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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第五章 『虚飾の錬金術士』
58/71

58.価値

 ミネヴァの発した三倍という言葉に沈黙が訪れる。

 その要求の意味を理解するのに誰もが時間を要したからだ。


「い、いい加減にしろ! どこまでも無礼な物言いを!」

「三倍だなどと、たかが若造一人にそんなものが通るわけないだろう!」

「どれだけ我々をこけにすれば気が済むのだ」


 怒号を放つ貴族たち。

 だが、これまで平静を保っていたはずのミネヴァは怒りをあらわにし、逆に睨みつける。


「ふざけているのはそちらでしょう。怒っているのはこちらの方だ!」


 これまで常に冷静だったミネヴァが突然語気を荒げたことにざわめきが漏れる。

 皇帝ですら思わぬ光景に驚き目を見開く。


「私は彼に何度も言った! 迷惑はかけないと、面倒事には巻き込まないと。……その結果がこれです。そう簡単に私が許すとは思わないでいただきたい」


 シンにどういう褒賞を与えるべきか、当然にそれは大きな問題となった。その功績を称えるならばそれなりのものを与える必要がある。シンは前回と同じく何もいらないとは言っていたがそういうわけにもいかない。

 国としても王家としてもそれは必要なことなのだ。

 その功績に見合ったものが与えられないのであれば、それは国の秩序の乱れに直結することになる。だからこそミネヴァはシンに頭を下げ、褒賞を受け取ってもらうことになっのだ。

 シンもその言い分には納得したものの、かといって金銀財宝を与えられるというのも本位ではない。シンやアイシスとしては国のために働いたわけでもない。ただ、困っている友人を助けたいと思っただけなのだから。

 そして、話し合いの末に準爵という特殊な爵位を授けることで折り合いをつけることとなった。それであれば国としての出費もほとんどない上に、権利や義務もほとんど負うことがないというシンにとっても望むべき結果となった。

 ただ、ほとんどのものがそれで納得していたものの、ごく一部の貴族連中はそれに不満を漏らすこともあった。現在では誰も見たことがなく、歴史書にしか載っていないような爵位を偉大な栄誉だと捉えるものも少なからず存在したのだ。

 だけど、ミネヴァにはそういった者たちの言を抑える自信があった。実際に、彼らを説得し、納得させることができた。

 それで、すべてうまくいくはずだった。

 そこを他国がこれほどまでに早く動くとは想定できなかったのだ。

 結果から言えば彼らが放った刺客は失敗した。当然だ。ろくに調査をすることもない拙速な行動は失敗して当然だ。彼らはシンたちについて、錬金術について何も知らないのだから。

 だけど、愚かな勇み足であるからこそミネヴァにはそれを読むことができなかった。

 その結果、ミネヴァは顔を潰されることとなったのだ。

 だが、ミネヴァからすればそれはどうでもいい。何より大事なのはそこではない。


「あなたたちは私の友人を殺そうとしたのですから。それを―――」


 そう言いかけたとき、昂ぶるミネヴァを鎮めるように軽く背中を叩かれる。はっと振り返ると、何を言うでもなくティールがじっとミネヴァを見つめていた。落ち着けと言うように。

 そこでやっとミネヴァは自分が冷静さを失っていることに気が付いた。

 その様子にティールも安心したように小さく息をつく。この事態は予期されていたものではあったが、本当にすぐ落ち着きを取り戻すかということについては疑念があった。その点において、この切り替えの早さは大したものだと感心していた。

