表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『氷の理を宿す子 ― 森の魔女に拾われて ―』  作者: テレン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

祈りと矛盾

結界の光がゆっくりと沈み、森に再び風が戻った。

けれど――その風は、もう柔らかくはなかった。

枝を裂き、雪を巻き上げ、祈りと怒りを混ぜて吹いている。


アルマは、倒れたネヴィスを抱きかかえた。

彼の体は小さく、けれど信じられないほどの魔力を放っている。

あの瞬間、確かに“時”を止めた。

――それも、神の理を無視して。


「ネヴィス……よく頑張ったわ」

額に手を当てる。微かな熱。

彼の背の氷の翼は消え、痣だけが淡く光っていた。


その光が、外から来る金色の光とぶつかり合う。


「アルマ・ヴァレン!」

森の奥から、レオネルの声が響いた。

その声には怒気はない。むしろ、どこか静かな響き。


アルマは立ち上がり、振り向いた。

「……来たのね」


木々の隙間から、銀の鎧がいくつも現れる。

聖句の列。

祈祷師たちの詠唱が重なり、森の地面が金色に光った。


レオネルが前に出てくる。

その目は鋭く、しかしどこか寂しげだった。


「結界を解け、アルマ。

 お前がここで抵抗すれば、神法に背いた罪が確定する」


「罪、ね」

アルマは小さく笑った。

「あなたたちは“罪”という言葉が好きね。

 神にとって都合のいい形の罪しか、見ないくせに」


「俺は見ている。だから来た」

レオネルの手が、音剣の柄にかかる。

「お前が守っているものを、この目で確かめに」


アルマの唇がわずかに動く。

「……変わらないわね、レオネル。

 昔から、正しさの中で迷子になるタイプ」


「それを笑えるのは、迷子のまま止まった者だけだ」


二人の間に、雪が舞う。

そして次の瞬間――風が裂けた。


レオネルが前へ踏み出し、音剣を構える。

その刃は音を殺し、空気を圧縮する。

アルマは杖を振り、氷の花弁を散らした。


金と青。

祈りと理。

二つの光がぶつかり、森に音のない爆風が走る。


「っ……!」

セルジュが詠唱を続けながら後方から声を上げた。

「さすが伝説の魔女……こっちは詠唱三重でやっと釣り合ってるぞ!」


「下がれ、セルジュ!」

レオネルが叫ぶ。

「こいつは俺が――」


「無茶言うな、相手は桁が違う!」

セルジュは祈祷書を広げ、呪文を叩きつけた。

「《セリオス・アーク・ライト》!!」


天から光の槍が降る。

アルマは杖を振り上げ、氷の壁を形成。

氷が溶け、蒸気が爆ぜた。


煙の向こう、アルマが静かに笑った。

「懐かしい詠唱ね。あの頃のあなたたちの口癖だったわ。

 “光は裁き、影は沈黙する”」


レオネルは息を整え、剣を下ろした。

「……今でもその言葉を信じている」

「なら、あなたはまだ“見えていない”」

アルマの瞳がわずかに光を帯びた。

「光が裁く時、影は守るのよ」


空気が震えた。

アルマの足元に影が広がる。

そこから複数の影の腕が伸び、兵士たちの武具を絡め取る。

氷と影の理。

二律の魔女――その真の力が解き放たれた。


セルジュが叫ぶ。

「これが……二律の理!?」

「退け!」

レオネルは兵たちを後ろへ下がらせ、自分が前に立った。


「アルマ、やめろ! これ以上やれば、お前自身が消える!」

「それでも構わないわ。

 この森を――この子を――“正しさ”から守れるなら」


「正しさを敵にする気か!」

「ええ。“正しさ”が間違っているならね」


衝突。

音と氷が交わり、空が白く染まる。

雪が弾け、森が悲鳴を上げた。



同じ頃、ネヴィスの意識は闇の中にあった。

静かな空間。

どこまでも続く氷の鏡。


――聞こえる。


声。

けれど、それはアルマではない。

もっと古く、もっと深い音。


(おまえは“理”の子だ)


「……誰?」


(冷たさを恐れるな。

 おまえの中の氷は、命を凍らせるためではない)


「命を……守る?」


(そう。

 “止める”とは、“続かせる”こと。

 おまえが選んだ静寂は、滅びではない)


ネヴィスは小さく頷いた。

闇の中で、氷の翼が再び光る。

その光が、現実へと繋がる。



現実の森。

アルマの結界が揺れ、氷の紋が砕ける。

「くっ……!」

膝をつくアルマの前に、レオネルが剣を構える。


だが――その時。


「アルマぁぁっ!!!」


声が響いた。

氷の風が吹き荒れ、空気が反転する。

ネヴィスが立っていた。

目は強く、涙の跡が光っている。


「僕はもう逃げない!

 この力は、壊すためじゃない……守るためだ!!」


氷の翼が再び広がった。

その光に、レオネルは目を細めた。


「……その目。アルマ、君によく似ている」


アルマは息を整え、微笑む。

「彼は私じゃないわ。

 “新しい理”の始まりよ」


風が止み、氷が光に溶ける。

誰も動けなかった。

祈りも、詠唱も、止まっていた。


レオネルは剣を下ろした。

「……ここでの審問は、一時中止だ」


「なに!?」

セルジュが驚く。

「上からの命令だぞ!」

「命令なら、報告の“遅延”くらいできる」

レオネルは振り返り、笑った。

「俺はまだ、神を信じてる。

 ――だが、“人の理”も悪くない」


アルマはその背を見送り、そっと呟いた。

「ありがとう、レオネル。……やっと見えたのね」


雪が静かに降り始める。

氷と光が混じる空の下で、

ネヴィスの背の翼が静かに淡く輝いた。


――それは、滅びではなく、始まりの光だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