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4-2.生きることと死ぬこと

4-2.生きることと死ぬこと



 その場の全員は音のした方に目を向ける。



 そこにいたのは、帰り仕度をしていたはずのルイスだった。



 ルイスは右手の銃を空に向けて立っていた。その銃口から、硝煙が上がっている。

 反対の左肩には、先ほど逃げたはずのエンパッサーが乗っていた。


 突然現れた別の人物を、オオカミ獣人たちは睨み付ける。


「何なんだ、てめえは!」


 ひとりが咆哮を上げる。

 ルイスは空に向けていた銃をオオカミ獣人たちに向ける。


「そいつから離れろ」


 ルイスはいつもよりも低いトーンで静かに言った。

 オオカミ獣人たちは自分たちの食事を妨げられて、一気に機嫌を悪くしている。


「おいおい、ちゃんと質問には答えろよ? 邪魔しやがってよお」

「うぐっ」

 

 オオカミ獣人たちはルタの肩を一蹴りすると、そのうちのひとりがルタを乱暴に持ち上げる。

 

「ふん、気にせず食おうぜ。カワウソってくさそーだがな」


 ルタを持ち上げたオオカミ獣人は、餌を目の前にお預け状態であるため、ルイスに構わずルタに噛み付こうと牙をむく。


 しかし。



――――バンッ。



「ぅお!?」


 ルイスはオオカミ獣人たちの足下に向けて銃を撃った。

 再びオオカミ獣人たちはルイスを睨み据える。


「そいつを放して山に帰れ。さもなくば、次は上を狙う」


 ルイスは言いながら銃口をオオカミ獣人たちの胸元に向ける。

 オオカミ獣人たちはルイスの持つ銃が何なのか理解はしていないが、先ほど足下に打たれた様子からして、危険なものだと察知する。

 しかし、そうはいってもプライドがそれに負けることはない。


「ふん、こいつは後に回そうか」

「ぐああっ」


 ルタを持ち上げていたオオカミ獣人は乱暴にルタを地面に投げ落とすと、勢いよくたたき付けられたルタは苦渋の表情で唸る。

オオカミ獣人たちはルイスを睨みながら、徐々にルイスとの距離を詰める。

 フーラはその光景に、先ほどのルタのことが頭によぎってルイスを見つめていたが、ルイスに怯える様子はひとかけらも見受けられない。

 それどころか、ルイスはオオカミ獣人たちに向けている銃の引き金に力を入れる。


「なんだ、てめぇ。そんな変な道具で俺らを殺せると思ってんのかあ」

「思ってる。むしろ殺してしまえるから怖いとも思っている。だからここは大人しく身を引くのが正解だぞ」


 ルイスは静かに答える。

 それと同時に少し腕を下げて引き金を引いた。



――――バンッバンッバンッ。



「うわっうおっ」



 ルイスはオオカミ獣人たちの足下から、足の間、腰や肩・顔のすぐ真横を狙って何発か撃つ。

 ルイス自身は身体に当てないように一発一発撃っていたが、オオカミ獣人たちはそれを知らずに避ける。

 そのため、何発目かで弾が当たった。



「――――うぐっ」



 オオカミ獣人のひとりが体勢を崩す。

 どうやら足のすねに弾が当たったようで、そこから血が出ている。


「お前……おいってめぇ何しやがる!」


 他のふたりは仲間が傷つけられたと咆哮を上げる。

 撃たれたオオカミ獣人は、苦渋の表情でルイスを見る。


「これは簡単に人を傷つけられる。今ので分かっただろう。だから早く去れ」


 ルイスは銃を構えたまま一歩前に出る。

 オオカミ獣人たちは一瞬怯えたような表情を見せたが、意地なのかプライドなのか、ルイスを睨んだまま。


「もう一度言おう。次は心臓を狙う」


 ルイスが引き金にカチャと力を入れると、オオカミ獣人たちは再び弱気な顔を見せた。彼らのピンと立っていた耳は、下がってはいないものの、力なく立っていることが伺える。ふさふさのしっぽは、今は服の下に丸められている。


