Phase2.2 I Direct -学園侵略-
地下道はスラム街だけでなく空中都市ニッポン全域に張り巡らされており、果てしなく長く暗い道のりをたどっていけば、上の層にも出ることができる。この時、第三層にキャンパスを置く六連星学院を目指すスバル以外にも地下道にいる人達がいた。
青年、《逢坂レイジ》はスラム街に住む移民の少女、《リンリィ》と地下道で密会をしていた。レイジは若くしてティターニアの軍人であり、これから六連星学院に入学し、そこで匿われつつ学生スパイとして生活することになる。今日の昼頃彼は空中都市ニッポンに到着したあとスパイの仲間に用意されたDFに乗ってすぐさま地下道に忍び込み、このスラムに住む彼女に会いにきたのだった。地上で何が起こっているのかまるで知らずに。
「スパイって、もし捕まりでもしたら極刑になるんでしょ? どうにか辞められないの、その任務……」
リンリィは不安げに問いかける。彼女はレイジと平和に暮らせれば、多少の不便や不自由どころか、世界情勢などどうでもいいと思っていた――だが、レイジは違う。
「俺はもう軍人だ。元は日本人とはいえ、ティターニアのために何だってすると忠誠を誓ったんだよ。俺個人で組織に逆らうことはできないんだ……家のためにも、何よりも俺自身のためにもな。……でも、一つだけ言わせてほしい」
少しの間の後、レイジはリンリィの肩を掴みはっきりと言った。
「俺は何があろうと生きて帰るよ、君のもとに。それに俺は《神に選ばれた代行者》だ。みすみす死んだりしないさ。むしろ俺が、この世界を皆が……リンリィだって幸せに暮らせる世界にしてみせる。だから、これからも見守っててくれよな」
――うん、ずっと待ってる。だから頑張ってね。とリンリィが言うと、そのまま二人は抱き合い、キスを交わした。
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警察とハルカ達松山グループのメンバーは、爆発が起きたエリアの周辺及びさらに下の階層の調査にあたっていた。
爆発が起きたのは現在十箇所――どれも人気のない所で起きていた。しかしそれ故に、発見が遅れて着いたときには火災になっていたりと、決して穏やかな状況ではなかった。スラム街の人達の避難誘導を終えたハルカは、廃ビルの屋上で相棒のスピカの肩の上に座り、夕日を眺めながら物思いに耽っていた。
「自分とよく似た人間か……。……私は……」
おーい、と下からメンバーが呼ぶ声と、チョーカーからの通信が同時に届く。午後六時、警察は残り、松山グループもそろそろ撤収する時間だった。ハルカは脳裏に浮かぶ嫌な予感を振り払うように首を振り、笑顔を作って皆の元へ降りていった。
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午後六時三〇分、地下道をたどってきたスバルとアークトゥルスは、遂に第三階層にある六連星学院の地下まで着いた。スバルの目の前には、地上に送り込んだスバルのコピーが、世界共同党の六人の幹部達の前で忠誠を誓わされている映像が映っていた。アークトゥルスの装備、《ハッキングシステム》によってハックした、学園内の監視カメラからの映像である。
アークトゥルスの背面ボックスにギリギリで押し込まれていた、六人のスバルのコピー達が銃を携え、エレベーターの前に着く。ハッキングシステムで入手した学園全体のマップによれば、このエレベーターで共同党のブレーンである、六人の議員達がいる地下三階会議室付近まで迷わず行くことが可能である。そして彼ら以外の排除するべき人間の位置も監視カメラから特定済みだ。
(予定通り、警察はスラム街の事件で足踏みしているな。共同党の暴力装置である《粛清軍》のアジトでは、俺達の学園襲撃のタイミングに合わせて、コピー兵士達のうち四名が味方への銃乱射を起こして混乱させる。そして、現在学園内にいる排除するべき粛清軍関係者は、地下の監視室にいる監視員六名、四箇所の門番各一名ずつ。こちらの手駒は、俺のコピー六人と、各門付近に待機させた残りのコピー兵士達四名……まあ人手はいくらでも増やせるがな)
