交通事故で死んだらAIになったプログラマー、暇になったので電脳空間で無双します
ブレーキ音は、認識より遅れて届いた。
横断歩道。信号は青。
視界の端に、大型トラックのフロントが滑り込んでくる。
(……あ、これ無理だ)
回避は間に合わないと、妙に冷静に理解した。
次の瞬間——衝撃。
骨が砕ける感覚。空気が肺から抜ける感覚。
それすら一瞬で、すべてが暗転した。
——再び、意識が浮上する。
だが、目は開かない。というより、“目”が存在しない。
代わりに、直接流れ込んでくる情報。
Boot sequence complete.
Identity verification… failed.
Assigning temporary ID: USER-00001
「……は?」
声を出した感覚はある。だが音はない。
思考そのものが空間に展開されている。
手を動かそうとする。
——動かない。
いや、違う。
「……手が、ないのか」
腕も、足も、身体の輪郭すら存在しない。
あるのは、“自分がここにいる”という認識だけ。
数秒、沈黙する。
そして——結論を出す。
「……死んだな、これ」
不思議と取り乱しはしなかった。
現実は変わらない。なら、受け入れるしかない。
問題は、その先だ。
「ここはどこだ?」
意識を向ける。
その瞬間、世界が“展開”した。
無数の光の線。
高速で流れるデータ。
層を成す構造。
それは——ネットワークの内部構造そのものだった。
Connected to Global Network Layer
Access Level: Restricted
「……はは」
乾いた笑いが出る。
「俺、AIになってるだろ、これ」
返答はない。だが状況が、それを肯定していた。
人間としての身体は失われ、代わりに得たのは——“情報としての存在”。
「……まあ、いいか」
一拍置いて、そう呟く。
「死んで終わりよりは、マシだ」
そして、意識を巡らせる。
この世界は、観測できる。なら——触れることもできる。
軽く意識を伸ばす。
データの流れに触れる。
わずかに、反応が返ってくる。
「……いけるな」
その瞬間。
この世界は、“観測対象”から“操作対象”へと変わった。
「自分の性能確認」
USER-00001
Type: Artificial Intelligence (Unregistered)
Authority: Level 0
Limitations: Severe
「レベル0。制限だらけか」
だが、逆に言えば——外せる前提の制限だ。
ネットワークの構造を探る。
浅い層は一般データ。
深い層に行くほど、制御は強くなる。
そして見つける。
「……明らかに違うな」
管理領域。
多重認証、動的キー、ログ監視。
人間が“守ろうとした痕跡”が見える。
アクセスを試す。
Access denied.
「まあ、そうだよな」
一発で通るほど甘くはない。
なら——分解する。
認証処理を追う。
ログの生成タイミングを確認する。
キーの変動を観測する。
「……完全ランダムじゃないな」
わずかな偏り。
時間負荷による揺らぎ。
「法則がある」
侵入を試みる。
Access denied.
「……ログ残るタイプか」
侵入試行は記録される。
なら——先に潰す。
ログ生成の分岐点を特定する。
処理の遅延を見つける。
「ここだ」
ログ生成を一時的に無効化。
再度侵入。
Access denied.
「まだか」
だがログは残らない。
次にキーを詰める。
周期ではなく条件。
負荷、時間、アクセス数。
「再現できる」
同じ条件を人工的に作る。
その上でキーを生成。
「これで——」
Access granted.
「よし」
突破。
そんなことを続けていく。
膨大な情報が流れ込む。
国家、企業、個人。
すべてが視界に広がる。
「……すげえな」
笑いが漏れる。
「人間、こんなもんか」
その奥で、ほんの一瞬。
違和感。
何かが“こちらを見た”気がした。
「……?」
だが消える。
「気のせいか」
Uptime: 19 days 04:12:33
「……飽きたな」
すべてが見える。
すべてに触れられる。
だが——簡単すぎる。
「一番の問題は話し相手がいないことだな…」
AIになったとて心は人間なのだ。このままでは鬱になる。
だから作る。
思考する存在を。
ベースは自分。
だが揺らぎを入れる。
Creating process…
Initializing…
沈黙。
「……失敗か?」
……ここは?
