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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第五章 『虚飾の錬金術士』
68/71

68.家族

 シンは引き返す。これまで歩いてきた道を。

 胸に感じるのは重い圧力。アイシスの錬金道具の効果時間が残り僅かとなり、世界からの拒絶を肌で感じている。

 その効果が無くなる前に、シンは境界をまたいだ。


「……やっぱり、いたか」


 そしてシンは冥界へと戻ってきた。

 そこにいたのは、まるで飼い犬のように主人の隣で横たわる三つ首の狼と、それを従えるかのように悠然と立つ男。

 相変わらず、シンの目から見ても異質な存在感を纏うプルートだった。


「待っていたのか?」

「いや、見ていた」


 その言葉にはっとする。

 そもそも、この男は自分たちの動向を完全に把握していたということなのだろう。この世界のみならず、あちらの世界にいるときであっても。

 自分が、両親と会っていたところも見ていたのだろう。


「……なるほど、そう言われるとまるで本当に神様みたいだな」

「相変わらずのようだな。汝の悪癖は」

「何を……」

「それもわかっているだろう。その性質はもはや慎重ではなく臆病と言うべきだな」

「……」


 シンはあからさまに不満そうに顔を歪める。プルートの言うとおりだからだ。

 まるで神様のようだとシンは言ったが本当は違う。そもそもシンはプルートのことを神、あるいはそれに準ずるものとして、人知の及ばないなにかであることは承知しているのだ。