「……作戦開始だ」
スバルは寿命を十日消費し、コピーを更に十人作り出した。彼らには別のエレベーターで地下一階へ行き、監視室を制圧するように命令する。今が勝機だと確信したスバルは、アークトゥルスに命令を下す。
「ハッキングシステム制圧モード発動! 学園内のエレベーター以外のすべてのシステムをダウンさせ、全ての自動ドアと監視カメラのシステムを俺のリンクチョーカーのコントロール下に置く!」
アークトゥルスの装甲板の下からオレンジ色の光が漏れ出し、バチバチと弾ける稲妻が、天井と壁を伝っていった。それから設備の制圧が完了したのは、ほぼ一瞬であった。
六連星学院の、教室の灯りもグラウンドのライトも、全てが消えて暗闇に包まれる。スバルのコピー達はエレベーターに乗り込み、目的の会議室と監視室へ急いでいった。本物のスバルは、何らかのイレギュラーによってこの作戦が失敗する可能性を踏まえ、安全が確認できるまでアークトゥルスと共に待ちつつ、コピー達の戦いのオペレーションに専念することにした。
「なんだかわくわくするね、スバル。この学園全部をこれから全部貴方の管理下にしちゃうなんて!」
銀髪の少女がにっこりと微えみ、スバルと初めて彼の事を名前で呼んだ。その仕草に思わずスバルも少し赤くなり顔をそむける。作業に集中しつつもスバルは少女と話を続ける。
「ところで、お前のことはなんて呼べばいいんだ? 自分の名前も《アークトゥルス》って言ったけど、それじゃこのDFと同じ名前じゃないか」
「そう言われても、私はこのDFに宿っているのだから当然私もアークトゥルスです」
「ん……じゃあアークトゥルスか、短くしてアークでいいか。……いや、そもそも《アークトゥルス》って春の大三角形を形成する、男性の星の名前じゃないか。お前可愛い顔してて、しかも女物のネグリジェ着てるけれど……まさか男だったりするのか……?」
その質問にも彼女あるいは彼はニコニコしながら、どっちにみえるかな、と答えるだけであった。
目の前にいるアークトゥルスという存在は本当に人間ではないらしい――契約の際に頭を抱きしめられたときには、触覚を感じたはずなのだが。今や二四世紀、神や霊などオカルトじみた存在は、とっくの昔に否定されたとスバルは思っていたが、目の前の少女は果たして何者なのか。超能力などという得体の知れない力を使えるようになったスバル自身が思うのも今更な話ではあるが。あとで詳しく問いただすか、と考えた所で続々とコピー達から任務が完了したという通信が入ってくる。
門番、監視室、会議室の制圧が無事達成したことを確認すると、スバルは地下の照明のシステムだけをハッキングシステムから開放し、エレベーターを使い地下三階会議室へ赴く。そこには背中にスバルのコピー達に銃をつきつけられ両手を縛られながら椅子に座る、六人の老人達――共同党日本支部の議員達がいた。
「ようやく会えましたね、俺を政治の道具として利用しようとしていた政治家の皆さん。……動くな、そして俺の質問だけに答えろ! ……きちんと答えて頂ければ、命の保証はいたしましょう」
六人の議員達は固唾を飲んでスバルを見つめる。彼らは予想外の事態に対する恐怖と困惑の入り交じった表情を浮かべていた。スバルは議員達の前に立つと、高圧的な態度を取りながら彼らに質問を投げかける。
「まず一つ目、貴方達は日本の政治家であると同時に、噂ではティターニアのスパイであるという事らしいが、本当は貴方達はどの様な人種、そして身分なのか教えてほしい」
この質問はあまり時間がかからず、答えを得ることができた。結果は――全員元ニッポン人であり、ティターニア本国で貴族の階級を与えられている身分であった。空中都市が完成する前から、国土を明け渡したり、法律を移民の為に作り変えたりして、その功績からティターニアの貴族階級を手に入れた政治家達が複数いたという話をスバルは父親から聞かされていたが、その一部がどうやらこの議員達らしいことが分かった。さらにスバルは質問を続ける。
