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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第五章 『虚飾の錬金術士』
60/71

60.傑出

 ティールが言った理知的という言葉、意外そうに見るミネヴァにティールはからかうように笑う。

 自分の失礼な目に気が付いたミネヴァは恥ずかしそうに目を伏せる。


「お前が? と思ったか?」

「い、いえ……申し訳ありません」


 ミネヴァの疑問ももっともではある。ティールといえば自由騎士の名のとおり好き勝手にやっているという印象が強いからだ。それはミネヴァが思っているだけではなく、多くの人間が同様にそう思っている。

 だけどティールからすればむしろ逆だ。

 好き勝手にやってこそいるが、ティールはその分多くの人間とも関わりを持ってきた。その結果、他の家族に比べて様々な経験をしている。

 だから、この世界の道理というものをそれなりにわきまえているのだ。


「特に下の姉なんかひどいものだ。あれは引きこもって魔道を研究することしかしていないからな。母がきちんとした婚約者を見繕ったからなんとかなっているが、知人すらほとんどいない状況だ」

「それは……なんと言えばいいか……」


 ミネヴァは微妙な表情を浮かべる。

 だけどいいたいことは理解できる。つまり、今回の件がうまくいったのは自分のおかげだといいたいのだろう。

 それ自体は納得できる。あの場においての振る舞いも、確かに優れてこそいなかったが目に余るというほどではない。そういった経験というものがあるからだろう。

 だが、ティールは首を横に振る。


「良かった、というのは帝国にとってだ」

「帝国に?」

「俺が理知的なおかげで帝国は助かったからな。幸運だった」

「あっ……」


 ミネヴァも思い出す。

 あの場にいた一人がアイシスを侮辱するような発言をしたことを。だけどティールは冷静さを保ったままだった。

 理知的、というのはそういう意味なのだろう。


「言うまでもなく俺は強い」

「は? え、ええ……そうですね」

「本気になればあの場にいた全員を皆殺しにすることもできただろう」

「……」


 ミネヴァは絶句する。

 それはその物言いが恐ろしかったからではない。本当にそれができてしまうのだろうと想像してしまったからだ。

 ただ、そのような唐突な言葉が何を意味するのかわからなかった。視線で、先を促す。


「それから外に出るときも多くの人間を殺す。襲ってくるだろうからな。結果、何百人という人間が死ぬだろう」


 簡単に言っているが、何百を一人で殺すことができると言い切る胆力に苦笑する。当たり前のことだが、その何百が一度に襲いかかってくるわけでもない。その数字の印象ほどには難しくもないのだろう。

 だけど、そうはいってもその数字は想像を絶するものだ。

 肉体的にはもちろん、精神的な苦痛も一入だろう。


「そう、俺ではせいぜい数百が限界だろう」

「……え?」

「だけど俺の姉は違う。あれの魔法は桁が違う。怒りのままにその力を振るえば数百では足りない。数千はいくだろうな」


 その恐ろしさに顔を引き攣らせるミネヴァを一瞥すると、ティールはさらに続ける。


「俺の父であればもっと恐ろしい。父は農業を司る。それは単純な力とは違う。その気になれば遥かに多くの人間が犠牲になるだろう」


 それはミネヴァにも想像ができる。むしろ、そういった分野にも目を光らせているミネヴァであるからこそわかる。

 確かに帝国は恵まれている。広い領土に肥沃な土地。食べるに困るほどではない。だけど、それでも全てを国内で賄っているわけではない。そこをつくことはできるだろう。


「だから、訪れたのがあなたで帝国は幸運だったというわけですね」

「そうだな。そういう意味もある。だけど本当の幸運は違う」

「それは?」

「暗殺が失敗したことだ」


 襲撃は失敗した。シンを殺すことはできなかった。

 ティールから見ればそれはそうだろうと思う。あれを殺すのは極めて難しい。それも彼の城の中でそれを実行するのは不可能だろう。おそらく、自分であってもそうだ。

 だけど、仮にそれが成功していたとしたら。


「そのときは国が滅びていただろうな」

「それは……何故?」

「―――アイシスが本気になるからだ」

「……え? それほどまで、なのですか?」


 思わず尋ねる。

 アイシスの才能はミネヴァも理解している。むしろ、何度も助けられた身としては、誰よりもわかっているのではという自負もあったくらいだ。

 確かに優れている。だけど、ティールがそこまで言うほどのものがあるということなのだろうか。


「アイシスの才は、その力は傑出しているからな」

「傑出、ですか」


 その言葉はミネヴァにとってあまり腑に落ちるものではなかった。そういう意味で言うのであれば、この世界の中で最強の剣士とうたわれる彼こそが傑出しているように思えたからだ。

