56.尋問
前を歩くミネヴァ、その後ろに続きながらネリアは小さく息をつく。
その背には苛立ちがあらわになっていた。
それはいい。
苛立っているミネヴァの気持ちはわかるつもりだ。自分だって心中穏やかというわけではないのだから。
だけど、問題はその苛立ちが表れている理由だ。
それが甘えによるものであればいい。今ここにはミネヴァとネリアの二人しかいない。それゆえにネリアにその感情を見せているというのであれば特に問題はない。
だが、それが無意識によるもので、感情を抑えられていないだけというのであれば少しばかり面倒なことにもなりかねない。
ネリアは少し大きめにため息をつく。
「……ミナ様は友達がいないから……」
「……何? いきなり」
ネリアが呟くと少しだけむっとしたような声が返ってくる。
「私にだって友人くらいいるのは知っているでしょう」
少し考えただけでも思い当たる。
たとえば年の近い公爵令嬢、それから隣国であるガエメニの王女。そして、シンとアイシス。少なくとも四人もいるのだから。
その答えを聞いてネリアは呆れたようにもう一度大きくため息をつく。
「友人がいないのはリアの方でしょう」
「そんなことない。わたしは友達けっこういる」
「……どこに?」
「……騎士、聖騎士のなかま、とか」
ミネヴァは足を止めると振り返り、呆れたような視線を向ける。
「知っているのよ。彼らはあなたを友人とは思っていないわ。どちらかというと妹や娘のように可愛がられているだけでしょう?」
「そんなことない。この間もいっしょに遊びに行った」
ミネヴァはなんとも言い難い複雑な表情を浮かべると再び歩き出す。
そして、扉の前にたどり着くと気持ちを落ち着けるように一つ深呼吸する。
「入ります」
扉の前に立つ警備の兵に一瞥すると、扉を叩きミネヴァとネリアは部屋へと入る。
そこは小さな部屋。
その中に拘束されているのは一人の男。先日、シンの店を襲撃した男たちのうちの一人だ。
「顔を上げなさい」
ミネヴァがそう言うと、男は特に抵抗することもなくゆっくりと顔を上げる。
男はミネヴァから後ろにいるネリアに視線を移すと、ネリアが抱えているもので視線を止める。
ネリアが抱えるように持っているそれがなんなのか男にはわからなかった。
男ははっとして視線を戻す。
その先にいるミネヴァは冷たい目で男をじっと観察していた。
その目の恐ろしさに男はとっさに目を逸らしてしまう。
「―――気になりますか?」
男はびくりと体を震わせると、もう一度ミネヴァの目を覗く。
男が黙っているとミネヴァはふっと僅かにだけ口元を歪ませて笑みを浮かべる。
「では尋ねます。あなたの名前は?」
「……アルカン」
男が答えると、ミネヴァは振り返る。そして、ネリアの目を見つめると小さく頷く。
「そう」
そして一言だけ発する。
「あなたの出身は?」
「……生まれはアキーラの街だ」
「アキーラ、ですか。ということはこの国の人間だと?」
「そうだ」
ミネヴァはもう一度振り返る。そして先程と同じような仕草を見せると先程と同じように一言だけ口にする。
そのミネヴァの動作と声音にえも言われぬ不気味さを感じ、男は軽く身を震わせる。
「ではこの剣は?」
ミネヴァが男の眼前に一本の剣を差し出す。
それは男が持っていた剣だ。
「どこで手に入れたものですか?」
「……アキーラで買った」
「なるほど」
そしてミネヴァはネリアの方に振り返る。そして同じことを繰り返す。
だが、今度はミネヴァは質問を続けなかった。
「はぁ。……嘘をついてもいいことはないと思いますが」
「嘘なんか」
「名前も、出身地も、剣の話も……全て嘘でしょう?」
男はぎょっと身をすくめる。
その言葉には確信が感じられた。男が嘘を言っているかもしれないという雰囲気ではなく、全てを知っているかのように聞こえた。
「―――なぜわかるのか、と思いましたか?」
それもそのとおりだった。
ミネヴァはまるで嘲笑うかのように口元を歪める。
