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1-2.イタチ獣人フーラ

1-2.イタチ獣人フーラ



「ところでフーラ、相変わらずこんなところで今日は何をしていたんだ?」


 シャチの補食で少ししんみりとしていた空気を紛らわすように、ルタが切り出してきた。

 その言葉にフーラは嬉しそうにかごから拾ったものを取り出す。


「あぁ、これよ。とっても不思議でしょ」


 フーラが取り出したものは先ほど拾った円筒状のもの。片面が透き通っていて反対の面にはヒモが通されている。

 それをフーラは高々と掲げるが、ルタはただ眉を上げるだけだった。エンパッサーは先ほど聞いたと、砂浜に座ってあくびをしている。

 フーラは期待はずれの反応に、肩をがっくりと落とす。


「もう、ルタったら反応薄い!」


 フーラは腰に手を当ててふぅとため息を吐く。

 ルタはこれが何かをまじまじと眺める。


「何これ、大陸のものなのか?」

「えぇきっとそうよ。これも、これも、これもみんな大陸から流れてきたものよ」


 と、フーラは嬉々として今日拾ったものを次々と砂浜に置いて見せる。どれもオドベヌス島では見ないものばかりで、色んな想像力をかき立てられる。こうして海に流されてたどり着いた珍しいものをフーラは毎日拾っていた。


「相変わらずフーラは大陸が好きだな」


 ルタは呆れたようにため息をもう一つつきながら答える。

 これといって興味がなさそうな反応だ。

 

 しかしフーラはそんなルタの反応を気にした様子もなく、海の方をきらきらした目で眺める。

 



 

 ずっと昔、フーラが幼い頃、そのときまだ生きていたおばあさんに何度も聞かせられた話がある。


 それは遠くこの海の向こうにある、大きな大きな大陸の話。


 そこには大きく広がる大地や深い森、とても高くそびえる山脈やさらさらと流れる川など、このオドベヌス島の何百倍もの大きさの自然が広がっている。

 そこに住まう動物たちはこの島と同じように生活しているみたいだが、大陸の一部には人間の国というものがあるらしい。そこは不可能を可能に変える人間の知恵で溢れた夢のようなところらしいのだ。


 初めてその話を聞いたときから、フーラは大陸に夢を馳せるようになった。


 そして物心ついたときにはこうして大陸から流れ着いたものを拾っていた。

 砂浜で拾うもののどれもが初めて見るものばかりで、使い方も全く分からない。オドベヌス島の人では到底作り出せないようなすてきなものばかりで、フーラの夢はますます深まるばかり。


 オドベヌス島も自然豊かだしすてきなところだけど、一生に一度でいいから大陸に行って人間の国を見てみたいと、ずっと夢に見ていたのだった。





「しかしフーラ、大陸なんて野蛮な人間達の巣窟だぞ」


 フーラの嬉しそうな様子に水を差すように、ルタがため息混じりに言う。

 しかし、ルタの否定にフーラはむっとする。


「何よ、ルタそんなこと言って大陸のこと、何にも知らないじゃない」


 ぷいっとフーラはルタから海の方へと視線を逸らす。

 その様子にルタも更にむっとする。


「フーラだって何も知らねーだろ? やつらは本当に野蛮なんだってよ」

「そんなこと言ったって、こんな素敵なもの作る人たちが野蛮だなんて――――」

「ルタの言ってることはホントだよ」


 更に別の声がかかる。

 見ればミズナギドリのおばさんが、いつのまにかエンパッサーの隣に座っている。


「そうだよおばさん、フーラに言ってやってくれよ」


 とおばさんを促すのはルタ。

 おばさんは一つため息を吐くと、海の向こうを忌々しげに眺める。


「どうやらさっきはシャチの群れがここに来てたようだけど、人間はシャチなんかよりももっと極悪なのさ」


 ずっと夢に見ている大陸のことを悪く言うルタとミズナギドリのおばさんに、フーラは更に気を悪くする。

 そんなフーラの様子を気づいているのかいないのか、ミズナギドリのおばさんは話を先に続ける。


「この世で一番大きなシロナガスクジラはね、やつらにたくさん殺されて、もはや絶滅寸前なんだ」


 ミズナギドリのおばさんは吐き捨てるように言う。


「どういうこと? 大陸の人たちはシロナガスクジラから命をもらっているんじゃないの?」


 初めて聞くことに、フーラは眉をひそめて首を傾げる。

 おばさんはしかめ面で首を横に振った。


「いいや、命をもらってるなんてあるものか。あいつらはクジラの脳にある脂肪だけを抜いて、あとは海に捨ててるんだ。それを人間同士の殺し合いのための燃料にしてるのさ」


 フンと忌々しげにおばさんは言う。


「他にもラッコのオッサンが言ってたぞ。あいつらは他のやつらより秀でるために、ラッコたちをたくさん殺して毛皮を作ってるらしい。毛皮だけ獲ったらあとはぽいだ。だからラッコたちは岸には寄れなくなったらしいぞ」


