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1-1.イタチ獣人フーラ

1-1.イタチ獣人フーラ



「フーラ、海の向こうにはね、とっても大きな大陸があるんだ。そこには誰もがあこがれる広大な自然と、面白いものを次々と生み出す人間の知恵で溢れているんだ――――」






 大きな大洋の上にひっそりと浮かぶオドベヌス島。


 そこは誰にも侵されたことのない未開の島。

 

 中央にはレオニア山が高々とそびえ立ち、島全土を見下ろしている。

 山頂から色んな方向に流れる川は、麓に向かうにつれて段々太くなり、碧く透き通った海へと水を運んでいる。

 その途中に通る森林内では、何百年も培われてきた土壌の上で、一本一本の木々がきちんと整列せずに根の張り合いを行っている。その根っこの下には大きな水のタンクができあがっている。

麓に広がる草原は、心地よい潮風を受けてほどよく揺れていて、生き生きとしている。

 


 そんな豊かな自然に溢れたオドベヌス島の昼下がり。


 島の北側の砂浜を歩くのは、一人の少女の姿。



「あら、これは何かしら?」


 少女はしっぽを揺らしながら、砂浜に落ちているものを拾う。

 それは薄くて四角い何か。そのうちの一辺に切れ込みが入っていて、中に何かが入っている。

 出してみれば今度は黒い円形の薄いものが出てきた。真ん中に穴が空いている。


「わぁ、これも大陸のものかしら。とってもすてきね!」


 少女はそれを手に持っていたカゴに放り込む。

 カゴの中は、砂浜で拾ったものですでにいっぱいになっていた。

 例えば、円筒状で片面は透き通りもう片面にはひもが通されたものや、読めない文字で書かれた本、人の形をした人形だけれど変な線が繋がれたものなど、すべて大陸から流れ着いたものである。


「おはようフーラ。今日も相変わらず潮干狩りかい?」


 少女の後ろから、一羽のアマドリが話しかける。

 フーラと呼ばれた少女は丸い耳をぴくっと動かすと、そちらを振り向いた。


「あらエンパッサー、おはよう。見て! 今日もすてきなものを拾ったのよ」


 とカゴの中のものを見せる。

 エンパッサーと呼ばれたアマドリはそれを見るが、よく分からないと首を傾げるだけだった。

 その様子が期待はずれでフーラは少しむっとする。


「もう! エンパッサーにはこれの良さが少しも分からないみたい」

「うーん、だってこの人形動かないじゃない。獣人たちの方がかっこいいじゃないか」

「そんなものなのかしら」


 オドベヌス島には”獣人”と呼ばれる種族がいる。彼らはみな動物と人間が合わさったようなからだつきをしていて、例えば嗅覚に優れたイヌ獣人や夜目に効いたネコ獣人など、様々な種類の獣人がいる。

フーラもその一人で、特にフーラは小柄でしなやかなからだつきのイタチ獣人の娘である。麻で織られた黄白色の服から細くて白いしっぽが伸び、肩まで伸びる黄白色の髪の間からも白くて丸い耳が飛び出ている。


「まぁ、あれは何かしら?」


 フーラはまた遠くに転がっている何かを見つけ、そちらに駆けていく。

 そんな様子を見てエンパッサーはふぅとため息を吐いて、海の方を見やる。


 そのとき、エンパッサーはふと海の方から異変を感じる。

 