「気になっていたのでしょう? 彼女が持っているものが。……これはあなたの嘘を見抜く魔道具です」
「そ、そんなもの」
「聞いたことがない、ですか?」
そう続けられて男は口をつぐむ。
そんな魔道具があるなどという話は聞いたことがない。だけど、男は魔道具の専門家ではない。絶対にないとも言い切れないのだ。
それに、眼前の王女はまるで全てを見透かしたかのようにじっと見つめている。実際に嘘だということは見抜かれているのだろう。であるならば本当にそうである可能性もある。
「では尋ねます。あなたはシン……彼を殺すつもりでしたか?」
「……ああ、そうだ」
ミネヴァは振り返ると、今度はなるほどと頷いた。
そして、男を見つめるとにやりと嗤う。
「誰の命令ですか?」
「それは……わからない」
それは本当だ。
実際に男に対してそれを命じた者はいるが、ミネヴァが聞いているのはそんなことではない。もっと上、それを決めた者が誰かと尋ねているのだ。
それについて男は知らない。おそらくはそれなりに身分の高いもの、貴族などであろうが、男の立場でそれを確かめるすべはない。
あるいは、それよりももっと上かもしれない。
「皇帝、ですか?」
男は息を呑む。
ミネヴァの言葉が正しいからではない。実際にそれが皇帝の命である可能性はある。だけど、何と尋ねられようが男は知らないのだから。
だけど、その質問は、男がリオヴァルガ帝国の人間であることを確信していることを意味する。
「帝国の、それも南部の訛があります。……ほんの僅かに、ですが」
「ばかなっ!」
ありえない。
確かに男は帝都から遠く南部の出身だ。ひょっとすると、訛もあるのかもしれない。だけど、そんなこと今まで一度も言われたことはない。おそらくは帝国内の人間ですらわからないはずだ。あったとしてもほんの僅かだろう。
それを他国の人間が聞き分けられるはずはない。
「ですが、実際そうなのですからしょうがないでしょう?」
ミネヴァは肩を竦める。呆れたように。
そして、視線を慌ただしく彷徨わせる男を見てミネヴァは薄く嗤う。
「ふふ、というのは冗談です。ああ、彼女が持っているこれですが、実は嘘を暴く魔道具などではありません」
「な、なんだと」
「そんなものはありませんよ。少なくとも私は知りません」
ネリアが両手で抱えているそれはアイシスが創った錬金道具だ。ただ、それはたいしたものではない。シンが半分遊びで考えた試作品のようなものだ。
それは、相手の思考を少しだけ混乱させる程度の効果しかない。僅かに平静を奪う、それだけのものだ。
ミネヴァも別に男の嘘を見抜いたというわけではない。
訛を聞いてというのは完全に嘘ということでもないが、この男たちが帝国の人間だとシンとアイシスから聞いて最初から知っていただけのことだ。そうと知っていれば、あらかじめそこを意識していればかろうじてではあるが、聞き分けることは不可能ではない。
もちろん、万能姫とうたわれるミネヴァの器用さあってのものだが。
だけどそれはシンとアイシスのおかげなのだ。
特に、男が持っていた剣は帝国製のものだとシンとアイシスには明らかにわかるものだった。
それは剣を構成する材質に特殊な鉱石である星鉱の比率が関係している。星鉱はそれほど頑丈ではないが魔力の伝達に優れており、剣に限らず様々なものに使われる。
そしてその比率は地域によって異なっている。
だからアイシスはその剣の比率と、その造形から帝国南部で製造されたものだと見抜いたのだ。
「さて、話は変わりますが、あなたはこれからどうなるか理解していますか?」
「……」
「はい、もちろん死罪です。他国の貴族を殺そうとしたのですから当然ですね」
男は顔を歪める。苦虫を噛み潰したように。
そうでないことは願っていた。だけどそうなることを思い浮かべるのはとても簡単なことだった。
そんな男を嘲笑うようにミネヴァは続ける。
「まさか、それだけで済むと思っているのですか?」
