10
夜が明ける前から、城の中は騒がしくなっていた。
騒がしいのもあるけれど、こんなぐちゃぐちゃな気持ちで寝れる訳がなくて。
うだうだしているうちに朝になってしまった。
のそりと起きて鏡を見る。目は充血し腫れて、顔も浮腫んいる。
「ひどい顔・・・」
パーティーは午後からだ。それまでにまともに戻るだろうか。
こんな状態で出たくはない。ずっとこのまま部屋に引きこもっていたい。
でも、出なくちゃいけない。
「・・・しっかりしろ、自分」
ぱん!と両頬を叩く。
これは、『お仕事』よ。
大人、なんだからしっかりやらなきゃ。
式典が午前中に城下街の大聖堂で行われるため、早くから王達は出払っているらしく、一人での朝食だった。
朝食を済ませた後、慌しく準備に入る。といってもわたしはただされるがままにいるだけで、イザベラをはじめ何人かの待女がやってくれた。
気を利かせてイザベラは、泣きはらしたひどい顔がわからないように化粧を施してくれた。
「ありがとう、イザベラさん。あんなひどい顔だったのに。化粧でなんとかなるものね」
とはいっても、目の充血だけは誤魔化せない。パーティーまでに治ればいいのだが。
「あまり寝ていらっしゃらないのでしょう?無理なさらないで下さい。体調が宜しくなかったらすぐ殿下に仰る様にして下さいね」
「うん・・・大丈夫よ。ありがとう」
パン!ボン!と外から花火の音がする。
しばらくして、城の外が騒がしくなった。
式典が終わり、戻ってきたようだ。
窓から正面の庭を見る。庭には招待客が道路の脇に立ち、その間を白馬に乗った騎士や馬車が長い列をなしている。その中にはウィルの姿もあり、人々に笑顔を向けている。
「そろそろ行きましょう、ユーリ様」
イザベラに促される。
いよいよパーティーの時間。しっかりやらなきゃ。もう一度自分に気合を入れた。
パーティーが行われるのはお城の中にある大広間。
高そうな香水の香りが近づくにつれて強く香る。
大広間に向かう通路の途中で、ウィルがわたしを待って立っていた。
「ここまで案内ありがとう、イザベラ」
イザベラはウィルに一礼すると後ろへと下がる。
「さあ、行こうか、ユーリ。今日も美しいね」
そう言って手を差し出す。
優しい笑顔で立つウィルをまともに見ることは出来ない。無言で目線を少し逸らしながらウィルの手を取る。
「ユーリ?」
「・・・行きましょう」
笑顔で、精一杯答えた。
大広間の中は、豪華なシャンデリアが至る所にあり、とても明るくて広い。
豪華なドレスを纏った女性や正装姿の男性が沢山いて、ダンスを踊っていたり、談笑をしている。
その光景に圧倒され、物怖じしてしまいそうになる。
「大丈夫か?ユーリ」
「だ、大丈夫よ」
いけない、いけない。気をしっかり持たないと。
どうやらわたしはある国の公爵令嬢でウィルの友人、とここではなっているらしい。パーティーを待つ間にイザベラから教えてもらった。
まあ、異世界から来ましたと言っても誰も信じてくれないし、そのくらい身分が良くないと出られるものではない、という事なんだろうけど。
そこまでしてわたしを参加させなくてもいいのに、と思ってしまう。
「見て、ウィル様にお相手がいるわ」
「珍しい、一体誰?」
「黒髪の美しい女性だね」
わたし達に気付いた招待客がざわつき始める。ウィルはそれをよそにパーティーの中へとエスコートする。
「ユーリ、王の隣にいるのが私の兄のルードだ。まず挨拶に行こう」
そう言うと一番奥の王達が座る席へと向かった。
「兄上」
ウィルが声を掛ける。
「待っていましたよ。ああ、貴方がユーリですね」
銀髪で長い髪を後ろで結んでいる。ウィルよりももっと深い青色の瞳。やはり目鼻立ちがしっかりとしていで、とても爽やかな青年だ。
「ユーリです。お初にお目にかかります」
イザベラに教わった通りの礼をする。
「ウィルから話は聞いていました。大変でしたね。ここでの生活に不便はありませんでしたか?」
「はい、皆さんが色々と良くしてくれていますので、特には」
「そう。それなら良かった」
と、わたしに優しい笑顔を見せた。そして、ウィルの方を見やると、
「ウィルも私が帰るまで皇太子として、この国を守ってくれた事、感謝しますよ」
と言った。
「この上ないお言葉、ありがとうございます」
ウィルはその言葉を受け、深く一礼をした。
「そういえばウィル、ヴォルグから報告を受けましたか?」
「いえ、まだ何も」
「でしたか。実は私が隣国にいた際にヴォルグから手紙を貰ってね、私もオウラの国について調べていたんです」
「兄上が?」
「ええ。あらゆる手段を使ってね。で、なぜあの魔術を使ったのか、わかりましたよ」
「本当ですか!?」
その言葉にウィルは大きな声で反応する。
「ウィル、静かに。この話はこのような場では話せる内容ではないので、近いうちに時間を作ります。その時にヴォルグも含めてお話しましょう。あまりいい話ではありませんがね」
優しい口調だが、只事ではないのが感じ取れる。
「兄上、感謝します」
「では、この話はまた後ほど。今日は楽しんで下さいね、ユーリ」
と、またわたしに笑顔を向ける。
「はい」
この状態で楽しめるかはわからないけど、とりあえず返事をした。
ついに、わかるんだ。
気になって華やかな音楽も人の声もわたしの耳には届かない。
早く知りたい。なぜわたしがここにいるのか。ここに来たのかを。
「―-リ。ユーリ、意識が飛んでるぞ」
ウィルの声にはっと我に返る。
「あ、・・・ごめんなさい」
「今はこのパーティに集中して。・・・まああの話を聞いてしまったら、仕方がないが」
ウィルは軽く笑顔を見せる。
「さすが、私の兄上だ。やはり兄はこの国の次期王にふさわしい」
「ウィルはもう皇太子ではないの?」
「ああ、午前中の式典で兄に皇太子を返上した。今はもう皇太子ではないよ」
「そうなの。・・・お疲れ様」
皇太子の名が外れ、ウィルは肩の荷が下りたのか幾分かほっとしているように見えた。色んな重圧と責任が今まで圧し掛かっていたんだろう。
「これから、ウィルはどうするの?」
「いずれこの国の領地をいくつかもらって公爵になる。すぐではないけれど。当分は第二王子としてこの城にいるんだ。まだやることがあるからね」
「お話の途中申し訳ない、ウィル様」
ルードと話終えたのを招待客の何人かが見ていたのであろう、次々と声を掛けられる。
隣国の公爵、伯爵、その令嬢、などと紹介されるが、よくわからない。とりあえず笑顔で軽く挨拶を済ましその場をやり過ごす。
「ユーリ嬢、いかがでしょう?ぜひ私にダンスのお相手を」
紹介された伯爵の一人がわたしにダンスを申し込む。
断ろうと話をする前に、ウィルが制する。
「・・・あいにくユーリはこういった場に慣れていなくてね、遠慮してくれないか?」
「おやおや、ははっ、これは残念」
ウィルの言葉に大分棘があるように聞こえたけれど、・・・・気のせいよね。
「断れっていって結局ウィルが断るのね」
「ん?自分で断った方が良かったか?」
「・・・助かったわ、ありがとう」
意地悪な笑顔。
人の気も知らないで。
「さあ、踊ろうか、ユーリ。おいで」
そう言うと、私をダンスフロアへと引き入れた。




