表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第七章 紡がれた想い

サエラが首を横に振る。


「ほら、口を開けろ」

ヴァロークは匙を差し出している。


「……自分で食べられます」

サエラは顔を赤らめる。


「駄目だ。そう言って大体食べない。だから身体が子どもみたいに細い」

ぶっきらぼうに聞こえる彼の声はどこか優しい。


サエラは視線を逸らし、観念したように口を開けた。温かなスープが舌を満たす。吐き気はなく、胸の奥がじんわりと温まる。


ノエルがぱっと笑った。

「サエラさま、子どもみたい!」


「……ノエル」


サエラは拗ねて頬をふくらませたが、その顔がまた可愛らしく、二人は堪えきれずに笑い出した。

三人の笑い声は重なり、塔の空気が明るく揺れる。



寝台の上、サエラはヴァロークの胸に背を預けて眠っていた。

彼の厚い腕の中で安心という名の温もりを知る。

ヴァロークは目を閉じ確かめるように彼女の頭を撫でながら抱いていた。



日々は流れノエルの背は目に見えて伸びていた。

だが、彼の紫の瞳は暗い。


「……僕、背が伸びるのやだ」


サエラは少し驚き膝を折って目線を合わせる。

「どうしてです?」


ノエルは唇を噛んだ。

「大きくなったら、サエラさまに忘却の魔法をかけられるでしょう?サエラさまのこと……忘れたくない」


胸の奥が強く痛む。サエラは言葉を失いかけるが、ヴァロークが低く言った。

「心配するな。俺がまた教えてやる」


短く、それでいて絶対の響きを持った言葉。


ノエルが目を瞬き、サエラは微笑んだ。

「……ノエルの新しい服を作らなければなりませんね」


声はどこか弾んで、嬉し気にうろうろと部屋を動き回る。銀の髪が揺れるたびに喜びが滲む。


ヴァロークはその無邪気な笑顔に胸を衝かれ、言葉を失った。

彼女が心から喜ぶ姿を初めて見た気がした。



夜明け。サエラは久方ぶりに夢を見た。


同胞たちの最後の光景。

皆、笑い、幸福に包まれていた。


『愛しているよ』

『死は怖くない』

『心配するな、サエラ』

『愛することは幸せなんだ』

『ありがとう』

『ずっと…』


数多の声が流れ、一斉に彼女を包む。

温かく、優しく、切ない。

何ももうこわくなかった。



目覚めると隣にヴァロークの姿があった。大きな身体で規則正しい寝息に揺れる。

その寝顔を見た途端、サエラは涙があふれ、嗚咽が漏れる。


「……サエラ?」

慌てて彼が身を起こしサエラを強く抱きしめた。


震える声で彼女は言う。

「愛は優しく、愛おしく、幸福でした。

私の同胞たちは死の淵でも、ひとりも死を恐れていなかった……ただ愛を、心からの愛を…嗚呼、私が、忘れていただけでした」


そしてまっすぐ彼を見た。


「ヴァローク、貴方を、愛しています」

サエラはとても美しく笑った。


彼は息を詰め、ただ名前を繰り返す。

「……サエラ、サエラ……サエラ…!」


サエラは涙の中で微笑んだ。

堰き止めていた感情。愛おしさ。

溢れて、溢れて、幸せに胸がいっぱいになる。

止まらない濁流を口にしないことは、なるほど確かに難しいことだった。


「愛しています。大きな身体も、不器用な心も、傷だらけの手も、優しい声も……その熱も、その全てがどうしようもなく、愛おしい……」


止めようとするように、ヴァロークは荒々しくサエラに口付けた。覆い被さるように強く。


背に手を伸ばして絡み、サエラも応え続ける。二人は何度も唇を重ねた。

息が乱れ、涙と熱が混ざり合う。苦しくなるくらいに深く深く繋がった。


やがて二人は黙って抱きしめ合う。そして、静かに涙を流した。



「サエラさま……!?」

寝間着姿のノエルがヴァロークに抱きしめられているサエラが泣いているのを見て、駆け込んでくる。


「泣いてるの?!どうしたの!?ヴァロークいじめたの!?」


サエラは彼をしっかりと抱き寄せ、そっと優しく囁いた。

「ノエル、あなたを愛しています。…心から」


ノエルの瞳が大きく揺れ、涙がどっと溢れた。

「いやだ……!やだ!死なないで、サエラさま、ぼくを、置いていかないで!」


サエラはその金色の頭を撫で、静かに呟いた。

「死ぬことは、全く怖いことではないのです」


そして優しく微笑んだ。

「ノエル、あなたに、愛するあなたに、この塔の仕事の続きをお願いしたいのです」


ノエルは泣きながら必死に頷いた。

「……うん、うん……!」


三人は長く長く抱き合った。

太陽の光が窓から差し込み、塔の小さな部屋に淡い光を落としていた。


外は雪景色。しかし、枝の蕾はもう開きかけていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