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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第五章 『虚飾の錬金術士』
71/71

71.創造(終)

 シンとアイシスは二人、森の中にある開けた場所、その草むらに腰を下ろしながら満天の夜空を見上げていた。

 ここはメルクーアの屋敷、その近くにあるアイシスの秘密の場所だ。そして、ここは二人が出会った場所でもある。


「……思ったよりすんなり話が進んだな」


 シンが呟くように言うと、アイシスは少し不満そうに反論する。


「言ったでしょ。だいじょうぶだって」

「それは言ってたけどさ……」


 確かにそう言われていた。

 話は通してあるのだから、今回メルクーアの家族と会うのは承諾を得るためではなく、その確認と挨拶にすぎないのだと。

 もちろん、シンもそこまで警戒していたわけではない。アイシスがそこまで言うのだから、ここにきて結婚を拒絶されるようなことはないとは思っていた。それでも、なんらかの条件を出されることはあるだろうと考えていた。

 たとえば、貴族としての礼儀作法を学ぶようにと指示されるくらいはあるものと覚悟していた。

 だけど、意外にもそういった要求は何もなかった。

 アイシスの父であるマウディは終始微妙に不服そうな表情を浮かべていたものの、それでもシンに対して好意的に接してくれていたと思う。メルクーアの家に受け入れられているということをはっきりと感じていた。

 これほどに快く迎え入れてもらえるとはシンも想像していなかったため、むしろ逆に戸惑ってしまったくらいだ。


「でもやっぱり俺が貴族の家に入るってのはね。違和感がすごい。だって侯爵家ってかなり位が高いんだろ?」

「……その辺りのことはあまり気にしなくていいと思う。正直私も、侯爵家としてのメルクーアのことはそれほど考えていないし。……もちろん、家のみんなのことは考えているけど」


 そこはアイシスがこれまであまり期待をされていなかったという部分も大きいのかもしれない。才能が発揮される前も家のためというより自分のため、そして自分を愛してくれる家族のためという意識が強かった。

 だから、アイシス自身、正直なところ貴族であるという意識はそこまで強いわけではない。それに加えてアイシスは末妹であること、そして、メルクーアの気質も関わっているのかもしれない。

 それに、アイシスはまだ家に帰るつもりはない。少なくともしばらくはシンと共にあの街で錬金術士を続ける予定なのだから。


「……アイシスは本当にそれでいいの?」

「どうして?」

「元々は錬金術の腕を磨いてそれを売り込む予定だったんだろ? それが商人メルクーアとしての本分だって」


 それも間違ってはいない。

 それはアイシスのみならず、メルクーアの家族全員の共通認識と言ってもいい。自らの力を高めてより高く買ってくれる人間に売り込む。それがメルクーアのやり方だ。

 もちろん、アイシスの基本的な方針もそこに違わない。


「だから、だよ」

「……どういう意味?」

「私の腕を一番高く買ってくれるのはシンでしょ?」


 それは錬金術という特殊な力というものが原因でもある。

 シンから見ても、アイシスは紛れもなく天才錬金術士ではあるが、それが万人に認識されるわけではない。多くの者は錬金術というものを知らないのだから。知らない以上、アイシスの実力がどの程度優れているのか把握できないのだ。

 ミネヴァやネリアも実際に見た部分においてアイシスの実力は知っているが、それでもその本領まで見抜くことはできていないだろう。

 だから、アイシスの本当の力を理解できているのはこの世界においてシンしかいない。

 そして、そのアイシスの力を最も必要としているのもシンなのだ。

 シンの錬金術はアイシスがいて初めて完成するのだから。

 アイシスがいなければ何も創ることはできないのだから。


「……俺は、何も創れない虚飾の錬金術士にすぎないから」


 結局のところ、それは変わらない。

 だからこそ、シンにはアイシスの力が必要だ。だけど、逆は違う。今のアイシスにはシンの力は必要ないのだから。


「言ったでしょ。シンの創るものは偽物なんかじゃない。だって賢者の石でさえ創れたんだから」

「それも結局は使えないものだ」

「私には使えた」

「それは……」

「だからあれは本物の賢者の石だよ」


 渋い表情を浮かべるシンに対してアイシスは楽しそうに微笑む。

 アイシスにとってはそれは大した問題ではない。感覚としてはシンは自分とは別種の錬金術を扱うという感覚に近い。だからそれを決して偽物などとは思わない。単に違うだけなのだ。

