06.呪い
「……ん?」
店内でおもちゃを作っていたシンはふと気配を感じ顔を上げる。
先日、カナンに剣を作ることを頼まれたのを機に、子供用のおもちゃの剣を作っていたのだ。さすがにカナンに言われたような本格的なものを作る気はないが、子供が遊ぶ用のものであればやぶさかではない。ひと目でわかるようなおもちゃの剣であれば。
やはり子供というのはそういうものが好きなのだから。
「―――シンお兄ちゃん。いるー?」
その声に、先ほど感じた気配が何者かということを理解する。
奥の部屋から店に出ると、二人の少女の姿が見えた。
「ロッテ……と、エリサか。何か用か?」
「あ、お兄ちゃんいた。えっとね、ブライデから頼まれたの。お客様だって」
「客? ……珍しいな。わかった、ありがとう」
「うん、じゃあね」
それだけを言うと挨拶もそこそこに二人は帰ろうとする。
「ああ、ちょっと待って」
「ん、なぁに?」
一度奥の部屋へと引っ込むと、シンはすぐに二人のもとに戻って来る。
「これ、おもちゃの剣だけど男の子たちに渡しといてくれ。……あと、お前らにはこの人形あげるよ」
「え? いいの? ありがとー」
「ありがと、お兄ちゃん」
「ああ、気を付けて帰れよ」
おもちゃの人形を手に喜び勇んで帰る二人を見送ると、お客様だという二人に目を向ける。
二人は店内を興味深そうに観察していたようで、少なくとも今のやり取りの間に退屈はしてなさそうだった。
「様々なものが、あるのですね」
ミネヴァの言うように店内には様々な商品が並んでいた。
安価なおもちゃや見栄えのいい装飾品、そして、アイシスの店の一級品に勝るとも劣らないような錬金道具。
そして、何より広い。
アイシスの店もそれなりに大きかったものの、この店はそれと比べてもはるかに大きい。おそらくは昔は別の用途で使われていたものなのだろう。洗練されていたアイシスの店に比べれば古めかしく感じられるものの、それなりに手を入れられているようで、十分に見た目も整っている。
おそらくは街外れということもあり、土地も安いのだろう。
そして外観を見るに、おそらく奥にも広い工房と居住空間があるはずだ。
「まぁね。で、お客様って話だけど……何か作って欲しいってことなのかな?」
「はい。……どのようなものが作れるのでしょうか?」
「なんでも作れるよ。一応は、ね」
ミネヴァはもう一度店内に視線を巡らせる。
確かに彼の言うことは本当かもしれない。なんと言うべきか、いまいち統一感のようなものが感じられないのだ。
全てを作ったというよりも、いろいろな店から仕入れてきて並べてきたと言われた方が自然に思える。
「……あなたも錬金術を使える、と聞いたのですが?」
「錬金術、か。なるほど、そっちの仕事か……」
ミネヴァが尋ねると、シンは歯切れの悪い返事で濁す。
その対応にはミネヴァもある意味納得していた。聞いていた話とおおよそ合致していたからだ。すぐに断られないということは確かに錬金術が使えるということも間違いではないのだろう。
「うーん、アイシスのアトリエには行った?」
「はい……昨日伺いました」
「まぁ、そうだろうね」
ミネヴァは先に別の同業の店を訪れていたことに気を悪くしていないか様子を窺いながら答えるが、シンはそんなことは当然とでも言うように平然としていた。
「それで俺のところに来てるってことは……とりあえず、詳しい話を聞こうか」
「はい―――」
ミネヴァは昨日のこと、アイシスの工房を訪れたときのことを説明する。
そこでアイシスとどのような話をしたか、そして何を頼みどう断られたか。
「竜秘玉、ねぇ……」
ミネヴァが案じたとおり、シンはそれについて渋い表情を浮かべる。当たり前の話ではあるが、アイシスの話が間違っていなければ素材の問題を解決することはできないのだから。
「……まぁ、確かに本当に邪竜の呪いなんだったら竜秘玉くらいじゃないと難しいか」
「はい。……私の調べた限りでも他に良い方法が見つからなくて」
「それで、あーなんと言えばいいか。邪竜の呪いについて、なんだけどさ……」
シンは言いにくそうに言葉を詰まらせる。
そして、慎重に言葉を選ぼうとして、結局うまい言葉が見つからず諦めたようにため息をつく。
「『一番簡単な方法』のことは、もちろんわかっているよね?」
「―――っ」
その言葉に反応したのはそれまでじっと黙っていたネリアだった。
ミネヴァはそれを咎めるように目で制すると、シンの問いを肯定するように小さく頷く。
「ええっと、申し訳ないね。でも大事なことだからさ」
―――邪竜の呪い。
