀儡に使う制御コアは材料が足りないので、メダル型魔導符に『簡易魔力制御』を刻印したものを代替とする。
『紋様圧縮』と『刻印』の魔導紋様が刻まれた刻印台に青煌真鍮製魔導符をセットし、刻印台に『簡易魔力制御』を描いて魔力を込めた。
魔導符に『簡易魔力制御』が圧縮刻印され<魔力制御符>が出来上がった。だが、それだけでは傀儡義手の制御には使えない。最後に<魔力制御符>に傀儡義手を操作するアルゴリズム、『動思考論理』と呼ばれている制御手順を書き込んだ。
完成した<魔力制御符>に人造筋肉から伸ばされた導線を繋ぎ傀儡義手に組み込んだ。それをクロスボウに取り付けて、新種のクロスボウが完成した。
完成した武器を『インセックボウ』とエイタは名付けた。傀儡義手が虫の足のように見えたのが名付けた理由である。早速、試してみたくなった。
「的は丸太にするか」
工房の隅にはウィップツリーの死体が積み上げられていた。ざっと二十本ほどの丸太の中から三本ほどを工房の壁に立て掛けて的にする。
インセックボウの弓床を貫いて斜めに取り付けられている小さな矢筒に五本のボルトを入れる。弓床の先端から拳一つの部分を左手で握る。ここには<魔力制御符>から伸ばされた導線が巻き付けられていた。
その導線に左手から魔力を流し込むと傀儡義手が動き出す。弦の位置を確認した傀儡義手が弦を引っ張り弦受けに引っ掛ける。そして、矢筒からボルトを抜き出し弓床の溝にセットしようとする。
しかし、ボルトを番えると言う動作は難しいようで失敗した。ボルトを取り落とし、持っていないボルトを弓床にセットしようと動く。
「まあ、最初はこんなもんか」
エイタは<魔力制御符>を抜き出し、間違った動きをする原因となった動思考論理の修正を行う。これを確実にボルトが番えられるようになるまで何度も繰り返した。
やっとボルトが番えられたのを確認したエイタは、的を狙って引金を引く。ボルトは一直線に的に向かって飛び命中した。そのボルトが的に命中する前に、傀儡義手が動き出していた。
もう一度弦が引かれボルトがセットされる。
バシュッ……バシュッ……バシュッ……バシュッ……バシュッ
連続して五連射したインセックボウは矢筒にボルトが無くなったので動きを止める。
「なかなかいいねえ」
背中に視線を感じて振り返るとモモカが目をキラキラさせてインセックボウを見ている。
「射ってみるか?」
「いいの?」
エイタはインセックボウをモモカに渡し、支持台を床に置いた。インセックボウはクロスボウより重くなっているが、モモカも顕在値レベルが上がっているので持てるようだ。
的からボルトを回収し矢筒に入れ、魔力を流し込む。ここまではエイタが行った。モモカは的に狙いを付け引き金を引く。
五本のボルトが発射され、そのほとんどが的の中心に命中した。命中率で言えば、モモカの方が腕では上らしい。エイタはちょっと傷付いた顔をする。
「お兄ちゃん、どう?」
「う、うまいぞ、モモちゃん」
「えへっ」
モモカが笑い、インセックボウを持ったまま独楽のようにクルリと回転する。
「ねえ、お兄ちゃん。モモカのも作ってぇ」
可愛らしいおねだりかと思ったら、モモカが真剣な顔でお願いしていた。
「あたし、お兄ちゃんを守る」
この言葉にエイタはメロメロになった。天涯孤独なエイタにとって、そんな言葉を掛けてくれる存在は、死んだ師匠以外居なかったのだ。