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4-1.生きることと死ぬこと

4-1.生きることと死ぬこと



 翌朝、フーラが目を覚ませば、ルイスはもうほら穴にいなかった。

 一緒に持ってきていた大きな背負うタイプの鞄も、消えていた。


 何も言わずに行ってしまったのかと、フーラは焦って海岸の方へ走った。



「フーラ、そんなに急いでどうしたんだい?」



 焦るフーラと反対に、間の抜けたような調子でエンパッサーは尋ねる。

 でもフーラにはそれにのんびりと答えている時間はなかった。


「ルイスが行ってしまうかもしれないの!」


 それだけ答えてフーラは先を急ぐ。

 エンパッサーはそれでかと小さい頭で納得しながら、フーラの後を追いかける。



 川の下流を過ぎ森の中から海岸が見えてくると、まだそこには白い帆の付いたヨットが、砂浜に乗り上げたままの状態でいた。

 その側にルイスが立っているのが見えた。


 フーラは走りながらほっと一安心すると、さらに急いでルイスの元へ駆けつけようと走る。



 しかし、フーラはそこにたどり着けなかった。



「――――!?」



 あと少しで森を抜けそうになったとき、何かが足にひっかかった。

 するとそれはフーラの足首にぎゅっと締まり、そのまま足からフーラを宙に浮かせる。


 気がついたらフーラは、大きな木の枝に逆さ吊りになっていた。



「フーラ、フーラ! ああどうしよう! はやくこの縄をどうにかしないと!」



 エンパッサーはフーラの足を吊っている木の枝に止まって、その縄をくちばしでつついた。しかしアマドリの小さなくちばしでは、その縄は簡単には切れなかった。


 そんなことをしていたら、森の方から誰かの歩く足音が聞こえてきた。

 フーラとエンパッサーはそちらに目を向ける。


 やってきたのは、普段は海沿いなんかに決して来ない3人のオオカミ獣人の青年たちだった。



「おーおー。見事にかかってくれたぜ、イタチお嬢ちゃんよお」



 オオカミ獣人のひとりが、下卑た笑いを浮かべてフーラの前までやってきた。

 オオカミはキツネ以上に遭遇したくない動物だったが、こうなってしまった以上、フーラは気力を奮い立てることにして、彼らをにらみ据えた。


「いつもは山にこもっているオオカミたちが、どうしてこんなところに」

「どうしてだろうなあ。どうして昨日狩りに出て行った俺らの子分が、山に帰ってこなかったんだろうなあ」


 そう言って別のひとりが、フーラの前にしゃがみ込んで顔を覗き込んでくる。

 フーラは一瞬何のことを言われているのか分からなかったが、それは夕べのキツネのことだとすぐに考えがたどり着く。

 キツネはオオカミと同じイヌ族で、オオカミの使いっ走りだからだ。

 フーラを覗き込んでくるオオカミ獣人の口元は笑っているが、目はまったく笑っていなかった。


「そんなのいきなり襲ってきたからよ! 自業自得だわ」

「このっ生意気言いやがって!」


 フーラが強気で言い返せば、別のもうひとりが大きな足でフーラの胸元を蹴った。

 突然の衝撃にフーラは呻く。



「殺された仲間の仇は必ずとるぜ」



 イヌ族は他の種族に比べてもかなり仲間意識が高い。その上オオカミはかなりプライドが高いので、やられたらその倍は必ず返す習性がある。

 しかしフーラはひとつ疑問に思っていた。


「ならどうしてここに罠を張る必要があるの? 頭の賢いオオカミにしては、効率が悪いんじゃないの?」


 フーラはオオカミ獣人を睨み付けながら皮肉と共にそれを尋ねた。

 それに対してオオカミ獣人は、目を細めながら答える。


「ふん、やるなら一匹ずつ確実にだ。まずは、いつもここを通って海に行く珍しく頭の弱いイタチ娘からって話だ」


 そこまで言うと、3人のオオカミ獣人はフーラを見ながらげらげらと笑い出す。



「フーラっフーラ! お前らフーラを放せ!」


 エンパッサーはオオカミ獣人たちの上を飛び回って声を上げるが、オオカミ獣人たちがそれを聞くはずがなかった。それどころかそのうちのひとりは片指を耳に突っ込んでうるさそうにする。


「ピーピーピーピー、アマドリが。うっせーんだよ!」


 ひとりが勢いよく咆哮すれば、エンパッサーは空中で縮み上がって、その場を離れる。

 その様子を見て他のふたりがげらげら見下したように笑う。


「さーて、イタチお嬢ちゃんよお。オトモダチにも見捨てられて可哀想だねえ」


 オオカミ獣人たちは木の枝から吊されたフーラの全身を上から下まで舐めるように眺めると、ぺろりと舌を出す。



 フーラは絶望的な気持ちになった。


 