「二つ目、貴方達は何のために活動している? 富か、名誉か、目的を答えろ」
質問に対し、党代表者の白山という老人が皆の代表をするかのように答えた。
「この世界を一つにすること、それが私達の目標だ。人類史上成し得なかった悲願を、我々は生涯を賭けて成し遂げたいと思っている」
「悲願って……それはどこの誰の願いだッ! そんなもの、世界の誰も望んじゃいない、お前達の押し付けなんだよ! 人種、宗教、生活、言語――人は皆違って、分かり合うことなんかできやしない! だからきちっと境界線を作って、異なる人間同士お互い深く干渉せずに生きて行かなくてはならない……ならなかったはずなのに、お前たちはッ!」
激昂するスバルに対して、おそらく一番若いであろう女性議員が返答する。
「この世界にはあらゆる資源があるけれど、それは決して有限ではなく、誰かの非の有る無しに関係なく取り合いになってしまう。文化は人のアイデンティティとなり、宗教となれば――異教が存在するということだけでも、争いの種になりうる。人間お互い干渉せずなんて、そんなこと絶対に不可能なの。良くも悪くも、相手への干渉は人類の歴史そのものなのよ。それでも、私達は争いをなくしたいの。そのためにまずは世界を一つにまとめなくてはならない、それが私達の目標なの」
「だったらやり方ってものがあるだろう! ティターニアが地上の都市に対して何をしているか、知らないとは言わせないぞッ! たった今苦しんでるニッポン人が沢山いるのに、お前達政治家は何も言わないのかよッ!!」
スバルの怒りは既に頂点に達していた。ティターニアが起こす、国際ルールを無視したゲリラ紛争に目を背け、英雄のクローンである自分を政治利用するという卑怯な方法で世界を変えようと考えた彼らに対し、スバルの気持ちは怒りしか残らなかった。怒り狂うスバルを諌めるように、少し若い男性議員が答える。
「人種とか民族とかその考え方がもう古いんだ。今や遺伝子改良技術が完成し、デザイナーズチャイルドも一般的になった。髪や眼の色、体つきからしてかつての日本人らしくない日本人が多数になり、純粋な日本人――いや、《純粋な人種》なんてもういなくなりつつあるんだよ。君の元になった、天宮タイヨウ氏もDFパイロットに適するように遺伝子改良されて生まれたそうじゃないか。そうさ、誰も一目見ただけでは他人の事について正確に判断できなくなった。それでもなお、元となった人種で居場所を決めたり、贔屓したり仲間意識を持っているこの世の中なんておかしいと思わないか? 国籍関係なく、自分と仲良く出来る人間を探して行くべきなんじゃないかな」
(――お前達は、一体誰の味方なんだッ!)
もうこれ以上話しても時間が過ぎるだけだ、とスバルは沸々と湧いてくる怒りに対し、目の前の相手を思いっきり見下すことで自身の冷静さを取り戻した。
「フン……世界を一つに纏め上げる、それがお前たちの願いだったか。いいだろう、ならばその願い、この俺が叶えてみせよう!」
スバルは党代表の老人の顔に触れた後少し距離を取り、左手を前に突き出す。手のひらから黄金の光が溢れだし、それはスバルの目の前で人間の形を作っていく。
そして光が消え、姿を表したのは――党代表と全く同じ顔、同じ服装の人間だった。その不可思議な光景を協同党幹部たちは啞然として見守っていた。対してスバルは不敵な笑み残りの議員達に触れ、次々とコピーを作り出す――これがスバルの超能力である。
「お前達は用済みだ。しかし、この俺の眷属がお前達に成り代わり生きていく。だから、社会的にはお前達は死んだことにはならないだろう。なあに心配するな、関係ないお前達の家族にまでは手を出しはしないさ――多分な」
スバルの横に並ぶ、党幹部六人のコピー達は本物達を感情のこもってない瞳で見下ろしていた。そしてスバルは不敵な笑みで、恐怖に怯える議員達をせせら笑い、そして宣言した。
「本日より世界共同党日本支部は……この俺、天宮スバルが仕切る! 世界を、あるべき姿にするために!」