 と、ルタは実際に聞いた話をフーラに聞かせる。

 カワウソと近い親戚であるラッコの話は、ルタにとっても嘆かわしい話らしい。



「海だけじゃない。陸だってそうさ。あちこちで豊かな森林を切り倒しまくっているのさ。そのせいで鳥たちは住処を失い路頭に迷っている」


 その言葉に、おばさんの隣に座っていたエンパッサーは首をすくめる。


 ミズナギドリのおばさんは、そこで一旦言葉を句切ると、右の風切り羽で口を遮り内緒話するような素振りを見せる。

 それまでも相当な悪いうわさ話をしていたのに、ここから先はあまり大きな声では言えないことらしい。


「それに最近じゃ、変な噂まで回っちまっている。大陸じゃあ肋骨を食べる輩がいるってんだ。大陸の人間はハイエナよりもタチが悪いこった」


 おばさんはそこまで言い切ると、鼻で大きく息を吐いてから、フーラに向き直って言った。



「大陸の人間は、あちこちで生きものを殺しまくっているのさ」



 ミズナギドリのおばさんのその一言は、ずっと大陸に夢を馳せていたフーラの心を抉るには十分すぎる言葉だった。

 それまでフーラは反論しようと構えていたが、返す言葉もなくなっていた。

 そんな様子のフーラに、ルタは言い聞かせるように声をかける。


「だから、な。こうして色々拾うのはお前の勝手だけど、大陸に期待なんて持たない方がいいんだぞ。フーラ、お前はここで誰かに命をもらってもらうか、そのまま朽ち果てるか。それがお前に与えられた“生き方”ってもんだ」


 ルタはフーラの頭をポンポンと叩くと、言いたいことを言ってすっきりしたのか、そのままきびすを返して去っていく。

 ミズナギドリのおばさんも「ルタの言うとおりさ」と言い残して、どこかに去っていく。


 残されたフーラは、砂浜に並べていた今日の拾いものを、静かに集める。

 その後ろからエンパッサーが気まずそうに声をかける。


「あのさ、フーラ。みんな言葉はきついけど、フーラを心配して言ってるんだよ」


 フーラは無言で首だけ縦に振る。

 並べたものを拾い集めて再びかごに入れると、もう一度海の向こうへと視線を向けた。


 ルタの言うこともミズナギドリのおばさんの言うことも分かっている。

 誰かに食べられて命を受け継ぎ、その誰かと共に朽ち果てる。

 それは誰もが逆らうことのできない自然の摂理だ。

 そのように自分の生が終わるのなら生まれ育った土地を離れたくないと、定住性の動物ならみな望むことだ。

 フーラも最期はオドベヌス島で朽ちてもいいと思っている。

 しかし、こうして流れてきたものを見るたびに思う。

 一度だけでいいからこことは違う世界に行ってみたいと。もっと大きな大陸に行って、違う世界を見てみたいと。

 昔からあこがれた人間の世界を見てみたいと――――。


 それさえ出来れば、オドベヌス島でも大陸でもどこでも、いつでも強い誰かにこの命を託そうと思っていたのだ。






「――――ん? なんだか波が高くなってきたぞ」



 そんなことをぼんやりと考えて沖の方を眺めていたら、隣でエンパッサーが不審の声を上げた。

 その言葉を受けてフーラもちゃんと海の方を見れば、確かに先ほどよりも波が荒くなってきている気がする。

 遠くの空も、先ほどまでは雲一つなく一面青かったというのに、少し灰色がかった雲がどんどんと押し寄せているのが見えた。

 風も普段からそよいでくる心地いい潮風が、段々と風力を増しているのが感じられる。


「あぁ、どうやら今夜は嵐が来るみたいだ。フーラ、もう帰ろう」

「そうね」


 嵐が来るまでにはまだ少し時間があるのだが、さすがにこれ以上エンパッサーに心配をかけても良くないと思い、フーラは素直に従う。


 エンパッサーは急いで帰ろうとするが、フーラは戻る前にもう一度海の方へと目を向ける。



 いつもなら何里も先の沖まで見えていた景色は、高まる波と霞む空に段々と浸食されていた。



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