 それに、アイシスにとってもシンの力は欠かせないものだ。アイシスがなんの憂いもなく自身の力を存分に振るうことができるのは、シンの創る素材があるからだ。シンが傍にいてくれるからなのだ。

 シン無しでは錬金術士としての今までの成功も、そしてこれからの未来もない。少なくともアイシスはそう思っている。


「それだけじゃない。……俺は、アイシスを置いて帰ろうとしていた」


 それは罪悪感。

 結果としてこうなった。今、シンの隣にアイシスがいる。だけど、それはシンの意図したものではない。

 本来であればひとり、あちらの世界に帰る予定だったのだ。アイシスを置いて。この世界の全てを捨てて。

 だけどそうはならなかった。それはシンの知らなかった真実。失われた記憶。シンがすでに命を落としていたこと。今がこうなっているのはたまたまの偶然でしかないのだ。

 もちろん、アイシスが色々と動いていたことは承知している。シンに功績を与え、爵位を取らせ、シンと婚姻を結んでもメルクーア侯爵家としての面目を保つことができることとなった。

 シンが姿を消すことによってその全てが無駄になることだってあったのだ。


「……シンは、勘違いしてるよ」

「勘違い?」

「うん、たとえそうなったとしてもそれで終わりじゃない」


 終わりじゃない、シンにはその意味をいまいち掴むことができなかった。


「だって、そのときはシンを迎えに行くつもりだったから」


 シンは思わず目を見開く。

 考えたことはなかった。だけど、言われてみれば不可能ではないのかもしれない。シンの助力なく、アイシス単独の力であちらの、シンのいた世界まで行くことは極めて難しいだろう。少なくとも今のアイシスには無理だ。

 だけど、時間を掛ければ、そのために全霊を尽くすならばアイシスにだっていつか辿り着くことができるかもしれない。

 少なくとも、アイシスはできると思っている。


「―――錬金術に、創れないものはないんだから」

「……そうだな」


 シンはずっとそう言い続けてきた。

 錬金術はなんでも創れると。

 その言葉の意味をアイシスは知っている。アイシスに自信を持たせるためだ。錬金術を極めたならばなんでもできるのだと、未来はどうにでもなるのだと、シンはずっとアイシスにそう言い続けてきた。

 だからアイシスはその言葉を信じる。自分にできないことはない、創れないものはないのだと。

 だけど、とアイシスは苦笑を浮かべる。


「この言葉は、それだけの意味じゃないんだよね。……覚えてる? シンが子どもたちに光の剣を創ったときのこと」

「ん? 光の……ああ、もちろん覚えているけど?」


 以前に子どものために光の剣というおもちゃを創った。その名称はシンが決めたものではなく、それを見た子供たちがそう呼んだからそうなっただけではあるが、実際にそれはそういう道具だ。

 ただ光るだけの剣のようなおもちゃ。何の力もなく、効果もなく、危険もない。安全に遊べるおもちゃ。


「私はあれをシンのいた場所にあったものかと聞いたら、シンは違うと言った。実際に見たことはないと」

「それは……そう言った、かな?」


 シンもそこまでは覚えていない。

 それがシンにとって当たり前のことであって、特に重要な会話だとも思わなかったからだ。


「私はシンのいた世界に行っていろんなものを見た。ほんの短い時間だったけど、私には、私たちには想像もできないようなものが無数にあった。……おそらく、私が気付いていないものも」