 ルイスはオオカミ獣人たちに向けていた銃を、再び空に向ける。



――――バンッ。



 銃声が一つ響くと、自分たちに向けられていないのに、オオカミ獣人たちは3人ともが肩をびくりと揺らした。



「ほら、さっさと帰れ」



 ルイスは至って落ち着いた様子で彼らを見据えて言った。


「くっくそっ。分かったよっ」


オオカミ獣人たちはぴんと立っていた耳を下げながら、舌打ちだけを残してその場を去っていった。


 ルイスはオオカミ獣人たちが消えていくのを確認すると、ルイスはまずフーラのところに駆けつけた。


「フーラ、もう大丈夫だ。今ロープを切るよ」


 ルイスは鞄から十徳ナイフを取り出すと、フーラを逆さ吊りにしていたロープに刃を当てた。

 あまり高くは吊されていなかったが、ほどなくしてロープが切れるとルイスがフーラの身体を受け止めてくれた。


「ルイス、ありがとう助けてくれて」

「あぁ。いや、それよりも」


 フーラとルイスはルタのもとに駆けつける。

 ルタは息を荒くして、右肩から大量の血を流していた。

 ルイスがオオカミ獣人たちとやり合っている間に流れ出た血は、ルタの身体の下に広がり、黒くなっている。


 その様子を見ると、ルイスは何故かすぐに海岸の方へ走っていった。


「ルイス!?」


 フーラはルイスを呼び止める。

ルタがこんなに瀕死の状態なのに、どうしてルイスが行ってしまうのかと、ただただ疑問だった。


「いい、フーラ。いいんだ」


 しかし、ルタがフーラを止めた。

 ルタは苦しそうに顔をゆがめてフーラを見上げる。

 なんだかどこか、悲しそうな、それでもどこか幸せそうな顔だった。


「俺はこのまま死んでいくんだ。だからあいつは俺を見捨てたのだろう。それにさんざんひどい扱いをしてきたし。だからもういいんだ」


 そう言うルタの目は、フーラを見ながらもどこか遠くを見ているような気がした。

 その様子を見ていると、さっきの恐怖が再びフーラによみがえってくる。


「ルタ、ダメだよ! ルタここで死んじゃったら、二度と会えなくなるんだよ?」


 フーラはルタの両手を握って訴える。

 ルタはそんなフーラを見ながら、いつもは見せないやんわりとした笑みを浮かべる。


「どうして俺、さっき飛び出したんだろう。あいつら相手じゃ敵わないと思っていつもなら逃げるのにな……」

「それはフーラに死んで欲しくなかったからだよ」


 ルタがぼんやりと呟いていたら、どこかに行っていたはずのルイスがそれに答えた。

 ルイスを見れば、手に透明の箱を持っている。


 ルイスはルタのところまでやってくると、ルタの半身を起こした。

 起こされた反動で傷口が痛んだのか、ルタはうなり声を上げてルイスを睨んだ。


「おい、何しやがる」

「いいから黙っておけ。ごめんフーラ、ルタを支えてやってくれないか」

「え? うん」


 一体ルイスが何をしようとしているのか、フーラにはよく分からなかったけれど、言われるままルタの半身を支えた。

 ルイスは透明の箱から、何か白いいびつな形をした入れ物と、白い布を取り出した。


「少し痛むかもしれないが、我慢しろよ」


 ルイスはそれだけ言うと、入れ物に入っていた液体を垂らした布をルタの傷口に当てた。


「うああっ! 何しやがる!」


 ルタは先ほどよりもかなり苦しそうにうめき声を上げた。

 その様子にフーラはあたふたするが、ルイスは先ほどからと同じようにずっと落ち着いている。


「消毒だ。傷口に染みているだけだ」


 ルイスは淡々と言うと、再び透明の箱から白い布をいくつか取り出した。

 小さな四角い形の布をルタの傷口に当てると、その上から細長い布を何重にも巻いた。


「よし、これで大丈夫だ。無理をせず、安静にしていたらそうだな。3週間あれば治るかな」


 とそれまで真剣に作業していたルイスは、顔に笑みを浮かべてルタの背中をぽんぽんと叩いた。

 しかし肝心のルタは、一体何をされたのか理解していなかった。


「お、おい。一体俺に何したんだ……?」


 ルタは今だ苦しげな顔を浮かべているが、それよりも困惑した様子でルイスに問いかける。



「助けたんだよ。ルタにも色々とお世話になったし、死んでほしくない。それにルタも、まだ死にたくないだろう?」



 ルイスはやんわりと微笑んでルタに言った。

 その言葉に、ルタは言葉をなくしてその場に寝転がる。


「――っう」

「ダメだよ、ルタ。安静だって!」


 しかし、乱暴に横になった反動が傷口に響いてルタは顔をしかめる。

 そしてルイスに背を向けて、ぼそりと言った。


「悪かったな」


 気恥ずかしげに放たれた声は、遠くから聞こえる海の音や木の枝にとまる鳥の鳴き声にかき消されそうなほど小さかったが、それでもルイスにはちゃんと伝わったようだ。

 ルイスは嬉しそうに、また優しく微笑んでいた。



「――さて、俺はそろそろ行くとするよ」



 ルイスはぱんと両膝を叩くと、透明の箱を持って立ち上がる。

 その様子にフーラもルタもルイスを見上げる。


「きみたちにはとてもお世話になったよ。楽しかった」


 と、ルイスは昨日のように手を差し出してきた。

 ルタのことで頭がいっぱいになってしまっていたが、そういえば今日もう帰るんだったと、フーラの中に一気にさびしさが押し寄せる。


 フーラは立ち上がってルイスの手を握った。


「もう、本当に行っちゃうのね」

「あぁ、さびしいけど」


 ルイスは眉尻を少し下げながら、フーラの頭を撫でる。

 そういえばこの一週間、ルイスに頭を撫でられることは沢山あったけれど、どれも心地がよかったなと、このときになってフーラは思った。

 きっと遠くの世界で何かを見つけるルイスは、フーラのことやこの島のことはすぐに忘れるんだろうなと、しみじみと思ってしまう。


「フーラも行けば?」


 しかし、そんな感慨深い雰囲気を破るようにして、ルタが言ってきた。

 フーラは一瞬何を言われたのか分からず、ルタを見る。


「フーラ、ずっと大陸に行きたかっただろう? 大陸の人間は相変わらず悪い噂しか聞かないけど、どうやらそういうやつばっかりじゃなさそうだ」


 と、ルタはどこか気恥ずかしげに言った。

 別にルタの許可が出たからというわけでもないが、そういうことが本当に可能なのかと、フーラは心のどこかでわくわくするものと感じる。


「ルイス、もしルイスがいいなら、私も一緒に行ってもいい?」


 フーラはルイスを見上げてたずねる。

 するとルイスは目を丸くした。


「別にかまわないけど、大丈夫?」

「うん、平気!」


 フーラの勢いのいい返事を聞くと、ルイスはルタを見た。

 ルタは相変わらずルイスに背を向けたままだ。


「責任とれよ」


 それだけルタが言い放つと、ルイスはくすっと笑って「あぁ」と頷いた。



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