Phase1.2 スバルとハルカ
朝焼けの照らす空港に、欠伸を堪えながらスバルは降り立った。現在、この国――ニッポンは移民との問題を抱えているため、密入国などには厳しい罰則が科せられる。しかしスバルは自分のクローン元の人物の名前で手続きをし、尚且つスバルを管理する組織が後ろ盾となってくれるため、あまり関係ない話だ。
空港を出ると大きな黒い車が迎えに来たので、言われるがまま乗り込む。地上とは違い、車と呼べるものは全て反重力装置で宙に浮くものであった。
春からスバルは《第四番空中都市ニッポン》の第三層にある、とある学園に転入し、構内の学生寮に住むことになる。その学園はスバルを拘束している組織――日本の正式な政治組織だが、帝国のスパイなどという噂の名高い移民推進派政治組織、世界共同党日本支部の息のかかった場所であり、地下室など施設の一部が彼らのアジトとなっている。学園はDFの操縦や整備のための学科があるため、格納庫や整備施設、訓練グラウンドが存在するほど広大な敷地を有するという。しかし、ここで生活を管理されるということは、構内に張り巡らされた監視カメラ等によって、下手に逃げられなくなる事を意味する。
スバルがちらっと前を見ると、車の助手席に座る男が首につけたチョーカー型多機能デバイス、《リンクチョーカー》を使い、誰かと通話している。盗み聞きした所、正午から開かれるデモの打ち合わせらしい。デモは移民の権利の拡大を訴えるというものだが、帝国との関係は良くないため、こうしたイベントはしばしば暴力沙汰が起きる。そして今回は、先日の《淡路島紛争》の影響で更に荒れる予感が漂っているが、このタイミングで移民推進派は隠し球として、スバルを利用するのだった。
天宮スバルは、三年前に起きた奥羽エリア紛争における日本軍の英雄にしてスバルの育ての親である、《天宮タイヨウ》の遺伝子を元に作られた、クローン人間である。かつて国のために戦い、死んだはずの英雄が再び舞い戻り、戦争の経験から移民の受け入れと権利の拡大について演説する――そのインパクトによって世論を動かそうとするのが、移民推進派の戦略である。
そしてこれはスバルにとって、屈辱そのものであった。父親と呼べる人物に成り代わり、かつて彼が守ろうとした国を売ろうとするのだから。更にスバルは自分の本当の名を捨てて、一生彼のふりをしながら生きていく事になる。大事な人達を失い、もはや生きる理由がないから、いっそ自決しようかと考えた事もあったが、最愛の姉である《天宮ミヅキ》が戦火の中、別れ際に交わした、「強く生きろ」という言葉が、スバルを踏みとどまらせて現在に至る。現在午前一〇時、時はその流れを止めない。
****
今日のデモにおいて、移民推進派が何らかの隠し球を出してくるという情報を、いくつかの日本人の政治組織も入手していた。とある地下組織《松山グループ》の会議室でも、今回のデモの対策会議が開かれていた。
「横田と添星の二人にDFで出撃してもらうけど、なるべく監視に徹して、こっちから手ェだすなよ。他の組織がどう動くかまだ分からないが、派手なことすると、面倒なことになるからな」
齢四〇程の無精髭の幹部、鷺森はホワイトボードの前に立ち、団員に今回の行動について説明していた。行動と言ってもデモの監視あるいは市民に危害が加わるような事が起こったら仲裁に入れ、等のことで、こちらが先にデモへ干渉することは出来ない。過去に何度も人対人、あるいは組織同士のDFによる戦闘が始まってしまったことで、市民に多数の死傷者が出た例があるためだ。
会議に出席していたセミロングの黒髪の女性、添星ハルカは自分の家族のことを思い出し、これ以上大切な人を傷つけてはならない事、そして自分が五星族の一角である、《添星家》をこれから引っ張っていくことを意識し、心を奮い立たせた。
「お父さん、お母さん、私まだまだがんばるから……!」
ハルカは戦闘用の装備を確認し、顔を隠すためのバイザーのついた帽子を被ると、DF格納庫へ歩いていく――自分の持つ力を正しく使う覚悟を決めて。
****
スバルは車で空港から移動し、午前十一時、デモの開催場所である空中都市ニッポン第四層にある移民スラム街の付近に到着した。スバルは昼食のゼリー型食品を摂りながら、自分のチョーカーを使い、ニッポンへ来る間の飛行機内で渡された、デモ中に行う演説の文章のデータにさらっと目を通す。内容は殆ど暗記したものの、罪悪感からきちんと言えるかどうか不安が残った。
空中都市ニッポン第四層は一般市民が多く暮らす層であると同時に、ティターニア帝国からの移民――特に貧民や戦争難民、元犯罪者等、自分の国にいられなくなった者達が不法入国し、住み着く場所として有名な場所だ。特に空港から少し離れた一帯は、スラム街とも異民族コミュニティとも言えるような風景になってしまった場所が多く、そこに日本人はあまり近寄らない。
「お前は目立つように街宣トレーラーに乗って演説してもらう。不本意かもしれないが、ちゃんと仕事したら生きてられるから、しっかりやれよ」
サングラスをかけた運転手から励ましのような言葉をかけられた。スバルは軽く頷くと、車を降りて大きな街宣トレーラーの方へ向かっていく。正午、ついに運命の時が来た。