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『氷の理を宿す子 ― 森の魔女に拾われて ―』  作者: テレン


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第6話 聖句の列

王都イシュトリア。

冬を抜けたはずの空に、まだ白い息が漂っていた。

尖塔の上で鳴り響く鐘が、街に響く。

それは祝福の鐘ではない。――召集の合図だった。


白い回廊を、重い靴音がいくつも重なって進む。

騎士、神官、祈祷師。

その中心に立つのは、一人の男。


「――随分と早い決断ですね、枢機卿」

レオネル・カインは淡々と歩きながら、隣の人物に声を掛けた。


老人は金糸の法衣をまとい、眼鏡の奥の瞳に厳しい光を宿している。

「報告を聞けば当然だ。

 氷の理を宿す“器”が存在するとあらば、放置はできん。

 理神セリオスの名において、封印せねばならぬ」


「封印、ですか。……殺さないのですね?」

「神の理に背いた者に、命の価値などない」

老人は冷たく言い放つ。

「ただ、“殺す”という表現は好きではない。

 それは神の手で行うものだ」


レオネルは小さく笑った。

「神の手、ね。ずいぶん都合のいい言葉だ」

「巡礼騎士、舌が過ぎるぞ」

「失礼。……少々、寒いだけです」


回廊を抜けると、巨大な礼拝堂の前に出た。

すでに百を超える兵が整列している。

旗には光の柱の紋章。

彼らが、“聖句のセイクリア・マーチ”。

教会が「神罰」と称して動かす、最強の審問行軍だった。


「これが……」

「神法の象徴だ。君も再び列に加わるがいい」


老人が去ると、レオネルはゆっくりとため息を吐いた。

白い息がすぐに消える。


「……俺はいつもこの景色が嫌いだ」

「おや、珍しいな。いつもの理屈男が感情を吐くなんて」


声が背後からした。

振り返ると、青髪の神官服の青年が立っていた。

長身で、軽薄な笑みを浮かべている。


「セルジュ・ラフィエル。まだ生きてたか」

「君が報告を握りつぶしてくれたおかげでね。

 ……で、本当なの? あの“氷の魔女”がまだ生きてるって話」


レオネルは目を細めた。

「見た。間違いない。アルマ・ヴァレンは健在だ」


セルジュの表情が曇る。

「まじか……あの人、伝説級でしょ。

 理法と神法の両方に通じた、最後の“二律使い”だ」

「そうだ。だからこそ、上は動いた。

 彼女の弟子――あの少年を、“器”として処理するためにな」


「少年、ねぇ。何歳?」

「七か、八。名はネヴィス」

「……ガキじゃん」

セルジュの口調が途端に低くなった。

「王都は相変わらずだな。敵がいなきゃ子供でも作るか」


レオネルは少し笑ったが、その目は冷たい。

「言葉を選べ。俺も教会に籍がある」

「君もだろ? あの夜、魔女を逃がした時点で、同罪さ」


沈黙。

二人の間に、一瞬だけ凍るような空気が流れる。


「……あの時はまだ、俺も“理”を信じていた」

「今は?」

「信じているさ。ただ、神の理じゃない」


セルジュが笑い、肩をすくめた。

「お前、本当に変わったな。

 でもまあ、俺は嫌いじゃないぜ、その感じ」


レオネルは小さくため息をつき、視線を空に向けた。

礼拝堂の尖塔の間から、遠くの空に薄い白の帯が伸びている。

北の森――あの場所の方向だ。


「アルマ・ヴァレンは、ただの魔女じゃない。

 “時間”を止め、“影”を操る。

 それに、あの少年が……」


「どうした?」

「……一瞬、反応した。俺の聖印に。

 氷の理だけじゃない。――何か“もうひとつ”宿っている」


セルジュの眉が上がる。

「“理融合”? それ、神話レベルの現象だぞ」

「ああ。俺も信じたくはない。

 でも見たんだ――あの瞬間、氷の翼が光を反射した。

 まるで、“理神”の祝福みたいに」


沈黙が落ちる。

教会の鐘が鳴り、空気が震える。


セルジュが軽く手を叩いた。

「……つまり、君はその少年を“処刑”したくない」

「違う。俺はただ――真実を知りたいだけだ」


「真実?」

「彼女が何を守ろうとしているのか。

 そして、あの子がなぜ“氷”に選ばれたのか」


セルジュは口笛を吹いた。

「ま、理屈男らしい答えだ」


その時、号令の声が響いた。

「――聖句の列、進軍準備!」


兵たちが一斉に武具を構える。

光の柱の旗が翻り、祈祷師たちが詠唱を始める。

空には白い鳥が飛び、聖なる煙が立ちのぼった。


レオネルは一歩前に出て、兜をかぶる。

「行くぞ。……森の魔女のところへ」

「また氷点下の旅か。寒いのは嫌いなんだよな」

セルジュは苦笑しながら外套を翻した。


レオネルの視線が遠くを見つめる。

あの森。あの少年。あの冷たい光。

「――神が理を正すというなら、俺は“理”を問う側に立つ」


そう呟くと、雪を踏む音が続いた。

鐘が鳴り響く。

王都の門がゆっくりと開かれる。


聖句の列、進軍開始。


その道の先には、

冷たい森と、氷の子を守る魔女が待っていた。


――そして、二つの“理”が、初めて衝突しようとしていた。

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