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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第五章 『虚飾の錬金術士』
64/71

64.本物

「―――それじゃあ、俺の記憶が欠けている理由は……」


 シンが尋ねると、プルートは何の表情を浮かべるでもなく淡々と伝える。


「汝にとってそれが苦しみの記憶だったからだろう。ゆえにそれに関係する部分が抜け落ちているのだ。……皮肉なものだな」

「……何がだ」

「全てが」


 シンは顔を歪める。

 言いたいことはなんとなくわかる。

 以前の生活でシンはものづくりが好きだった。そして、それと同じように今もそれを楽しんでいる。

 そのはずだ。

 だけど、それを苦しく思っていたというのもわかってしまうのだ。こうして今も偽物にとらわれているのだから。

 結局は同じことの繰り返し。それを皮肉と言っているのだろう。


「業、あるいは呪とでも言うべきか。死してなお、別の世界においても汝はそこから逃げられない。汝は結局、虚飾に塗れた生をゆくのみということだ」

「―――そんなことはない!」


 そのアイシスの言葉は視線を落とすシンに向けたものだ。

 きっと、この男の言葉に嘘はないのだろう。今聞かされたシンの過去というものにも間違いはないはずだ。

 だけど、それは正しくない。それだけじゃない。


「シンは、本物だよ」


 自分は知っている。シンという人間のことを。

 彼は決して強い人間ではない。普段それを表に出すことはあまりないが、不安や焦りに怯える気弱な部分も持っている。そして、表に出せないのはその弱さゆえもあるだろう。

 きっと、それが怖いのだ。

 自分の中の弱い部分に目を向けてしまえば、致命的な何かを失ってしまうと思っていたのだろう。このままの生き方をすることができないと。

 この拠り所のない世界で、いまだ自分を確立することができていないのだ。

 それは、この過去にも原因があったのだろう。記憶がなかったこと。そして、記憶がないながらに心のどこかで自分の過去が影響を及ぼしていたはずだ。だから、自分にもそこまでの自信を持つことができなかったのだ。

 どこか、アイシスにすら一線を引いているような、そう感じることもあったのもそれが原因かもしれない。

 でも、違う。

 偽物などではない。自分は、そんなシンに救われた。助けられて今ここにいることができているのだ。


「シンの強さも、優しさも、本物だよ。だからシンは私を救ってくれた」


 アイシスはプルートへ改めて向き直る。


「私だけではありません。ここにいる彼のおかげで多くの者が救われました。それが。彼の……シンの本当のことです。シンは決して偽物なんかじゃない」


 その言葉に思うところがあったのか、プルートはしばし考え込む。

 そして、納得したのか小さく頷く。


「なるほど、勘違いさせてしまったようだな。我はあくまでこの男の性質、そして過去の一部について語ったにすぎない。人格や性格などはまた別の話だ。この男は善良と呼ばれる部類なのは確かだろう。それに、一つ気付いていないようだな」

「……何のことでしょうか?」

「この男の、シンの記憶についてだ」


 アイシスは眉を顰める。

 シンの記憶がないという理由については説明を受けた。アイシスにとって納得のいかない部分はあるものの、それでも話については理解できた。

 見落とした何かがあるとは思えない。


「なぜ、死した記憶がないと思う?」


 言われてはっとする。

 確かに、その記憶がない理由がわからない。

 プルートが言うにはシンの死は特段異常といえるものではなかったとのことだ。その記憶を失うほどに苦痛を伴う悲惨なものではないと。

 であるならば説明がつかない。どうしてシンは自分の死を覚えていないのか。認識することができていなかったのか。


「―――その娘をかばい、代わりとなり命を落としたからだ」


 そうして二人はその場を後にした。

 二人のあるべき場所へと帰っていく。

 それからしばらくの時間が流れた。

 シンにとっては考えることがありながらも、平穏な日常が戻ってきた。自身にとって衝撃的な事実をどこか腑に落ちたようにすんなりと受け入れられる部分があった。

 そこには諦めのような気持ちと、同時にどこかすっきりしたような気持ちがあった。

 そうしたささくれだった部分も日々を過ごす中で少しずつ消え去り、いつしか考えることも忘れていった。

 あるいは、忘れようとしていたのかもしれない。

 そんなある日、シンの店を訪れたのはアイシスだった。


「最近忙しくしてたみたいだけど、だいじょうぶか?」


 ここのところ、アイシスが訪れる機会がほとんどなかった。

 それは色々とあったシンのことを放っておいてくれているのだろうと考えていたが、どうやらそれだけではなく、店にこもって何かに腐心しているようだった。

 それにシンが気付いたのも最近のことであったが、自分から取り組んでいることにあまり口出しするものではないかと、特段干渉することもなく見守っていたのだ。


「だいじょうぶ、ではあるんだけど……。なかなかうまくいかなくて」

「ん? ……珍しいな」


 シンは疑問の声を漏らす。

 一連の騒動を乗り越えて、アイシスの実力は著しく高まった。それこそ世界という枠を超えて別世界の門を開けるほどに。それはもはや一流の錬金術士という枠にとどまらないほどといっていい。