「なん、だと?」
「それに加えてあなたの家族、それらについても処刑させていただきます」
「か、家族は関係ないだろう!」
ミネヴァは男の怒号を顔色一つ変えることなく受け流す。
そして、冷たい視線を向けながら呆れたように息をつく。
「当たり前でしょう。あなたは私の大切な友人を殺そうとしたのです。ですから私もあなたの大切な方を殺します」
「なっ……」
絶句する。まるでそれが自然なことだと諭すかのように平然と言っているのだ。
本当にそんなことができるのか。そんなこと頭に浮かびすらしなかった。ミネヴァの目はただやると言っているだけなのだから。
「そもそも、私が何をするでもなく、あなたの家族は無事では済みませんよ?」
「そんなはずはないだろう!」
「はぁ……。では尋ねますが、あなたの家は裕福ですか?」
「……普通だ」
「そう言い切ってしまえるということはそれなりに余裕があるのでしょうね。近隣と比較しても」
それはそうかもしれない。
決して裕福な家ではない。だけど食うに困るようなことはなかった。お金がなくて不便をすることもあまりなかった。
考えてみれば周囲よりは恵まれていたのかもしれない。
だけど、それがなんなのだろう。
「わかりませんか? その恵まれた環境は犯罪で得たお金で成り立っていたことになるのですよ?」
「そんなはずはない。それとこれとは関係ない」
「ですが周りはそうは思いません。あなたはただの卑劣な犯罪者なのですから。周りの人間は思うでしょうね。あいつらは誰かを殺して得た金で裕福な暮らしをしていたのだと。……そして、妬むでしょう」
この件で知れ渡るだろう。男が犯罪者であることが。それも、ただの犯罪ではない。殺人という重い罪だ。
男はその家に戻ることはない。だから、その視線は家族に注がれる。犯罪者の家族だと。それだけではない。最悪の場合直接的な力で虐げられることすらあるかもしれない。
もはや、これまでのような暮らしをすることはできないだろう。
「それにしても、無謀ですね。たった四人で彼を殺そうなどと」
男は眉を顰める。
突然に話が切り替わったように思えたからだ。
「彼が錬金術士だということを知らなかったのですか?」
錬金術師と錬金術士。
そこを意識している者はほとんどいないが、シンはその二つを明確に区別していた。
そもそも錬金術師というのは学者のようなものだ。自らの工房に引きこもり研究を続ける。そしてその真髄に至ることを目指す。それが錬金術師だ。
だけど錬金術士は違う。それだけではない。
採り、創り、使う。それが錬金術士だ。つまり、錬金術士には戦う力があるのだ。
シンは自分を弱いと評していたが、ミネヴァから見ても彼の力はとてもその程度とは思えない。身体能力こそは低くとも、彼ほど的確に錬金道具を使いこなすものはいないだろう。
「ネリアなら勝てるかしら?」
「無理です。一人でなんとかなる相手ではありません」
「聞きましたか? 我が国最強の聖騎士であるネリア・マル・アルエスですら勝つことはできないのです。……ご存知ありませんでしたか?」
男は知らない。
標的は錬金術を使う貴族だと聞いていた。シンたちが竜との戦闘現場にいたことは知っているものの、そこでどのようなことをしたかまでは聞いていないのだ。
せいぜい、錬金術による道具を運んできた程度だろうと考えていた。
「所詮は捨て駒、そこまで丁寧に教えるほどのことではなかったのでしょうね。……つまり、助けてもらえるなどと甘い考えは捨てた方がよろしいかと」
ああ、そういうことかと納得する。
自分も家族も助けてもらえることはない。当然に切り捨てられる存在だ。
「―――ですが、私であれば力になることができますよ」
甘い囁き、だけど、男にはそれにすがることしかできない。
それを理解したのか、ミネヴァはにこりと優しく微笑む。
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