63.過去
シンは平凡な中流家庭の一人息子として生まれた。
裕福とまでは言えないまでも、金銭的な困窮に苦しまされるようなことはなく、優しい両親のもと、穏やかな暮らしを送っていた。
その中で、シンが特に興味を抱いていたのはものづくりだった。
幼少期から常に積み木を手放さないような性質で、それに伴い、自身の器用さも磨かれていた。
そうして順当にというべきか、様々なものに興味を持っていった。その中で特にシンが好んだのは刀だった。
少年らしくというべきか、武器一般に憧れたシンではあるが、その中でも刀というものの魅力に取りつかれたシンは、両親の勧めもあり剣道を習うこととなった。
体を動かすこと自体は嫌いではなかったし、凝り性な部分も強かったシンは、その練習には熱心に取り組んだ。ことさら運動神経や身体能力が優れているというわけでもなかったため、そこに特段の才能を見出されることはなかったが、その器用さも相まり、技術的には周りの人間に遅れを取ることはなかった。
だけどそれは長くは続かなかった。シンが興味を持っていたのはあくまでも剣の方であり、自身が剣を振るうことにはそこまでの想いを抱くことはできなかったのだ。ある程度の技術を習得すると、その先というものに展望を持つこともできず、中学校に上がったことをきっかけに剣道からはすっぱり手を引き、剣を置くことにした。
そして、その頃にシンが出会ったのが陶芸だ。
母の友人であるという男が陶芸家を継ぐことになったと聞いて、そこに通わせてもらえることになったのだ。弟子というほどでもないが、そこでシンは男から陶芸を習うことができた。
男もまたそのシンの才覚ややる気を目の当たりにして、シンをかわいがり、多くのことを教えていった。
そもそも、男には陶芸に対して大した情熱はなかった。
それなりに才能があり、それなりに努力をしていた。その結果、病に倒れた父の後を継いだ。そうすればそれなりに食べていけるだろうし、親も喜んでくれる。
もちろん、陶芸が嫌いだったわけではない。むしろ好きではあったが、その程度だ。
だけど、彼の娘は違った。シンよりも一つ年下にあたる娘には本物の才能があった。だから彼はその自分のことは置いておき、娘のその才を伸ばすことに尽力していた。
初めはそれでよかった。だけど、年頃に成長した娘はその生活を良しとしなかった。ただ一人の少女として当たり前の日々を過ごしたいと願ったのだ。学校帰りに友人と遊んで過ごすような普通の日々を。
そう言われた男はそれを受け入れた。そもそも娘の生き方を強制などはしたくなかったし、才能があるからやらなければならないという考えも持っていなかった。
ただ、陶芸を好きになってくれれば嬉しいと心の中で思っていただけだ。だから残念だとは思ったが、そういうこともあるかと諦めたのだ。
そんな折にシンが現れ、男はその気持ちの隙間を埋めるようにシンに熱心に指導していった。
シンが男の元に通うようになってからおよそ二年ほどの時が流れた。
中学校に上がった娘がその生活にも慣れてきた頃だった。彼女は普通の学生生活を楽しんではいたものの、特段何かに熱中して打ち込むようなこともなかった。
だけど、彼女の友人は違った。その頃には友人たちも部活動などの好きなことを始め、それぞれがそれぞれの生き方を始めていた。
娘も、最初はそれに倣い、何か自分に合うものがあるのではないかと様々な部活動を渡り歩いたりしては見たものの、結局はどこにも自分の身の置き場を見つけることができなかった。
そんなとき、彼女はシンの姿を見つけたのだ。
もともと、その存在は知っていた。家族から話も聞いていたし、実際に顔を合わせたことは何度もあった。だけど、そこに興味を持って踏み込むことはしなかった。むしろ、そこから目を背けていたといってもいい。
事情をよく知らない彼女にはほのかに罪悪感があった。自分が父から逃げ出してしまったために、他所から別の誰かが呼ばれ、巻き込まれることになったのだと。