 それまで静かだった海の波が、不自然に荒くなり始めた。

 見れば沖から何頭ものオットセイの群れが、「アオッアオッ」と声を上げて岸に向かって泳いでくる。

 その更に後ろに目を向ければ、ピンと空に向かって伸びた黒色の背ビレ。

 その黒色の背ビレはいくつもあり、オットセイの後ろからこちらに向かって凄い勢いでやってくる。


 エンパッサーは急いでフーラに呼びかける。


「フーラ! 潮干狩りなんかしている場合じゃない! シャチの群れが向かってきてる!」


 エンパッサーのせっぱ詰まった声に、フーラは沖の方に目をやる。

 しかしシャチの群れはまだ二里(=8キロメートル)も先だ。ここまで来るにはまだまだ10分くらいはかかるだろう。

 それにシャチが来る前にオットセイの群れが先に岸に着くのだから、それから逃げても遅くはない。


「エンパッサーは心配性ね。まだ大丈夫だわ。あら、あれは何かしら? オットセイたちがやってくる前に拾っておかないと」

「あぁもう、フーラってば!」


 焦るエンパッサーとは逆に、フーラはのんびり悠長に構えて危機感が薄い。

 その上海岸線近くに落ちているものを拾おうとそちらに走っていく。

 

 しかしオットセイの群れもシャチの群れも徐々に迫ってくる。

 ちょうどフーラがものを拾いに行こうとしているところに、オットセイの最初の群れが上陸してくる。

 今はまだ頭数も少ないがこれが増えれば、フーラは簡単にオットセイの下敷きになるだろう。


 エンパッサーは急いでフーラの服を掴む。


「フーラ、もうダメだってば! 思った以上にやつら速く泳いでくるんだから!」

「あぁでもあそこに……!」


 オットセイの上陸地から少し離れた位置で二人攻防を繰り返しているが、そうこうしているうちにオットセイたちの群れのほとんどは岸に上陸し終える。

 しかし海岸線に近いところはまだシャチの射程範囲内。

 上陸したばかりのオットセイの幼獣は、もう追ってこないかと少し安心してしまっているのか、走る足の速度を緩めるが――――。




 バザァァァァァァン――――――――!!




「アオッアオッアオッ――――…………」




 海岸に乗り上がった一頭のシャチが、その幼獣の後肢を捕まえると、口に入れたり出したりを繰り返しながら海へと引き込んでいく。

 他のシャチも同様に、まだ運動能力の低い幼獣を捕まえて、海へと下がっていく。


 それまで攻防を繰り返していたフーラとエンパッサーは、オットセイの被食を間近で見て言葉をなくす。





 ――――これが捕食と被食。


 弱者が食われて強者がそれを糧に更に成長する。

 強者はいずれ朽ち果て、土や海へと返る。

 こうした食物連鎖は、当たり前に存在する自然界の摂理だ。

 当然このオドベヌス島でも、日常的に起こっている。





「あんまり気にすんなよ。あいつらはああして強いシャチの中で生き続けられるんだから」


 そう言って沈黙を破ったのは、フーラの親戚のカワウソ獣人のルタだ。

 ルタはどこから来たのか、長いしっぽを砂浜にゆらゆら揺らしながら、歩いてきた。

 ルタも今の光景を見ていたらしいが、至って淡々とした様子だ。


「だけど、間近で食べられるのを見るのは、なんだかとても恐ろしいし、さみしいね」


 と、フーラはしみじみと言う。





 しかし、このオドベヌス島では被食は“死”ではない。

 何故なら他者に食べられた自分の命は、そのからだの中で生き続けるからだ。

たとえ姿形がなくなろうとも、そうして受け継がれた命は、食べた捕食者が朽ち果てるまで生き続けるのだ。


 だからルタのように多くの獣人たちは、目の前の動物が他の動物に食べられても、やるせなさは感じても、さみしさやかなしさは感じない。

 誰もそれに逆らったりはしない。



 それが当然のことわりだからだ。





「まぁ、できることなら一生をこのままの姿で全うできたら、それが本望だけどな」


 ルタは海の方をぼんやりと眺めながら、ため息混じりに独りごちる。

 それをフーラは横で見ながら、遠くまで泳いでいったシャチの群れを見ていた。


 遠くの沖でオットセイの幼獣を投げて遊んでいたシャチの家族は、いくらかそうした後に海から顔を出さなくなった。

 それと同時にオットセイの幼獣の姿も見えなくなった。



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