 ネリアは言っていた。ミネヴァは頭が良く、基本的には合理的な判断のできる人間だと。だが、さすが芸術の国の王女と言うべきか、その本質は激情家だとのことだ。

 こうして見ればなるほどと納得できる節がある。


「……失礼しました」


 そんな二人の様子を皇帝は怪訝そうに眺めていた。


「つまり王女は私情でそれだけの額を請求しているということですかな?」


 嫌味を言うように貴族の一人がそう尋ねるも、ミネヴァは余裕があるように淡く笑みを浮かべる。


「いいえ、私情を挟んでいないから三倍と言っています。これは論理的な要求にすぎません」


 その論理的、という言葉に皇帝の眉がぴくりと動く。

 確かに、シンという人間はトーラスにおいてそれなりの重要人物なのかもしれない。錬金術という力も重宝されるものかもしれない。

 だけど、それは内部においての話だ。対外的に見ればシンとはただの貴族の一人にすぎない。たとえその準爵という立場が特別なものだとしても。

 その意味において帝国が提示した金額というものは妥当なものだ。その三倍など法外としか言いようがない。


「ほう、そこにどのような道理があるのか聞かせてもらおう」


 皇帝が尋ねると、ミネヴァは一瞬だけ目を細める。そして、納得したように小さく頷く。


「やはり皇帝はご存じない、ということなのでしょうね。……今回の件、あの場に誰がいたのか」

「ふむ……」


 報告自体は受けている。あくまで簡単な情報としてだが。

 皇帝が直接聞いたわけではない。ただ、その場にいたのは標的を含めて三人。


「シンという男、そしてその店の従業員、後はたまたま店を訪れていた客だと聞いている」

「少し間違っています。そこにいたのはシンと、その弟子である貴族のご令嬢、そして客は……まぁ、確かにただの客ですね」


 そこに思うところはある。その客というのはミネヴァにとっても大切な恩人だ。だけど、それは帝国にとっては関係ないところでもある。言いたいことはあるものの、ミネヴァはそれを口に出すことなく飲み込んだ。


「貴族令嬢……?」

「はい。その彼女が問題なのです」


 普通に考えるのであればその令嬢が爵位を持った貴族であるシンと同列に並べることはできない。あくまでもただの令嬢にすぎないのだから。

 だから皇帝の疑問は正しい。


「彼女は我が国での人間ではありませんから。隣国、ガエメニのご令嬢です」

「なるほど、それで……」


 他国の人間、確かにそうであれば少しは事情が変わるだろうが、少し変わるだけだ。

 特別に汲むほどの事情ではない。ガエメニからトーラスへの留学などよくあることなのだから。

 それを聞いて貴族の一人は鼻で笑う。


「ふん、いつものあれか。家督を継げぬ子女が芸術を学ぶという名目にトーラスへ逃げてくるというやつだな」


 そういった面は確かにある。家を継ぐのは基本的には長男だけだ。次男、三男は基本的には別の生き方を見つけたり、あるいは長男を支えるために家に残ることもある。

 だが、どうにもならないものもいる。やる気のないもの、能力のないもの、だけど体面上簡単に放逐するわけにもいかない。そういった者は芸術を学ぶという理由でトーラスへ留学することもある。一時しのぎのごまかしにすぎないが、貴族としては面目を保つことが最重要でもある。そして、中にはそこで才能を開花し、新たな道を見つけるものもいる。

 とは言っても、大半はやはりうらぶれて時間を浪費することになる。

 だから嘲笑う。


「―――つまり、その女も無能ということであろう」


 ぞわりと、総毛立つ。

 背中にじわりと汗が滲む。

 恐怖。

 誰もそれには気付かない。それが感じられたのはすぐ隣に立っているミネヴァだけなのだから。

 おそるおそるそれを覗き込む。

 目が合うと、ティールは優しく笑う。その柔らかさがいっそう不気味に見えた。

 ただ、それはミネヴァに任せるという証でもある。それについては事前に話がついていた。この件についてはミネヴァの顔を立てると。

 ミネヴァは口の震えを抑えるために一度歯を噛みしめて口を開く。


「彼女の名はアイシス。―――アイシス・フォン・メルクーアと言えばわかりますか?」


 どよめきが上がる。

 その名はこの場にいる多くの人間が知っているほどに有名だ。そしてそれは悪名でもある。

 メルクーアの名前、そして、貧乏姫の異名。

 確かにその名を聞けば多くの者がメルクーアの落ちこぼれと思うかもしれない。何の才も発揮できなかった無能だと。そういう面もある。だけど、多くの者は同時に知っている。それでもメルクーアなのだと。

