序幕
赤鳥居下の町は、今日も変わらず騒がしい。
その言葉が一番の誉め言葉であり、そして似合うこの町は、本当に賑わっている。
米粒のように(……は言い過ぎかもしれないが)小さなものから、山のように(は言い過ぎ(以下略))大きいものまで、様々な奴らが行き交っている。大きさのみならず、姿形も老若男女、そして動物までもと様々で、全てが同じ言語を使い、此の世の人間のように生活をしている。
茶屋で談笑をしている人型の妖、店前で声を張り上げて野菜を売っている角の生えた獣型の妖。道の端を歩いている二つ尾の白猫は、立ち止まって尾を揺らしてから、くありと欠伸をした。
「猫又ちゃん、やほ! 眠そうだねぇ」
「轆轤首……。ほんとに寝不足でな」
「あららぁ~? そんなに仕事たまってたの?」
「まぁ、それなりに。帰って寝ることにする」
「気ぃ付けてね~」
猫又の視線に合わせ、轆轤首がしゃがんで話しかける。猫又は紅い眼をふいと逸らして、もうひとつ欠伸をすると、足早に駆けていった。轆轤首はそれを見送ってから、また歩きだす。
その隣を、機尋が供の蛇と色の話をしながら反対方向へと進んでいった。そこに、ある店の屋根上で、通りの見物を決め込んでいた女天狗が飛び付いた。
「機尋さん、今度はどうしたの?」
「ああ、お八重さん。いえね、次はどんな色のものを織ろうかと思って悩んでいて」
「うーん、売り物だよな? ……あ、そうだ、緑なんて最近織ってないんじゃない?」
「確かに、言われてみればそうねぇ!」
きゃっきゃと、女らしい会話に花が咲く。会話の内容は仕事のことだが、容姿端麗な人型の女が並ぶと、それはそれは注目の集めること。しかもそれに本人たちが気がつかないのである。
町は、基本的に鳥居下大路、黄泉大路、現世大路、稲荷大路、海渡大路の五つの大路と、幾つかの小路から成っている。黄泉の國と現世を繋ぐ貴重な場所であるこの町には、毎日たくさんの者が行き交っている。そして、それを案内するのが町人の役目だ。
町人は妖たち。妖たちは、それぞれ『種族』としての名と、『個人』としての名を持ち合わせている。どちらを用いて呼ばれるかは個人個人の自由だ。今のところ、全体を見ると割合は五分五分といったところだろうか。
今日は、朝方から地獄からの使いが来ているようで、可愛らしい姿の、しかもたくさんのーーそれぞれ形は違うがーー人形神が、師走を思わせるかのように走り回っている。
「おっ、珍しい。現世からのお客さんだ。それにまだ小さいじゃないか。生身だしね」
「あれっ本当だ! 君はまだこっちに来ちゃいけないんじゃない~? 案内するからお戻りよ!」
若い日和坊と温羅が齢十ほどの人間を見かけ、声をかけた。人間の性別は女で、年齢からすると身長は小さいほうだ。温羅はその人間と目線を合わせると、小さい手を握って、現世への出口へと手を引いていく。
「今日も平和だなぁ……」
屋根のがんぶり瓦の先に器用に立ちながら、山颪が溜め息をつく。すると、ふわりと柔らかく風が大路を吹き抜けた。
そんな、赤鳥居下にある町の、仲の良い妖たちの日常。