Phase2.1 五月雨星の少女
午後三時過ぎ、DFアークトゥルスが搬入されてきたとされる巨大な扉を開き、スバル達は倉庫から出て行った。アークトゥルスと《リンク》したスバルは、青白い光球に包まれ、ふわりと宙に浮いて、疲れる事なく移動ができるようになった。スバルは自分の後ろについてくるDFを見上げ、未だにその超常的な機能に戸惑いを隠せていなかった。
遠隔機動兵DFは、大きく分けて三つのタイプが存在する。一つ目は小型DF――これは四本足だったり、あるいは足なんて存在しなかったりで、形状は様々と言っていい。大きくとも乗用車くらいで、工事や介護など、人間の生活や産業に一番関わっているものでもある。
二つ目に中型――これは全長五メートルから、最大十メートル程度のサイズで、脚部が無いタイプも存在するものの、人型をとっている。そして兵器として一番扱われているものであり、低スペックなものならば、個人や軍以外の組織だろうと所持できる程にリーズナブルでもある。有事の際に、囮役や遊撃隊として戦闘に参加することを趣味にしている小金持ちもいるほどである。ちなみに操作にはリンクチョーカーを必要とし、チョーカーが起動キー及びパイロットの脳波を読み取りを行い、操作するという役割を担う。
最後に大型――十メートル以上のものを指すカテゴリだが、これは実存する数が非常に少ない。形状は基本的に船や空中戦艦など乗り物の形状をとっており、コストの面から運用しているのは政府や軍、或いは世界的に有名な富豪や資産家達だけだ。大型DFについてスバルは教科書の写真と説明程度の知識しかないのであった。
そして、スバルと契約を交わしたこの中型DF、《アークトゥルス》には、神を自称する銀髪の少女――スバルは最初は高度なAIナビゲーターホログラムだと思っていた――が取り憑いているという。そして、契約と同時にスバルに超能力すら与えてしまうのだった。スバルはかつて憧れた存在と同じものになれたという嬉しさが湧きあがると同時に、このオカルトじみた存在の正体について探ってみたいという好奇心も湧いてきてしまうのだった。
今までの人が通るような地下通路とは違い、地下トンネルとも言うべき巨大な道がスバル達の目前に広がる。所々に蛍光灯が存在するおかげで、真っ暗ではないものの、人の目だけで進むのは危険だと思わせられる。終始無言で目の前の道を睨むスバルに、銀髪の少女が楽しげに問いかけてくる。
「ねえねえ、これからどうするの?」
「地下道は空中都市ニッポン全域に張り巡らされているらしい。取り敢えず天井を突き破って地上に出るなんて馬鹿なことはせず、このまま地下道を少しずつ進む。そして奴らのアジトでもあり、これから俺が通い、住む事になる場所――《六連星学園》を制圧する。幸い今日は土曜日、俺達が学園付近に着く頃には、学生や教師は少なくなっているだろうから、目立たないように攻めこむ。あと、このDF……アークトゥルスには俺にピッタリの装備があるから、コイツを活用させてもらう」
スバルは部屋を出る前に、二〇人の自身のコピーに加えて、先程殺してしまった粛清軍の八人の兵士達のコピーを、各人一日分の寿命を分け与えて作り出した。
スバルに発現した超能力は、自身のコピーだけでなく、コピーしたい人に触れるか、血液や毛髪、指紋等を情報元にして他人のコピーを作る事ができる。また、自分の残りの寿命を正確な数値で把握できたり、視界には指紋や肉塊、血液などコピーの情報元となる物がはっきりと分けて見える――血などは混じりあってしまっても区別が付くようになっていた。
アークトゥルスの装備、遠隔操作小型偵察機を進行方向へ先行させているお陰で、地下道の安全は把握できている。問題は地上の動向だった。
「さて、そろそろコピー達が地上の部隊と合流する頃だ。情報戦の始まりだ……」
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午後四時、デモが行われていた大通りにはマスコミ、警察や消防機関が集まり、事態の収拾をつけようとしていた。戦闘を終え、救助活動にあたっていたハルカは、現場に居合わせた者として一旦作業を中止させられ、警察から事情聴取を受けていた。ハルカ達は警察隊の組織の一部が既にある組織の手籠めにされており、そのせいでデモの開始前から見張ってなかったということを知っていた。
「今回のデモの演説やっていた、天宮タイヨウ氏がどこへ行ったのかご存じないですかね? えーと、《諸星》ハルカさん?」
添星ハルカに限らず、松山グループなど私設政治組織の団員たちは、その活動する際に偽名やカラコン、いつもと違う髪型を使って活動している。例えばハルカは苗字を変え、出撃中は大きな髪飾りでポニーテールにしている。ただし、面が割れている元軍人や、マスコミに応じる組織幹部達は例外である。
質問に対するハルカの答えは勿論「いいえ」である。知ってたらこっちからコンタクトしているわ、とハルカは心の中で文句を言う。長々と刑事の質問が続き、ハルカはそろそろ怒りたくもなってきていたが、グッと堪えて淡々と答え続ける。遠隔操作でDFを動かしているため、この場に本人がいない横田さんが羨ましいなあとハルカは思っていた。
「ホントですかぁ? いやー彼は日本の英雄ですし、こんな大事件にしたからには責任取ってちゃんと顔を出してほしいものですよ。どっかの政治系の地下組織が、彼を匿ってたりとか……していませんかねぇ? どうしても知っていることを話してもらえませんかねぇ?」
