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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第五章 『虚飾の錬金術士』
65/71

65.懺悔

 教会を訪れていたシンは修道女のブライデに促されて椅子に腰を下ろす。

 そして大きくひと呼吸すると、差し出された水を一気に飲み干した。


「ふぅ、ありがとう。ブライデ」

「いいえ、こっちこそ。子供たちの相手をしてくれてありがとう。……でも、久しぶりね」


 言われてシンは小さく苦笑する。

 ブライデの言うとおり、ここに顔を出したのは久しぶりだからだ。もちろん、それが責める意図でないというのはわかっている。


「疲れてるみたいね。このところずっと店に籠もっていたみたいだけど、体を悪くしたりはしていない? 何か困ったことはない?」

「ああ、別に何もないから大丈夫だよ。ちょっとアイシスに個人的に頼まれたものを創ってただけだから」

「そう? ならいいのだけれど。でも珍しいわね。彼女があなたにそういう頼み事をするなんて」

「そう、かな? ……まぁ言われてみればそうかもしれないな」


 確かに、と思い出す。

 アイシスから頼まれごとをされるということ自体それほど多いわけじゃない。アイシスが錬金術を行使する際に必要になる素材を提供することはあるが、必ずしもそれが必要なわけではない。

 大抵の場合は、店に並べる商品にシンがわざわざ創らなければならないほど高品質の素材が要求されることはないからだ。それでも、手に入れにくい素材や、変わった素材が必要な場合にシンに的確な素材を錬金してくれるように頼まれることなどはあった。

 もしくは、シンの方から趣味として、あるいは贈り物として創って勝手に渡すようなこともあった。

 だけど、個人的なものを頼まれることはあまりなかった。

 仮にあってもそれは必要に駆られてという場合が多い。たとえば個人的な修練のために必要とするときなど。


「……なにか?」


 少し考え込んでいると、じっと見つめられていることに気づく。


「でも何か悩んでいることはありそうね」

「……別に、何もないよ」

「顔を見ればわかるわ」


 はっきりとそう言い切られてシンは顔をしかめる。

 顔を見ればわかる、その言葉は嘘ではないのだろう。その音は疑問ではなく確信が含まれていた。

 一瞬誤魔化してしまおうかと頭をよぎるが、こういう流れになってしまった以上、こちらが頑なになっても心配をかけるだけだろうと観念する。

 大きく一つため息をつく。


「悩んでるってほどのことじゃないけどね。俺には目的があった。それは、この街に来るずっと前からの話だ。……言ったことはないけどそれはなんとなくわかってるだろ?」

「ええ。そうでしょうね」

「いろいろあって、それが達成できなくなった。……それだけの話だ」

「そう。……それは残念ね。でも、それだけじゃないんでしょう?」

「それだけの話、ではあるんだけどな」


 簡単に言ってしまえば本当にそれだけの話だ。

 ただ、もちろんブライデが聞きたいのはそれだけではないということもわかっている。本当にもう終わった話なのであればシンも思うところはないはずなのだから。


「そのあなたの目的というものを聞いても?」

「……一言で言うのなら、故郷に帰ること、だった」

「そう……」


 普通に考えればおかしな話ではある。

 故郷に帰る、それだけを考えればそれほど難しい話にも聞こえない。たとえば戦争状態で行き来できない国などがあれば帰ることができないというのもわかる。だけど、ブライデの知る限り世界は今そのような状況にはない。

 ここ数年間で国が滅びてなくなったなどという話も聞いたことはない。

 だから自由に、というわけにはいかないが、それなりに手を尽くせばどこに行くのも不可能ということもないはずだ。どうしても行けない場所、というのは思い当たらない。

 それに、シンにはそれなりの人脈があるというのも知っている。たとえば友人であるミネヴァ。彼女はこの国の王女であり、しかも王族の中でも手広く活動をしている。権力という意味でなんでもできるというほどではないが、彼女の助力を得られればかなりの無理が効くはずだ。

 であるならばそういった物理的な理由でないことが考えられる。

 たとえばシンが高貴な身分の出身であり、政争に敗れて逃げ出すことになってしまったなどの理由。そうであれば自分たちの派閥が力を取り戻さない限り帰ることができないなどの事情が生まれる場合もあるだろう。

 だけど、ブライデはそれこそありえないと思っている。

 シンがこの街に来た当時から知っているが、シンには明らかに常識がない。それはアイシスのような貴族特有の箱入り的な無知ではなく、そんな身分がどうこうではなく誰でも知っているような当たり前のことすら知らなかったのだ。

 シンが貴族やそれに類するものだとは考えられない。

 ならば考えられることは家庭の事情くらいだろうか。シンには常識こそなかったものの、決して愚かではなかった。むしろ、ブライデですら知らないことを当然のように口にすることもあった。ゆえに、特殊な家庭でとても偏った教育を受けていた可能性はある。