 だから、彼女を見下し、そして同時に恐れてもいたのだ。

 ただ、彼らが知っているのはそこまでだった。仮に彼女がその眠れる才能を存分に開花させていたとしても、いまだその活躍を聞いたものはいないのだ。


「……だ、黙っていればわかるまい。これは我が国とトーラスの問題だ。わざわざガエメニに知らせなければ何も問題はない。そうだろう?」


 貴族の男のその発言に思わずミネヴァは頭を抱えそうになる。

 そんな誤魔化しが通用するわけがないのだから。

 ミネヴァはちらりと隣に目をやると、ティールは先程と変わらず、何を言うでもなく小さく頷く。好きにしていいと。

 ミネヴァはどうすべきかと考えると、一つため息をつく。


「……申し遅れました。こちら、私の婚約者ですが、ティール・フォン・メルクーアと申します」


 ミネヴァがそう告げると、ティールは一歩前に出て深く一礼する。

 それを聞いて先程声を上げた貴族は絶句する。そして左右に目をやるも、彼に目を合わせるものはなかった。

 もちろん、彼の名はこの国にも轟いている。このような場に出ることはなく、直接会ったことのあるものはいなかったため気づくものはいなかったが、言われてみればその銀白色はメルクーアのものであると誰もが納得した。

 最強の戦士、そして、自由騎士と呼ばれるメルクーア。

 彼を前にこれ以上の誤魔化しは効かない。


「……なるほどそれは理解した。だが、それで三倍とはどういうことだ?」


 皇帝は話を聞いてなるほどと頷く。だが、同時に疑問にも思う。

 シンとアイシス。二人の重要な貴族がいることはわかった。だけど二人。それでは一つ分足りない。


「それは私が仲立ちをする分です。私がガエメニと話をつけて差し上げましょう。それとも、そちらが直接出向いて頭を下げますか?」

「……」


 沈黙。

 確かに、わざわざガエメニに出向いて起こった出来事を話し、そして謝罪をする。その手間を考えたならばもう一人分くらいは払ってもいい。

 ちらりとティールに目をやる。

 彼からは何の意思も感じられない。おそらくはこの場では出すつもりはないのだろう。もとより今の話で良い印象は与えられていない。うまく話を進めるのは難しいだろう。


「わかった、それでいい。三倍だな。それで貴様に任せよう」

「感謝します、陛下。この件については私にお任せください」


 ミネヴァは深く頭を下げる。

 そして、ティールを伴い部屋を出ようとする。その瞬間。


「―――ああ、そうそう」


 ミネヴァは気安い声を発しながら振り返る。


「これは警告です」

「警告、だと?」

「上位存在に手をだすのはおやめなさい」

「……何の話だ」


 皇帝が顔をしかめると、ミネヴァは大仰にため息をつく。


「わかっていますよ。あのドラゴンゾンビ―――古竜を操っていたのはこの国の死霊術師でしょう?」

「ふん、屍とはいえ古竜ほどの存在をたかが人間が操れるものか。たとえ我が国の死霊術師といえど不可能だ」


 リオヴァルガの死霊術師、それはこの世界では最も優れているのは間違いない。屍体を操る能力もこの世界で最高だ。

 だけど、それが何にでも通用するわけではない。竜という高位の存在、その中でも極めて上位の古竜になど通用するはずもないのだ。


「そうでしょうね。完全に操ることは不可能です。ですが、簡単な暗示程度であれば問題ないはずです。―――例えば、東に進め、という程度であれば」

「……それで?」


 それは肯定だった。

 確かに、そういったことを行った。それはトーラスへ竜をけしかけるためだ。

 目的はそれによってトーラスから助けを求められ、そこで貸しを作ること。そして、あわよくばガエメニをも引っ張り出し、その上で優位に立つことだ。

 だけどそれは失敗した。トーラスだけで竜を退けたのだ。それも二度も。

 一度は退け、そして二度目で竜を倒してみせた。

 それは皇帝にとってもありえない事態だった。

 それゆえに焦ったものがいたのだろう。シンの持つ錬金術の力を恐れ、そして先走った。

 拙速の一つの要因だ。


「陛下、あなたはわかっていないのです。それがどれほど危険な行為なのか」


 古竜は上位の存在だ。人間などと比べ物にならないほど。

 だけど、あれは古竜ごときとは比べ物にならないほどはるか高みにいる生き物。あるいは同じ生き物と区分することすらおこがましいかもしれない。


「あなたのせいで真竜が出てきました。わかっていますか? 仮にあれがその気であればもはや人間が何をすることもできないのです」

「真竜……」

「あれの気分次第で人間という歴史が終わるでしょう。―――決して繰り返してはなりません。これは、警告です」


 それだけを言い放つと、ミネヴァは城を後にした。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『59.婚約』10/29 21:00投稿となります

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