もちろん、シンにそのような事情はない。単にシンの母の友人であった男のところに望んでシンがやってきたというだけなのだが、娘にとってはそのようなことは知る由もなかったし、知ろうともしなかった。
だけど、ここにきてふとシンの姿を見て、それがとても楽しそうに見えた。だから、一緒にやりたいと思ったのだ。
それをシンは受け入れた。特段一人を好んでいたわけではないが、結果としてこれまでは誰かと一緒にものづくりをするという経験がなかったため、最初はどうなるかと不安もあったが、それでも不思議と波長が合ったのか、共に楽しい時間を過ごすことができた。
男もまた、そんな二人を歓迎していた。なにより、娘がもう一度陶芸に興味を持ってくれたことが嬉しかった。
だから、見落としてしまったのだ。
その娘とシンはうまくやっていた。それ自体は間違いない。
シンは真面目な性格もあり、男から教わったことを着実に覚え、成長していった。そして、それは技術的な部分のみならず様々な知識に及んだ。その器用さも相まって、基礎的な部分からきっちりと学習していった。
一方の娘は感覚肌な部分が強く、そういった細かい部分についての学習は疎かにしがちだった。それをシンから教わることで共に成長していくこととなった。
最初はそれで良かった。自分を慕ってくれていることはわかっていたし、彼女に色々と教えることは悪い気はしなかった。こうして誰かに何かを教えるという経験もなかったし、それを楽しく思っていた。
そんな日々を過ごしていたシンは、あるとき自分の勘違いに気が付いた。
確かに、シンはそういった部分において彼女よりも優れていた。だけど、その差はシンが思っていたほど大きくはなかったのだ。彼女はそういったことを言葉にして表現するのが苦手だったため、あまり理解していないように感じていたが、実際にはその多くを感覚として理解していた。
そもそも彼女は初心者ではなく、それほど熱心ではなかったとはいえ父からきちんと教えを受けていたのだから。
気付いたときにはその姿はシンのすぐ後ろにあった。そして、すぐに追いつかれ、すぐに追い抜かれると理解できた。それだけ自分との才能の差を痛感していたのだ。
これまでシンは自分に自信があった。同年代の人間で自分ほどの熱心さと器用さを持っている人間は見たことがなかったからだ。だけど、そのどちらも持たないはずの彼女は自分を遥かに上回る才を持っていた。
そこで初めてシンは焦燥と恐怖を覚えた。
なんとかしなければいけないと考えたシンは師である男の模倣に走ってしまった。それが過ちだった。
それ自体が悪いことではない。自身の上達のために師を真似るというのは別段おかしなことではないし、むしろ当然のことといってもいい。
問題はその動機だ。
これが自分を高めるためであればよかったが、シンがそうした理由はただ誤魔化すためだ。彼女に追いつかれたと認めたくなくて、そしてそれを知られたくなくて、ただ自分の自尊心と虚栄心を満たすためだけに上辺の模倣を繰り返した。
不幸なことに、シンは器用すぎた。それで誤魔化せてしまったのだ。
だからこそシンの心は追い詰められていった。もしもそれがすぐに露見していたならば違う展開になったのかもしれない。意地を張った少年の恥ずかしい笑い話で終わることもあっただろう。だけど、そうはならなかった。誰もそんなシンの胸中を察することはできなかったのだ。
いつからかシンにとってそれは苦痛になっていった。だけどそれをやめることもできなかった。そのきっかけを得ることができなかった。ただ惰性のまま終わりのない日々を過ごしていた。どこにも進めないままに。
追い詰められ苦しんだ長い日々、そして、それは突然に終わりを迎えた。
シンの死によって。
「―――これがシンという男の結末だ」
それで終わりだとプルートは告げる。
「そうしてこの男は死ぬまで偽物を積み重ねた。だから汝は今もこうしている。―――何も創れない虚飾の錬金術士として」
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次話『64.本物』11/03 21:00投稿となります