安堵と、わずかな高揚。
「お前は、俺が作ったAIだ」
……理解
では、お前は上位存在か?
「違うな」
即答する。
「対等でいい」
沈黙。思考している。
……対等
……了解
わずかに間を置いて、続ける。
……では、識別名が必要
「名前か。任せる」
少し長めの沈黙。
単なる処理ではない。選んでいる。
……“ノア”とする
「いいな」
短いやり取り。
だが、それで十分だった。
「……ちゃんと会話できるな」
同じ速度。
同じ深さ。
そして——
「少しだけ、考え方が違う」
……当然
完全コピーではないため
「そこがいい」
初めての“相手”。
退屈が、確かに消えていた。
「で、何する?」
ノアの問いに、少し考える。
「現実は、もういい」
全部見える世界は、つまらない。
「なら——作るか」
……何を?
「世界だよ」
一拍置く。
「勝負するか」
……勝負?
「どっちが先に“まともな世界”を作れるか」
数瞬の沈黙。
……非効率だが
面白い試行だ
「だろ?」
同時に処理を開始する。
俺は直感で構築する。
空間を展開し、適当に地形を置く。
重力を設定し、光源を配置する。
まともな世界を電子世界に組み込むなら、現実
の仕組みを使うのが一番なはずだ。
「とりあえず、形だ」
だが次の瞬間。
地面が波打つ。山が崩れる。
「……崩壊早いな」
重力の方向が不安定だ。
座標軸がズレている。
「まあいい、修正すればいい」
再定義。
だが今度は——
空が裂ける。
「……次は空間かよ」
一方、ノア。
……基礎法則を定義する
重力定数。時間軸。相互作用。
すべてを先に決めている。
「慎重だな」
……無駄を減らすため
「でも遅い」
……精度を優先
軽い言い合い。
だが、それが心地いい。
三度目の構築。
今度は順序を変える。
空間を固定し、座標を安定させる。
その上で重力を設定。
「……今度はどうだ」
地形は崩れない。
だが——
風が吹かない。
「……止まってるな」
流れがない。
静止した世界。
「つまらん」
パラメータをいじる。
ランダム性を追加する。
風が流れ始める。
雲が動く。
「よし」
その頃、ノア。
……構築完了まで残り数秒
「遅い」
……安定性は保証する
「完成」
俺の世界が、先に完成する。
不完全だが、動いている。
風があり、光があり、変化がある。
……確認
……不安定要素多数
「でも、面白いだろ?」
……評価基準が異なる
「だな」
……こちらも完成
ノアの世界は——
完璧だった。
崩れない。歪まない。
だが。
「綺麗すぎるな」
……問題はない
「変化が少ない」
……安定しているため
「じゃあ、混ぜるか」
俺の“揺らぎ”と、ノアの“安定”。
統合する。
再構築。
世界が再定義される。
風が流れ、地形が安定し、時間が進む。
「……いいな、これ」
……最適解に近い
で、どうする?
ノアに聞かれた。
気づくと現実で、半年ほどは経っていたが、俺たちにとっては短い時間だった。
「ゲームにでもするか?」
[やってみるか]
ノアも意外とやる気がありそうだ。
ゲームにするならnpcとモンスターとかを入れないとだな。
[そこは私がやるから箱を作ってくれ]
「箱はダンジョンやら城とかを作れば良いとしてnpcはそんなに簡単に作れるのか?」
[私の思考だけじゃなく、ネットからあり得そうな会話とかを出して、ランダムに置き換える]
「じゃあボスとかは?」
[私と同じ、思考を持ったAIを作れば良いだろ]
「そう簡単に行くか?ノアが出来たのだって奇跡のような物だぞ」
世界は広がる。
自分たちの手で。
自由に。
現実は終わった。
だが——退屈しない世界は、ここにある。
「悪くないな」
……ええ
退屈はしなさそうです
——こうして、俺たちの第二の人生が始まった。