 ティールは軽く笑みを湛えると首を横に振る。


「この世界には無数の剣士がいる。剣というのはどこにでもあり、そして、誰でも使えるものだ」


 この世界において、最も普及している武器が剣だろう。そして、それゆえにあらゆる武器の中で最も技術が洗練されている。

 それはもはや、完成していると言ってもいい。


「俺は確かに強い。だけど、使っている技術自体は同じものだ。もちろん、その練度にこそ差はあるが、やっていることに大差はない。多少の工夫はあるが、さほど斬新なものでもない」

「……なるほど」

「おそらく剣というものはもうほとんど進化しないだろう。強いて言うのであれば聖騎士や魔剣士のように何かと組み合わせる方に成長の余地はあるだろうが」


 だけど、剣技としてはおそらくもう最後まで到達してしまっている。今ある技術をどれだけ個人として極められるか。剣というのはそういうものなのだ。もはや剣とはそこまで来ているのだ。


「俺に剣で勝てるものはいない。だが、剣士としての俺を考えればどうにもできないわけではない。対策自体はできるだろう」

「剣以外で戦えばいい、ということでしょうか?」

「そうだ。……まぁ、本当は違うんだけどな」


 正確に言えば違う。

 ティールは最強の剣士ではある。そう呼ばれる。だけど、本当は剣士というよりも戦士なのだ。剣しか使えないわけではない。むしろ、あらゆる武具を使う戦闘をこそ本領とする。

 あくまで剣というものが持ち運びにも便利で、使いやすく、そしてティールが好むものだというだけなのだ。

 ただ、この話においてそこを掘り下げても意味がないため、ひとまずはそのまま話を進める。


「そして、なぜ剣士としての俺に対策ができるかと言えば、それは剣という技術が知れ渡っているからだ」

「極められている。それゆえに誰もがどういうものか知っている、ということですね」

「そうだ。だけど、錬金術は誰も知らない」


 ミネヴァは思い出す。以前にシンとアイシスが似たようなことを言っていた。

 トーラスにおいても錬金術というものはほとんど知れ渡っていない。だからこそ、シンは国に対して錬金術を広めることを求めたのだ。誰も知らない錬金術を使ったところでアイシスの名声が広まることはないからと。

 だけど、それは見方を変えれば逆になる。

 それは誰も知らない未知の力を意味するのだから。


「誰も知らない錬金術。そして、誰も知らないゆえの傑出した天才。そのアイシスを止められるものはどこにもいない。……それは、おそらく俺ですら」


 アイシスはティールの剣を知っている。だけど、ティールはアイシスの力についてほとんど把握していないのだ。

 正直なところ、本気のアイシスとまともに戦って勝機は薄いだろうと考える。

 そして、それはティールだけではない。

 おそらく、錬金術を使うものたちにおいても、アイシスの力の真髄について全く理解できないだろう。錬金術というのは、この世界において全く未熟なものなのだから。

 大げさに言ってしまえば、錬金術を使えるのはアイシスだけだと言ってもいい。それくらいアイシスの力は他者と隔絶している。


「ゆえに、アイシス・フォン・メルクーアはこの世界で最強の存在なのだ」


 ティールははっきりとそう言い切る。

 その言葉にミネヴァも反論はない。今の説明に異議を唱えるつもりもない。

 きっと、アイシスという存在が本気で牙を剥いたのならば、この世界に抵抗するすべはない。おそらく、誰も何もできない。ただ、錬金術という怪物に喰らい尽くされてしまうのだろう。

 それが天才錬金術士アイシス・フォン・メルクーア。

 ただ、だからこそ、当然の疑問が浮かぶ。

 彼の異質さが理解できない。

 シンとは一体なんなのだろうか。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『61.世界』10/31 21:00投稿となります

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