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壱 白沢と鈴彦姫

 

 朝日が、山の頭から少しだけ顔を見せる時間帯。昼間は店も開き賑やかな通りも、朝は静寂に包まれている。特に、一番賑やかな中央通りーー通称、鳥居下大路ーーも、同じような静けさを保っている。しかし、違うのはどこかから歌声が聞こえることだろう。所々で店が掲げている赤提灯が、ぼんやりとした色を灯していて、微かな日の光と交わった。

 その通りの真ん中を、随分とゆったりとした足取りで、大きな白い塊が進んでくる。ふさふさな毛に包まれたその塊は、よく見ると獅子のような形をした、優しい顔をした獣だった。

 名を、白沢はくたく

 この町で一番の長老で、万物に通暁している妖だ。町の皆から、「何かあったら白沢様に聞きなさい」と言われるほどで、とても慕われている。


「鈴」

「あら……白沢様! おはようございます」


 白沢が名を呼ぶと、人型の少女が挨拶をする。独特な造りの表店おもてだな。その床を囲む赤い柵にもたれ、腰を掛けながら足をぱたぱたと前後に動かして歌っている彼女は、鈴彦姫だ。黒髪を割れしのぶに結って、鈴のついたかんざしを差している。その鈴が、白沢のほうに振り返った拍子にちりんと音を立てた。


「今日はお早いんですね。どうかなさったんですか?」

「年寄りは早く起きてしまうものなんだ」

「あら嫌だ。ゆっくり寝ている小さな子らに聞かせてあげたいですわ」


 鈴彦姫は、着物の袖で口元を隠しながら、ころころと笑った。


「それにしても、今日の唄屋はこんなに早くから開いているんだね」


 白沢が表店の屋根に掲げられている看板を見上げる。看板には、丁寧な文字で『唄屋』と書かれてあった。周りが鈴と扇を題材にして、控えめに装飾が施されている。


「はい。目が覚めてしまったのです。見るとまだ綺麗なお月様がおられるでしょう? ですから一曲、と思いまして」


 鈴彦姫が、この唄屋を営んでいる。その唄声は透き通るように美しく、軽やかで、聞く者たちの心を掴む。町の案内役たちも、お客を案内するときにはーー店が開いていればーー必ず案内する店だ。鈴彦姫が幼い顔つきながらも容姿端麗で、美人であるというのも、人気を集めているひとつの理由だろう。


「お月様も綺麗ですが、お天道様もそろそろちゃんと顔を出しますね」


 鈴彦姫が白沢越しに眩しい太陽を眺める。白沢も振り返ると、気がついたように言う。


「お、もうそんな刻か。では私はこれで失礼するよ、鈴。体は冷やさないように気をつけるんだよ。まだ寒いんだから」

「はい、お気遣いありがとうございます。いってらっしゃいませ。白沢様」


 のそりのそりと歩き始める白沢に、ひらりと手を振る。白い塊が遠ざかると、もう一度ちりんと鈴が鳴る。鈴彦姫はぶらりと下げていた足を引っ込めると、身嗜みだしなみを整えて正座をする。


「さぁさ、皆さんがた。朝日が昇りんしたよ。起きてくんなまし」


 鈴彦姫の言葉遣いが、唄屋の商売言葉に変わる。鈴彦姫は帯に差した扇骨せんこつが総黒染、扇面せんめんが白藤色の扇子を抜き、かん、と柵を叩いた。

 周りの家の雨戸や戸が開き、年齢層の高い妖が姿を表す。のんびりとはしているが、はっきりと起きた者が多く、鈴彦姫や互いに挨拶をする。年齢層の低い者が起きてくる気配が全くと言っていいほど無く、鈴彦姫は苦笑いしながら言葉をかけた。


「小さな子も、お起きなんし」


 もう二度、扇子を柵に打ち付けると、すうっと息を吸い込んだ。


「一つとや ひと夜明くれば にぎやかに にぎやかに……」


 歌い始めたのは、数え歌。この辺りでは、鈴彦姫が十まで歌い終わる前に起きると良いことがあると、小さな子らの間で噂されている。


「鈴姉! おはよー」

「鈴姉さん、おはようございまーす」


 歌を聞きつけた者たちが、どんどんと起きては鈴彦姫の元に集まっていく。鈴彦姫はその者たちを見て柔らかく微笑むと、十まで歌いきった。


 そうしているうちに、太陽はしっかりと顔を出していた。今日も、朝が始まる。


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