「少なくとも私達松山グループはそのような事はしていません。彼の乗ったトレーラーはスラム街方面に行きましたけど、私達は市民の救助活動を優先して、後を追わなかったのですから」
ツンとした態度で答えるハルカに対して、ハイハイそうですか、と刑事は露骨に嫌な顔をして溜息をつきながら受け答えしつつ、同時にチョーカーを通じて仲間と連絡を取る。
「こちら梅原……はいはい了解です。……それじゃハルカさん、私はこれで失礼しますね」
適当な返事だけをして事情聴取を終わらせ、梅原という狡猾そうな中年刑事は足早にどっかへ行ってしまうのであった。それと同時に、ハルカが呼んだ松山グループ医療班が現場に到着し、ハルカも彼らに合流して救護活動を再開するのであった。
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アークトゥルスと共に地下道を進むスバルは、地上に送り込んだコピー達がチョーカーを通じて送ってくる情報から、大まかな状況を把握しつつあった。スバルが現在作ったコピーは、《スバル二十人》、そして《惨殺した八人の兵士達》を一人づつ、計二八人だ。スバルのコピーの内から六人をアークトゥルスの背部ボックスにギリギリまで押し込み、残りは移動に支障が出るため倉庫に置いてきた。そしてそれらのコピーは、本物のスバルから与えられた、一日分の寿命で生きている。
「通信記録からして、警察と共同党はグルの可能性が高い。ということは警察を放っておくと、学園を制圧する際、あるいはした後に面倒になる可能性が出てくる。奴らにはここで足踏みしていてもらおう……。さて、俺達が学園付近に着くまで時間稼ぎできるかどうか」
光球に包まれ、宙にふわふわと浮く本物のスバルは、地上に送り込んだコピー達から送られてくる音声や視覚情報、そしてアークトゥルスの装備や機能を把握しながら、学園の制圧作戦を思案していた。既にアークトゥルスの武装の一つ、《ハッキングシステム》が役に立ち、警察などの内部情報を傍受できていた。ハッキングなどの電子戦を得意分野の一つとするスバルにとっては、とても有難い武装である。
スバルが指示した作戦は以下の通りだ。
スバルのコピー一人と、兵士達のコピー八人は、「スバルは兵士達に捕まり、組織に戻ると宣言した」という演技をさせて、地下に展開していた他の追手達を撤退させ、組織の内部にコピー達を入り込ませる。同時に地上の情報や各組織の動向を、地下の本物のスバルに伝えたりするよう命令した。
コピーのスバルが本物の代わりに共同党の元に戻った結果、デモは当然再開されることもなく、そして殺されたりもすることもなく、偽物は車に乗せられ、学園へそのまま向かっているとのことだ。このコピーが送ってくる通信を、アークトゥルスが発信位置を捕捉することで、地下道を進む本物のスバルとアークトゥルスは方角を間違えることなく学園付近まで辿り着ける。ちなみにマスコミに対しては、「天宮氏は騒動に巻き込まれ、大変疲弊されている。会見はまた別の機会にしてほしい」ということになったという。共同党の上層部が助け舟を出してくれたようだ。
そして、《粛清軍》の八人の兵士達のコピーが改めて確認した所、現在学院内のアジトに共同党日本支部の幹部六人が全員揃っていることも分かった。デモが終わった後、スバルは学院に連れて行かれ、彼らの目の前でひざまずいて組織への忠誠を誓わされる予定だった。デモが中止された事により、幹部達が学院外へ動き出したりしてないかと思っていたのだが、杞憂であった。
残る十三人のスバル達だが、折角寿命を消費して作ったのに、邪魔だからといって適当に自決させては勿体無いと思ったスバルは、彼らに倉庫にあった爆弾を身体に巻いて、爆破事件を起こして警察を撹乱するという作戦を立てた。スバルは全コピー達に対して、なるべく人気のない所で自爆し、警察からの発見を遅らせること、もし誰かに見つかったら一旦隠れてから即座に自爆しろとも命令を出し、スラム街地下の各所に散開させた。
「非道になりきれなくては、いずれその甘さが命取りになるわよ、スバル」
その声にはっと振り向くと、機兵の頭部にちょこんと座る銀髪の少女が、怒っているとも、無表情とも言えるような冷たい目つきでスバルを睨みつけていた。目があってお互い数秒間睨み合ったあと、スバルが先に俯き、「そうだな」と小さく返事をした。――考え事は全部見透かされているようだな、とスバルが心の中で言うと、「もちろんよ」と得意げな口調で返事が帰ってきたので、スバルは大きな溜息をついた。
「安心して、私は貴方の味方だもの。貴方には生きて、戦ってもらわなくちゃいけないのだから、みすみす死なせはしないわ」
彼女が本当は何を望むのか、その言葉からはまだ良く見えてこない。それでも、スバルだってティターニアへの復讐をせずに生涯を終えるわけにはいかないのだから、もう一度作戦を思いなおすことにした。
(スラム街に住む人間だって殆どが不法入国のティターニア人なんだ。ティターニアは復讐の対象だとさっき誓っただろう。だったら――!)
スバルは覚悟を決め、コピー達に命令を伝える。
「一つ変更する。もし誰かに見つかった場合、見た人間全員を巻き込み自爆しろ。俺の正体を決して知られないためにも!」
スバルはこの時はまだ、心の何処かにほんの少しだけ良心、あるいは甘さ――できればスラム街の人々を巻き込まずに済んでほしいと思う部分があった。彼らは誰かを傷つけることとは無縁な一般人だからかもしれない。それを見抜いている銀髪の少女は、勇ましく命令を下すスバルの後ろで、未だに不機嫌そうな顔をしているのだった。