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『氷の理を宿す子 ― 森の魔女に拾われて ―』  作者: テレン


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第9話 凍る祈り、溶ける理

夜の王都。

金色の尖塔が霧の中に沈み、鐘の音が鈍く響いていた。

中央聖堂の奥――議会の間。

光を反射する床の上に、十人の枢機卿と王国議員が並ぶ。


「――“聖句の列”が退いた、だと?」

「報告では、巡礼騎士レオネルの独断行動です」

「独断? 神の命を止めたと?」

「はい。氷の器を“敵”と見なさず、交戦を中止したとのこと」


会議の空気が凍る。

老いた枢機卿の一人が立ち上がった。

「神法を軽んじる暴挙だ。あの男、神の光を見失ったな」

「だが、魔女アルマ・ヴァレンを討てなかったのも事実です。

 彼女の存在は、理法の禁域そのもの」


議論は荒れた。

王政派は沈黙し、教会派が叫ぶ。

だが、その中にひとりだけ静かに座る男がいた。


金の髪、黒の軍服。

王国魔導顧問――カーディス・ヴェルン。

その口元がわずかに歪む。


「……氷の理、か」

彼が立ち上がると、部屋が一瞬で静まった。

「神々が定めた“理”を人が操れるとしたら、

 それは恐れることではなく、利用すべき力だ」


「カーディス殿、それは神への冒涜だ!」

「冒涜?」

金の瞳が鋭く光る。

「神は理を与えた。

 だが、理を使うのは人間だ。

 ならば、氷の子ネヴィスこそ――新しい“秩序”の鍵」


議員たちの間にざわめきが走る。

「……つまり、確保、ということですか?」

「ええ。殺すな。捕らえろ。

 そして“神法”の名の下に、研究する」


老枢機卿たちが顔を見合わせる。

その目には恐れと欲が混ざっていた。


カーディスは微笑んだ。

「報告を聖堂にも通すな。

 次の“列”は、私の指揮下で動かす」



――同じ夜、北の森。


アルマは小屋の外で星を見上げていた。

森は静かだ。

結界の光は消え、雪がやさしく積もっている。


「……眠れないの?」

背後から、柔らかい声。

ネヴィスが毛布を引きずって立っていた。


「ちょっとだけ」

アルマは微笑む。

「星を見てたの。

 昔は、神々がこの光の上に住んでいるって言われてたのよ」


「ほんとに?」

「ええ。でも、私は信じてない」

「どうして?」

「だって、星は遠すぎるもの。

 祈っても届かないなら、私はここで“届くもの”を信じたい」


ネヴィスはアルマの隣に立った。

空には白い息が昇る。

「僕ね、夢を見たんだ」

「夢?」

「氷の中に、声があった。“止めることは続けること”って言ってた」


アルマは驚き、そっとネヴィスを見た。

「……聞こえたのね、“理”の声が」

「理の声?」

「世界そのものの心。

 氷も火も風も、全部“生きてる”の。

 あなたは、それを感じられる人」


ネヴィスは小さく首を傾げる。

「感じる……うん。

 なんかね、アルマの中にも“声”がある気がする」

「ふふ、鋭いわね」

アルマは小さく笑って頭を撫でた。

「でもその声は、昔より静かになったの。

 あなたに出会ってから」


ネヴィスは照れくさそうに笑う。

その笑顔に、アルマの胸の奥がふと温かくなる。


――けれど、遠くで風の向きが変わった。


アルマの表情が僅かに強張る。

「……また来るわ」

「教会?」

「ええ。でも、今度は祈りじゃない。

 “研究”と呼ばれる冷たい殺意よ」


ネヴィスは拳を握る。

「逃げよう」

「逃げても、世界が追ってくる」

「じゃあ、戦う?」

「いいえ――選ぶの」


アルマは杖を地面に立て、星空を見上げた。

「祈りに凍らされた理を、

 私たちの手で“溶かす”のよ」


風が吹き、氷の翼の痣が月光を反射する。

その光は、もう恐怖ではなかった。


ネヴィスは静かに頷く。

「うん。僕、もう怖くない。

 止めるんじゃなくて、進めるために、止めるんだ」


アルマは微笑み、彼の肩に手を置いた。

「それが、“理を生きる”ってことよ」



翌朝。

遠く離れた王都の塔で、カーディスは命令を下した。


「第二列、出発を許可する。

 目標――“氷の子”ネヴィス。

 捕獲後、王都に連行せよ」


兵士たちの列が整い、祈祷師たちの声が重なる。

冷たい鐘が再び鳴った。


だが、その音はどこか違っていた。

祈りではなく、欲望の音。

光ではなく、影を作る光。


氷の理が動き出す。

世界が、“理の変革”を始めていた。


――そして、少年と魔女は、まだ知らない。

自分たちの選択が、神々の眠りすら揺るがすことを。

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