 今の力であれば大抵のものは問題なく創ることができるだろう。

 そのアイシスですら手間取るほどのものがシンには思い当たらなかった。


「何を創ってるんだ?」

「―――賢者の石」


 口元に僅か自嘲の笑みを浮かべながら言うアイシスにシンは思わず絶句する。

 それは確かに難しいだろう。

 確かにシンはアイシスが賢者の石を創れるようになることを目標としている。そしてそれをアイシスもまた理解している。

 だけど、それは最終的な目標にすぎない。いつかたどり着く到達点なのだ。

 今すぐにそれを目指すようなことではないし、現状のアイシスの力量をもってしてもさすがに不可能だと言っていい。

 そんなことはアイシスもわかっているはずなのだ。

 だからシンにはわからない。どうしてアイシスがそんなことをしているのか。そこまで焦って根を詰める必要があるのか。

 きっかけはなんとなくわかる。おそらくはあの世界を目の当たりにしたこと。それによってアイシスが何らかの影響を受けたのだろう。そこはわからなくもない。

 だけど、それが何を目指してのことなのか。


「さすがにそれは無理だ。……まだ早いよ」


 シンは首を横に振る。


「アイシスは確かに天才だ。でも、それはいつかたどり着く場所であってすぐにどうにかなるものじゃない。アイシスであっても」


 まだ早い。

 力不足。

 いつか。

 そんなことはもちろんアイシスもわかっている。

 でも、アイシスにとっては今必要なのだ。だけど、頑張ってはみたけれども、やはり自分にはできなかった。

 だから、ここに来た。


「でも、シンには創れるよね?」

「……は?」


 思いがけないその言葉にシンはぽかんと口を開ける。


「……あの男も言っていただろ? 俺が創れるのは偽物だけだ」

「そこにも言いたいことはあるんだけど……。ひとまずそれは置いておいて。偽物なら創れるってこと?」

「いや、それは……そうは言ってない」


 シンは思わず目を逸らす。

 そうは言っていないが、できないとも言っていない。


「でも、創れるんだよね?」

「……」


 無言で眉を歪めるシンに、アイシスは大きくため息をつく。


「……賢者の石を創るとなるとそれ相応の素材も必要だ」

「それは私が集めたよ。……そもそも私が自分で創ろうとしてたんだし」

「それは、そうか……」


 考えてみれば当然のことだ。

 そもそも素材がなければアイシスもどうにもできないのだから。それを集めてからの話になっているのは前提だ。

 だからそれをそのままシンに渡せばいいだけのこと。

 おそらくそれなりに高価なものであることは気になるところではあるが、それはアイシスの都合であってシンが気にするようなことでもない。


「そもそも、仮に俺が創ったとしてアイシスには使えないと思うぞ」

「うん、それもわかってるよ」


 おそらく賢者の石は今のアイシスには扱えない。

 それをうまく扱うためには賢者の石を創ることができるくらいの技能が必要となるからだ。それを使ったとしても万全に力を引き出すことはできなはずだ。

 それではどちらにせよ意味がないのだ。

 シンは諦めたように大きくため息をつく。


「……わかった。できるかは保証できないけど、とりあえずやってみるよ」

「ありがとう。……二週間くらいでできる?」

「できるわけないだろ……。最低でも一月はかかる」

「そっか。わかった。じゃあお願いね」


 そう言って笑顔を浮かべるアイシスに、シンはもう一度大げさにため息をつく。

 そして、店を出ようというところでアイシスは振り返る。


「……シンは偽物しか創れないって言うけど、私はそんなことないと思う」

「いや、あの男の言ったとおりだ。全部偽物だよ」

「違うよ。シンの創ったものには、効果がないだけ」

「……同じことだろ?」


 アイシスは首を横に振る。

 確かに、シンの創った錬金道具は何の効果も持たない。それを使っても発動すらしないのだ。

 だけど、それは偽物だからではない、とアイシスは思う。

 シンの創る道具は見かけだけのものではない。本物の力が宿っているのだ。


「シンは賢者の石がどういうものなのか、わかってるよね?」

「それは、まぁ。一応は。……それを使えば様々な奇跡を起こすものを創り出すことができる錬金術の到達点だ」

「そう。それだけのもの。つまり、賢者の石っていうのはそれ自体は何の効果もないただの石」


 それは正しい。

 賢者の石は奇跡を起こすだけの凄まじい力を秘めている。それでも、それ単体で見るならば何の役にも立たないただの石にすぎない。それを錬金術で扱い、別のものを創り上げることで初めて使うことができるのだ。

 それは、まさしくシンの創り出すものと同じだ。


「だからシンには創れるよ。―――本物の賢者の石が」


 そして、それからおよそ一月半。

 シンは完成した賢者の石をアイシスに手渡した。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『65.懺悔』11/04 21:00投稿となります

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