 自分を前によだれを垂らす捕食者たちは、目の奥から恐ろしい光を放っている。

 いつかは自分も食べられるのだと思っていたから、そのときが来たら自然とこの命を捧げるんだと思っていた。

 だけどいざそのときになってみればどうだろう。

 胸の中で心臓がどくどくと音を立て、いくら虚勢を張っていても、からだが震える。

 これが、昨日イタチ族の縄張りで吊されていたウサギ獣人の気持ちかと、このときになって初めて気がつく。



 とても恐ろしい。



「おい、お前たち! フーラを放せ!」


 すると、どこから来たのか、ルタが手に石で出来たナイフを持って、少し離れたところに立っていた。

 ルタはオオカミ獣人たちを睨みながら全身を逆立てていたが、それでも彼らが恐ろしいのか少し震えている。


 オオカミ獣人のひとりは、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。


「ほうら、俺の言ったとおり、イタチお嬢ちゃん捕まえればもう一匹来ただろう?」


 すると、他のふたりも喉の奥でククッと笑い声を立てる。


「へーえ? このカワウソ野郎はイタチお嬢ちゃんが好きなのかあ」

「可哀想に。ふたり同時に食われちまうなんてよお」


 と、どこか楽しそうに声を上げる。

 脅えた様子をまったく見せないオオカミ獣人たちに、ルタは手に握るナイフをより強く握り直す。



 オオカミ獣人たちは、ルタにじりじりと近寄った。

 フーラの方は捕まえてあるからと、まずルタを片付けることにしたようだ。


「ほら、かかってこいよ」


 オオカミ獣人のひとりがルタに声をかける。

 しかし、じりじりとオオカミ獣人たちが近寄るごとに、ルタはナイフを構えたまま一歩ずつ後ずさる。

 オオカミ獣人たちは更に笑い声を上げた。


「おいおい、オトモダチ助けに来たんじゃないのかよお。怖くて手も出せないってか?」

「ククッまぁ、仕方ねーよな。臆病なカワウソ野郎はよ」


 オオカミ獣人たちは更にルタを挑発する。

 端で見ていても、それでオオカミ獣人たちが楽しんでいるのがすぐに分かる。


 しかし精神的に追い詰められていたルタには、それは着火剤でしかなかった。


「何だって?」


 ルタは後ずさるのをやめて、オオカミ獣人たちに声を上げる。

 オオカミ獣人たちは、かかったと、ニヤリと笑う。



「もう一度言ってほしいのか? 臆病なカワウソ野郎は好きな子も助けられないってな」



 すると、ルタは勢いよくオオカミ獣人たちに飛びかかった。

 オオカミ獣人たちは「よし来た!」と身構え、飛びかかるルタを力強くなぎ倒す。

 しかしルタはすぐに立ち上がると、しなやかな体つきとすばしっこいイタチ族の習性を活かして、オオカミ獣人たちの足下をちょろちょろと動く。

 オオカミ獣人たちは、最初は遊び半分で動き回るルタに手を出していたが、ルタが動くごとに石のナイフを体にかすめてしまうため、思うように手を出せなくなる。



「くっそ……ちょこまかちょこまか動きやがって……」



 そんな攻防を繰り返しているうちに、足や腕にいくつか切り傷を負ったオオカミ獣人たちはだんだん苛立ちがつのり、確実にルタをしとめにかかる。

 3人で四方八方からルタに飛びかかるが、大きく身を振り回すオオカミ獣人の隙間を擦り抜けて、ルタはオオカミ獣人たちの包囲から抜け出す。


 そしてルタはフーラが捕まっている木の枝のところを目指して素早く駆けつけた。



「フーラ! 今助け――――」



――――――――ガリッ!



「ルタ!!」



 あと一歩というところまで来たとき、オオカミ獣人のひとりがルタの左肩に勢いよく噛み付いた。


 ルタは「うああああ!」と声を上げると、すぐに地面になぎ倒された。

 ルタは右手で肩を押さえながら呻いている。

 その手の下からどくどくと血が流れ出る。


 噛み付いたオオカミ獣人は、血の付いた犬歯を剥き出しながら、大きな足で倒れるルタを勢いよく踏みつける。

 それにもまたルタはうめき声を上げる。


「ちょろまか動きやがってよお。ようやくこれで一匹つぶせるぜ」


 その言葉に、他のふたりも犬歯を舌で舐めながらルタを囲んで鼻をひくつかせた。

 ルタから流れる血は、嗅覚に優れたオオカミ獣人には食欲をかき立てるほど強い。



 フーラはその光景を見て、再び絶望的になった。



 目の前でルタが食べられようとしている。



 こうした光景は、別にこれが初めてじゃない。

 今までだって何回もあった。



 だけど何故か今、心の奥で何かが叫ぶ声がする。

 

 やめて。

 食べないで。


 いったいこの焦りは何なんだろう?

 そう疑問に思ったとき、フーラはひとつの言葉が思い浮かぶ。



 ――――恐怖。



 さっき、フーラが食べられそうになったときもそうだった。

 同じ恐ろしさを感じていた。


 いつかはルタもフーラも食べられる。

 それが早いか遅いかの話だ。

 なのにどうして恐ろしさを感じるの?

 どうしてルタが食べられるのが怖いの?



 ――――明日、また明日と自分のままでいたいから、食べられたくないんだ。



 フーラはルイスが夕べ言っていたことをふと思い出す。

 そしてその言葉の意味を、ようやく今になって理解した。



 私は自分のままでいたい。

 自分のままでいて、いつかは自分の目で大陸を見たい。



 そう思うと、食べられたくないという気持ちが、心の奥底から沸々とわき上がる。

 そしてまた、ルタを見て思った。



 ルタは大事な友だち。

 ここでルタが食べられてしまえば、二度と会うことも出来ない。

 だから食べられてほしくない。



 だから心が悲鳴を上げて、助けてと叫んでいるんだ。





「やめて! 食べないで! 誰か助けて!!」



 フーラは気がついたら声を上げていた。


 その声に、ルタの周りを囲んでいたオオカミ獣人たちがげらげら笑う。


「はははっ。俺らを前に、誰が助けに来るっていうんだよ。おせーぞ、お嬢――――」





――――バンッ。





 しかしオオカミ獣人たちの余裕そうな声は、突然聞こえてきた音に掻き消された。



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