それは一言で言うならば死の呪いだ。
珍しいものであることは間違いないため、それほど多くの情報が残っているわけではないが、その呪いにかけられたものは例外なく半年も経てば命を落とすことになる。
だが、問題はそれだけではない。
この呪いは対象者が死すときに周りに呪いをばらまくのだ。
それを防ぐ方法は一つ。呪いで死ぬ前に高位の聖属性の力で対象を殺してしまうことだ。そうすれば呪いも共に消滅し、少なくとも周囲への感染を防ぐことはできる。
「ネリア、彼は心配をしてくれているのですよ」
「……え?」
ミネヴァがなだめるように言うと、ネリアは意外そうに声を漏らす。
ミネヴァにとってアスナは母である。もちろんそこに愛情があるし、大切な家族だとも思っている。なんとしても助けたいと考える程度には。
だけど、王族としての思考なのか、あるいはミネヴァの性格上の問題なのか、心のどこかで仕方ないのではないかという思いもある。まず考えるべきは国であり民であるからだ。
だけど、ネリアは少し違う。
ネリアにとって憧れの聖騎士であり、師であり、そしてもう一人の母の死をそう簡単に受け入れることはできないのだ。
「彼は、暗殺を危惧しているのよ」
「あっ」
ここにいる二人にとっては助けたい相手ではあるが、他の者にとってはそうではない。
もちろん、明確に死んで欲しいとまで考えているものはさほど多いわけではないだろうが、それでも安易に『一番簡単な方法』を選ぼうと考えるものは少なくないはずだ。
そして、それだけでなく、死んでくれたほうが都合がいいという者も。
こうして二人がアスナの傍を離れている以上、彼女を守りたいと思うものが二人減っているということなのだから。
「……一応は信頼できる者たちに守ってもらえるように手配はしています」
「そうか、だったらいいんだけど……」
それでも限度はある。
たとえば暗殺という形ではなく上からの命令となればそれを防ぐことは難しいだろう。そうして権力を使われればどうすることもできないのだ。時間は、限られるだろう。
「それで、竜秘玉についてだけど……」
シンはちらりと様子を窺い、ネリアからも一応の納得が得られたことを確認すると本題に入る。
素材が手に入らないという問題についてだ。
そして、どうしてアイシスに断られたのかということ。
「気付いているかもしれないけど、素材は手に入らないわけじゃなくて、正確に言うと間に合わないってことなんだ」
竜素材自体は決して手に入らないわけじゃない。少なくはあれど、成竜は存在するわけであるし、それを討伐すれば素材の入手はできる。
だけど、それには時間がかかる。
現状ではその成竜の居場所は掴めていないため、その捜索から始めなければならない。もちろん、それほどの存在ともなれば見つかればすぐに噂として広まるはずであり、その情報がないということはこの近辺にはいないということなのだ。
それが深い森の奥なのか、高い山の上なのか、どこなのかはわからないがそれを見つけるには多大な労力と時間がかかることは間違いない。
そして、見つけたとしても即座に討伐できるわけではない。言うまでもなく強大な存在であるため、確実に倒すためには慎重にかつ入念に準備を整えなければならない。
だから、間に合わない。
「……まぁ結論として何か変わるわけではないんだけどね。結局のところ理由はどうあれ竜秘玉を創ることは……無理、と言っていい」
「……」
ミネヴァは落胆したように肩を落とす。
アイシスに言われて覚悟はしていたものの、こうして希望が潰えてしまうと何も言えなくなってしまったのだ。
もしかしたら、もなくなってしまった。
だが、なんとか口を開こうと顔を上げたとき、シンの顔が目に入る。まだ何事かを考えている顔が。
しばらく無言でその様子を眺めていると、やがてシンが口を開く。
「……竜秘玉を創るっていうのは無理だ。ただ……」
「……ただ?」
「ああ、可能性という意味では―――ん?」
言いかけたシンが動きを止める。そして少し怪訝そうに眉を顰めると、すぐに納得したように頷く。
「ごめん、少し奥の部屋に入っていてもらえない?」
「え? ……ええ、それは、構いませんが」
ミネヴァはちらりとネリアに視線を送る。
ネリアもまた不思議そうに首をかしげながらも、ゆっくりと頷く。
そして、二人は促されるままにシンの背後にある扉を開けてそちらの部屋へ入ることとなった。
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次話『07.自信』09/07 21:00投稿となります