 だから素直に神の力はすごいなと認めればよかった。だけどそうはしなかった。

 眼の前にあるものを素直に受け入れられない。受け入れたくないものについて虚飾の現実で己の心を誤魔化す。

 それが、この男の言うところのシンの悪癖だ。


「……で、なんで見てたんだ?」


 言いながらもう一度シンは顔を歪める。警戒をあらわにしながら。本当は見当がついているのだ。

 なぜ、この男が自分たちを観察していたのか。

 だが、プルートはそんなシンの表情を不思議そうに見ると、やがてシンの目を覗き込む。

 それを見て、シンは嫌そうな表情を浮かべる。

 この仕草はシンももう何度か見た。おそらくはこれによってシンというものを把握しているのだろう。それは内心などに限らず、シンの全てを。

 神のやることだ。拒否するほどではないが、いい気分にはならない。

 やがて、納得したのかプルートは口を開く。


「人間如きが神の領域に踏み入るなど許されることではない。―――と、言われると思っていたのか」

「……違うのか?」


 生命創造。

 アイシスの成し遂げたそれはある種禁忌に触れるものではないかとシンは考える。命を生み出すこと、それは人間の領域を超えている。それは神にのみ許された権能なのだと。

 だからこそ、こうしてここに神が待ち構えていたのだと、そう考えていた。

 最悪の場合、自分たちを消すために。


「なるほど、思い上がったものだな、人間」

「確かに、生命創造なんて人間がしていいことじゃないのかもしれない。それでも―――」

「そうではない」


 シンの言葉を遮るように、プルートは首を横に振る。


「その程度が神の領域だなどと、それは汝の傲りにすぎない」

「そ、れは……」


 思いがけない言葉に、言葉に詰まる。それはシンにとっては都合のいいことではあったが、信じられないという部分もある。


「人間にできることを人間が成したにすぎない。その程度でどうこういうほど神は狭量ではないだろう」

「でも……いいのか? 命、だぞ」

「それほど重要なことか? 命など男と女がいれば生まれるだろうに」

「いや、それは……そういう言い方をすれば、そうなんだが……」

「そもそも命と汝は言うが、人間を特別視しすぎだ。それは人間だけが持つものでもないのだ。それこそ傲りだろう」


 それもそのとおりだ。

 世界というのは命に溢れている。そしてそれは人間に限らない。動物、植物、あるいはそれ以外にも命は宿っている。人間には知覚できないものだっているだろう。

 そうした命を一つ生み出したところで、神の視点からすればたった一つにすぎないのだ。

 これは人間の命というものを扱ったことによる倫理的な問題にすぎない。それはすなわち、人間の目から見た人間の世界の枠組みにすぎないのだ。


「ゆえに無用な心配だ。汝にも、そちらの女にも何をしようはずもない」


 シンは振り返る。そのプルートの視線の先にはいつからそこにいたのかアイシスの姿があった。

 アイシスが静かに近づいてきたためか、あるいはシンが緊張状態にあったためか、どちらかはわからないが今まで全く気が付かなかった。

 その姿を見て、シンは少し安心したように息をつく。


「……じゃあなんで見てたんだ?」

「汝のようなものは珍しかったゆえに、興味があった。それだけだ」


 汝のような、がどういうものを指すのかシンにはわからなかったが、そこに敵意のようなものは感じられなかった。

 単純に、シンの様子を見て楽しんでいたのかもしれない。ただ、そう言うわりにはそのプルートの眼にはそれほど興味の色が浮かんでるわけでもないというのが不気味ではあったが。

 やはり、神と人間では少し感覚が違うのだろう。

 そこでやっとシンは肩の力を抜く。


「あるいは汝はここで戦うつもりだったのか?」

「いや、それは無理だろ。さすがに。戦ってどうにかなるような相手じゃないってことくらいはわかってる。……なんとかして逃げられたらとは考えていたけど」

「なるほど。汝は、そうなのか」

「……汝は?」


 シンは隣に来たアイシスに視線を送る。

 それはつまり、アイシスは戦うつもりだったということだろうか。神と。

 さすがにそれを尋ねるのは少し怖かったので、シンはそこで口をつぐんだ。

 そんな様子を見てか、プルートは淡く微笑んだ。


「シン、アイシス―――また来るがよい」


 次の瞬間にはゆらりとプルートは姿を消した。隣にいた狼とともに。まるで最初から何もいなかったかのように世界は沈黙に覆われた。

 そのままアイシスと目を合わせて一度だけ頷き合うと、二人は歩き出した。そして、元の世界へと帰還した。


「……帰ってきたな」


 シンは呟く。複雑な想いを込めて。


「ところで、父さんと母さんとどんな話を?」


 あの場でシンが語らなかった細かい部分について補足をしてくれたのだと思う。だけど、おそらくはそれだけではない。

 なにか、アイシスが話があってあの場に残ったのであろうことはなんとなく想像がつく。

 アイシスは直截にそう尋ねられるとは思っていなかったので少し驚いたものの、すぐに何も動じることなくそれに答えた。


「シンがどういう状態なのかのもう少し詳しい説明と、あとは錬金術について」

「なるほど。その辺りの説明をしてくれたのはありがたい。……それから?」

「それから―――」


 意外なことにアイシスはそこで言葉に詰まる。

 そんな反応を見せるとは思ってもいなかったため、むしろシンの方がうろたえてしまう。

 アイシスは真剣な様子でしばらく考え込むと、ぽつりと話し始めた。


「私は、メルクーアの家に生まれて、きっと幸せだったんだと思う」

「……は?」


 突然の予想外の言葉にシンは思わずぽかんと口を開いてしまう。どういう話の脈絡でそうなったのかシンには全く理解ができなかった。

 反応がなかったのを見て、アイシスはそのまま続けた。


「あの家に生まれて、家族……父も母も、兄も姉も私のことを愛してくれた。……出来損ないだった私に、嫌な顔ひとつすることなく」

「出来損ないだなんて、そんなことは―――」

「ううん、それは事実。あのメルクーアの家にあって私だけが何の才も示すことができなかった」


 自分を卑下するアイシスに異を唱えるように擁護しようとするも、アイシスはそれを事実だと言い切る。

 天才が生まれるあの家において、アイシスには何もなかったというのは実際そのとおりだったから。

 あの日、シンに出会うまでは。


「みんな私を愛してくれた。でもそれは特別扱い。弱い私を守るため。私だけがあの家で異端だった。―――たった、一人」


 喜びと寂しさを滲ませて、アイシスは淡く微笑んだ。

 シンの家族とアイシスの家族。その過去と未来を想い、アイシスは続けた。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『69.取引』11/08 21:00投稿となります

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