 そういった話をシンはこれまでしたことはない。敢えて口に出そうとしなかったため、ブライデも無理に聞き出すことはしなかった。

 可能性として高そうなこととしては、家族が亡くなってしまい、帰る場所がなくなったということなのかもしれない、とブライデは考えた。

 皮肉なことに、そのブライデの考えは完全に間違っているわけでもない。もちろん、その亡くなったのがシン自身だとは想像できるはずもなかったが。


「……その気持ちは私にも少しはわかるわ。私も帰る場所を失ってここに来ただけだから」

「帰りたいと、思う?」

「そうね、思うわ。だけど、もう帰れないというのもわかっているから」

「そっか……」

「でも、シンは違うのでしょう?」

「……どういう意味?」


 ブライデの言葉にシンは眉を顰める。

 自分とブライデの状況は似ていると思ったからだ。なのにブライデは違うと言った。

 その理由がシンにはわからなかった。


「そんなにすぐに割り切れるものではないわ。……諦めるにも時間が必要よ。私にはその時間が十分にあった」

「……」


 シンの顔が僅かに歪む。

 正直なところ、自分の中では自覚がなかった。あの世界でプルートに自分の状況を示され、理解したことでもう元の世界には帰れないのだと悟った。だから、後はこの世界で生きるしかないのだと。

 諦めるのは当たり前のことだ。

 だけど、だから諦めたのではなかった。

 ただ、だから諦めようと思っただけなのだ。

 それはきっと、ブライデの言っているとおりなのだろう。

 それでも、そうする以外にどうすればいいのだろう。


「どうにもならないわ。……だから私たちは神に祈るの」

「……そういえば、ここ教会だったな」


 シンは特段神を信じてはいない。

 それは神の存在を信じていないという意味ではない。かつていたあの世界とは異なり、この世界ではもっと神は身近にある。そしてシンは実際に神と呼ばれうる存在を目の当たりにしている。プルートや真竜がそれにあたり、古竜もまた神に近しい存在だと言われている。

 だから、神はいるのだろう。

 だけど、神に何を祈ればいいのか。

 それが何になるのか。


「今、あなたの心の中の一番大きなもの、それを祈ればいいのよ。祈ることがある、それはあなたの中に神がいるということなのだから」


 シンの胸中には今も複雑な想いがある。

 家に帰ることができない悲しみもあるが、それと同時にまだここにいられる喜びも感じている。

 ならば、何が大きいのだろうか。


「……罪悪感、かな」

「罪悪感?」


 ブライデは一瞬だけその言葉を意外だと思ったが、なぜだか腑に落ちたようにも感じた。

 言われてみればそんな風に感じることがこれまでもあった。こうして折を見てはここに足を運ぶのもその気持ちの表れだったのかもしれない。

 心のどこかで、シンはずっと懺悔したかったのだ。。

 そして、何よりその想いが強いのは。


「特にアイシスさんに、かしら?」

「……ああ。俺はずっとアイシスを利用してきたから」


 その言葉にはブライデは首を傾げる。

 利用しているというのは確かだろう。いつか聞いたことがある。約束をした、と。シンにもアイシスにも。だけどそれは相互の話だ。

 その約束とはアイシスを一流に育てるかわりに何かを創ってもらうということだったと覚えている。

 そこに罪悪感を抱く要素がわからない。

 嘘をついているとも思えない。


「俺はこの世界を―――アイシスを切り捨てることを選んだ」


 迷いはあった。

 どうするべきかわからなくなることもあった。

 それでも、シンは元の世界に帰ることを選んだ。ここに全てを置き去りにして。

 そして、そのための道具をアイシスに創らせたのだ。

 約束自体は果たした。アイシスの才能あってのことではあるが、彼女はすでにこの世界において指折りの錬金術士にまで成長した。いや、あるいはもう最高の錬金術士と呼ばれる域にまで達しているのかもしれない。もはやシンが何をするでもなくアイシスは自分の意思で好きなように生きていけるだろう。

 本当は何度も思った。あちらの世界のことは忘れてここで生きるべきではないのかと。

 これまで自分がこの世界で生きてこられたのは周りにいてくれたみんなのおかげだ。

 そして、特に自分を救ってくれたアイシスの。

 このままずっと、アイシスと一緒にいたいと思うことだってあった。それこそが自分の本当の望みなのかもしれないと。それが自分にとっての幸せなのだと。

 なのに自分は選んだ。これは裏切りだとわかっていても進むことをやめなかった。

 これまでそのためにこの世界で生きてきたのだから、ここでやめることはできなかった。

 結局、全ては失敗に終わり、選択の結末は何の意味もなさなかった。自分はここで生きていくしかないのだ。

 だからといって、自分の選択がなかったことにはならない。自分はここを捨てることを選んだのだから。

 その罪悪感は消えることはない。


「……そうかしら」


 シンの懺悔を聞き終えたブライデはぽつりと漏らす。


「どういう意味?」

「さぁ、どうでしょうね。ただ彼女にとっては承知のことだったのではないの?」

「……ある程度は、わかっていただろうけど」

「なら彼女には彼女の考えがあるわ。あなたの都合で変な思想を押し付けないようにね」

「それは……そう、だな。俺の想いとアイシスの考えはまた違うだろうし」


 窘められたシンは噛みしめるように頷く。


「今は余計なことを考えなくともいいわ。疲れているみたいだし、ゆっくりと休むといいでしょう。今日はありがとう、来てくれて」

「わかった、そうさせてもらうよ」


 そう言うとシンはのっそりと立ち上がり、教会を後にする。

 ブライデはそんなシンの後ろ姿を見ながら少しだけ心配そうに微笑む。


「……そんなことで彼女が逃がしてくれたのかしら?」

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『66.再誕』11/05 21:00投稿となります

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