 あのときのアイシスにはわからないものもあった。その中で特にアイシスの目を引いたのは自動車というものだった。見た目にはこの世界にある馬車に近いように見えるものの、その本質は全く違う。こちらの世界の発想ではありえないものだった。

 それ以外にも多くの未知があった。わからなかったものについて後でシンに聞いてはその機能に驚かされた。


「シンの言う『なんでも』は、私たちが想像できるような狭い範囲のなんでもじゃない」


 この世界にはない概念、あちらの世界にしかないものをシンは創り出すことができるのだ。

 そして、それだけではない。

 シンはこちらの世界にも、あちらの世界にも存在しないもの、あちらの世界においても空想上にしか存在しないものすら生み出すことが可能なのだ。

 こちらの世界では発想がなく、あちらの世界では技術がない。決して生み出されるはずのなかったそれを、唯一シンの錬金術だけが創造することができる。

 シンはどんな幻想も実現することができるのだ。

 それに気付いたとき、アイシスは恐ろしいと思った。そして、シンはずっと、この恐ろしさを胸に抱いていたのだと。

 おそらくは、その気になればこの世界の常識を全てひっくり返すことができる。シンにはそれだけの能力と知識があるのだ。


「だから、なんでも創れるというのは戒めでもあった。自分への、そして、私への。……でしょ?」

「まぁ、そうだな。間違ってない」


 だからシンはいくらかの道具を他人に見せることを忌避した。たとえばアケルナルの門などもその一つだ。

 自分の知る場所であれば空間を超えて移動することができるそれが誰かの目に留まれば、この世界の歴史が変わることだってあり得る。それを使えば戦争の形だって変わってしまうし、悪用すれば世界に不信を撒き散らすことだってできる。世界の均衡は間違いなく乱れることだろう。

 だからこそ、そういったものを密かに使うことはあったものの、極力誰にも見せることなく隠していた。

 それは、いずれ自分がこの世界を去るという理由もあったのかもしれない。部外者である自分がこの世界の仕組みに干渉してはいけないと。


「私とシン、二人でならなんでもできる。……二人じゃなきゃできない」

「アイシス……」


 シンだけで創ることはできない。そして、アイシスだけで創ることもできない。

 二人でなければ、そして、二人であればなんでも創れるのだ。


「だから私はシンを絶対に離さない。どこへ行っても見つけてみせる」


 それは決意の言葉。これまでずっと秘めていた想い。そして、これからの未来への想い。

 シンは静かに夜天を見つめると、やがてゆっくりと口を開く。


「……ああ、俺も約束するよ。俺もアイシスから離れない」

「ありがとう、シン」


 にっこりと笑うアイシスにシンは少し目を逸らす。緊張したように。

 アイシスはそんなシンを不思議そうに見る。

 シンは苦笑すると、ため息をつく。


「……本当は違うのかもしれない」

「どういうこと?」


 アイシスは不思議そうに首を傾げる。

 錬金術という力、そのためにお互いが必要だというのも間違いではないのだろう。だけど、きっと、本当は違うのだ。


「俺がアイシスから離れないっていうのは……ただ、俺がアイシスと一緒にいたいからだ。アイシスが好きだから」


 その真っすぐな言葉にアイシスは目を丸くすると、やがてくすりと笑う。


「だから二人で未来を創っていこう。虚飾じゃない、本物の未来を」

「悲嘆ではない、歓喜に満ちた未来を」

「―――二人でならなんでも創れるんだから」

以上でこの物語は終わりとなります。


最後まで読んでいただい方はありがとうございました。

この最終話から見たという方は是非最初から読み直していただければ嬉しいです。


心に深く残る重厚な物語というようなものではありませんが、それでも気軽に楽しめる物語を目指して書いたつもりなので、読んで楽しかったなと感じてもらえたなら幸いです。

気が向いたときにもう一度読み直してみようかなと思ってもらえればありがたいです。


よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


そして、この物語に少しでも興味を持っていただけたならば是非『シンカ論 ~人間ではないと気付いたから、だから私は神になることにした~』もよろしくお願いします。


ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

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