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お城も広ければ、外の敷地もとにかく広かった。
お城の正面の真ん中には大きな噴水があり、その周りには綺麗な花壇が噴水を囲むようにある。
城の入り口まで続く舗装された道路以外は手入れされた芝生がびっしりと生えている。裸足で歩いたら気持ちよさそうだ。
この世界ではほとんど日本の春のような過ごし易い気候で、たまに雨が降るそうだ。だから年中花が咲いている。
チューリップやすみれに似たような花や、あちらの世界では見たこともないような大きな花びらをつけた花。
風がふわりと吹くと花の香りなのか甘い香りが漂う。
正面の庭を案内された後、お城の裏側へ回る。
そこには一面に色々な色を付けたハナミズキのような花が一面に広がっていた。
「すごい・・・綺麗・・・」
「これはこの国の象徴の花。メルンというんだ」
私の膝位の高さで咲く花。
風でいっせいに揺れる。
鐘が揺れているように見える。
「このあたりでユーリは倒れていた」
一部分だけ、メルンの花が倒れている。
わたしは、倒れていたという場所に立った。
「わたしの重さで倒しちゃったのね。・・・かわいそうに。ごめんね」
倒れた花を起こし、その場にしゃがんで花に軽くキスをした。
ここがこの世界の始まりの場所。
わたしはどうしてここに来たのだろう。
「何か、わかったことはあるの?」
「今、魔術士長のヴォルグが調べている。・・・実はこの国と交流のないオウラという国で、この召喚の魔術を行った形跡があると情報が入ってね」
「いったいなんのために・・・?」
「それを今調べている。いかんせん親交を持たない国なので、難航しているんだ」
「・・・そう」
わたしはメルンの花に目を落とす。
「わたしは、帰れるのかしら」
ここにいる時間と同じだとしたら、わたしは何日帰ってないんだろう。
わたしには両親がいない。高校生の頃事故で亡くなってしまった。
それでも職場の人や友達。支えてくれる人はいた。
だから一人でもがんばれたんだ。今まで。
みんな元気だろうか。心配しているかな。
そして別れた彼氏も、いなくなったことで自分のせいだと責めたりはしてないだろうか。
「・・・帰りたいか?元の世界に」
低い声で、ウィルがつぶやいた。
「・・・なんでそんな事聞くの?」
その場で立ち上がり、ウィルへ目線を移す。
ウィルは切ないような、苦しそうな、そんな顔をしていた。
「ユーリはあちらの世界では一人なのだろう?寂しくはないのか?悲しくはないか?」
「・・・確かに自分の親は死んじゃったし、付き合っていた人とも別れた。・・・それでも、支えてくれた友達や知り合いはいたわ。一人でも、ひとりじゃない」
この世界は確かに居心地はいい。周りも良くしてくれる。
でも、それは自分の世界でも、この世界でも同じ。
生きていけない訳じゃない。
「わたしはこの世界の人じゃないもの。帰れるのなら、帰らないといけない」
真っ直ぐに、ウィルの顔を見る。
「もし、帰る手段がない、となったらユーリはどうする?」
ー帰る手段がないー
その言葉が心に突き刺さる。
必ず帰れる保証はない。もう元の世界には戻れないかもしれない。
そうなったらこの世界で生きていくしかない。
「・・・そうね。そうしたら、一人で生きていく術を足掻いて探してみるわ。いつまでも、ウィルに頼る事は出来ないもの」
ウィルははあ、とため息をひとつ漏らす。
そして、まいったな、と小さな声を漏らし、髪かきあげた。
「なんでそんなに強いんだ、ユーリは」
「強くなんてない。でも気持ちを強く持たなきゃ生きていけないわ」
そう。
辛くても、苦しくても。
強い気持ちを持ち続けなければ。
「ユーリ」
ウィルの身体が近くなり。
そしてぐいっと身体を引き寄せられる。
あっという間にウィルの身体に包まれる。
「ちょ、ちょっ・・!」
突然の事で頭が回らない。
「は、離して、ウィル」
離れようと身体に力を込めるけど、わたしを抱きしめる腕が強くて逃げることが出来ない。
どうしよう。
胸の高鳴りが抑えられない。
抱きしめられながら、ウィルは口を開く。
「もし帰る手段が見つからなかったら、私がユーリを守る。一人で生きていくなんて言わないでくれ」
「え・・・?」
身体から力が抜ける。
回らない頭の中が真っ白になった。
「もし、帰ることが出来ない時は、その時は私と結婚しよう、ユーリ」