55.襲撃
「……結局意味ってあるの?」
貴族となったシン、それがどういうことなのか説明を受けた後にミリカはぽつりと漏らす。
話を聞く限り貴族の位をもらったはいいもののそれはほとんど役に立たないものだ。それを使って何ができるわけでもないのだから。
シンとアイシスは目を合わせるとお互い苦笑する。
「正直、意味はあんまりない。たぶん。だけど、まぁ、なんていうか偉い方々の都合とかもあってな」
前回の件、ミネヴァの母であるアスナを治療したことも含めて、さらに今回シンが上げた戦果を鑑みるに、それは極めて大きな功績だとみなされた。
仮に、それをお金や財宝、その他の物として受け取るのであればかなりのものになる。それはシンが遠慮してしまうには十分だった、
一言で言ってしまえば、シンはそんなものほしくないのだ。
そういった部分に折り合いをつけるべく、ミネヴァの提案で名誉という形でシンに褒賞を与えるという形に落ち着いたのだ。
当たり前のことであるが、国としては何も与えないというわけにはいかないのだから。
「爵位だけならほとんどお金はかかりませんからね」
「そういうことだ。俺も特に何もいらないし、国からしても何の損失にもならない。……姫さんも言ってたしな。財政面で厳しくなってきてるって」
「……ふーん、そんなもんか」
ミリカとしては微妙に納得できないところであるが、みんながいいのであればそれでいいかと頷く。
部外者である自分が口を挟むのも違うというのは理解している。
その後、しばらく他愛のない話をすると、やがて二人は店を出ようと立ち上がる。
「ああ、ちょっと待ってて」
その二人をシンは引き止める。
そして、店の奥へとしばらく引っ込むと、そこからいくつかの素材を手に戻ってきた。
「……これは?」
「アイシスももうだいぶ実力がついたと思うからね。このくらい高品質なものも余裕を持って扱えるはずだ」
古竜との戦いのために、シンとアイシスは様々な準備に取り組んできた。
ミリカから受け取った聖なる実から大量に薬を創ったこともそうであるし、古竜の竜鱗を打ち破るほどの高性能の道具を創ったこともそうだ。
その経験によってアイシスの実力はさらなる高みへと到達しているというのは間違いない。
それはもちろん、常に共にあったシンも同じではあるが。
そのシンの今の力で創ったものであっても、アイシスであれば扱い切れるはずだ。
「ありがとう。確かにすごいね。……これをきちんと扱えるようになればもっと腕も上がると思う」
シンから渡されたそれをアイシスは嬉しそうに眺める。その質もさることながら、シンにそこまで認められている事実も嬉しかったのだ。
そんな二人をミリカは怪訝そうに見ていた。
「何か気になるのか?」
「いや、気になるってわけじゃないんだけど。……アイシスの錬金術ってすごいよね? これ以上の実力って必要なの?」
もちろん、ミリカだって実力をつけることが無駄だと思っているわけではない。
だけど、ミリカの目から見てもアイシスの店に並んでいる商品は極めて高品質だ。しかも、それは一般の客に売るためのもので、アイシスの全力で創られたものではない。特別な目的や必要のある客のためにさらに優れた商品を用意することもできると言っている。
ミリカにはこれ以上、というのがいまいち想像できないのだ。
そして何を、どこを目指しているのか。
「……とりあえず、アイシスの目標としているのは賢者の石を創ることだ」
「賢者の石? ……ってなに?」
「賢者の石というのは錬金術の究極の到達点、だと言われているものです。おとぎ話や伝説、神話に出てくる類のものですが」
その言葉にミリカは眉を顰める。あまりにも突飛な話であってミリカの中ですんなり頷くことはできなかった。
それに、そんなものが本当にできるのかと。
シンはふっと軽く笑う。
「錬金術に創れないものはない」
ミリカは呆れたように大きくため息をつく。
だが、アイシスの表情を窺う限り、あながちシンが言っているだけでもなさそうだった。アイシスにも自信があるように見えた。
「今すぐに、というのは無理ですね。いつかそこまでたどり着ければ、という話です。……ですが、いつかはたどり着くつもりです」
「それはすごい、んだろうね。よくわからないけどそれはわかるよ。……で、賢者の石って何ができるの?」
それも当然の疑問だった。
だけど、賢者の石というものは何か一つの特定を効果を持ったものではない。
「それを使って錬金術を行えば本当になんでも創れるのさ」
「たとえば、不老不死の秘宝。たとえば、あらゆる病を治す万能の霊薬。それから……」
そこで迷うようにアイシスは口ごもる。
「それから、世界を滅ぼすような破壊の兵器、とかな」
その先をシンが引き継ぐ。
ミリカは口元を引き攣らせながら苦笑する。
「……まぁ、とんでもないものだってのはわかったよ」
ちらりとアイシスの方を窺う。
先ほどまでは自信がありそうだったのに、今ではその凄まじい力にどこか気後れしているようにも見える。
そのちぐはぐさがなんとなく好ましく感じて、ミリカは笑みを浮かべた。
「―――っ!」
そのときだった。ぴくりとミリカが反応する。
「すごいな。そこまで感じ取れるのか」
険しい表情を浮かべて眉根を寄せるミリカを見て、シンは感心したように息をつく。
この店には一種の結界のようなものが張られている。それによってシンは来客を察知することができるのだ。そして、同じくアイシスも。
だけどミリカはそれを感覚だけで察知した。
それはシンにはとてもではないができない技能だ。
そんなミリカの様子に、もう一人でどこにでも行ける冒険者なのだなと少しばかりの感傷に浸る。
そして、店の入口へと目を向ける。
静かに扉が開かれると、そこから入ってきたのは四人の男たち。どこにでもあるありふれた衣服を身にまとってはいるものの、その目はものものしい気配を放っていた。それこそ、シンですら読み取れるほどに。
「いらっしゃい」
シンはまるで何も感じていないかのように平然と声をかける。いつもどおり客にそうするように。
相手がまともではないことはわかっているが、その目的はわからない。それを探るためでもある。
男たちはふらふらとしばらく広い店内をさまよう。並んだ商品にときおり驚いた様子を見せたと思えば納得したような表情も浮かべていた。
やがて、そのうちの一人が入口の手前に逃げ道を塞ぐように陣取ると、三人は散開し剣を抜く。
それをシンは訝しげな視線で確かめる。
その動きに違和感があった。
なんとなく、彼らの目的が自分だけではないようにも見える。もちろん、自分だけであれば心当たりがあるというわけではないが、相手の狙いが読めないのだ。
注意を逸らさないようにしながらちらりとミリカに視線を向ける。
「ミリカさん」
「……え?」
シンの呼びかけにミリカは驚いたように目を丸くする。
「ミリカさんほどの魔道士が相手をする必要はありません。下がっていてください」
「……え? え?」
シンの豹変にミリカはただ驚くことしかできなかった。
だけど、それで十分だった。
男たちはミリカの魔法を警戒するように自身の魔力を高めた。魔法で攻撃された際の抵抗力を高めるためだ。
そこでシンは確信した。男たちはミリカのことを何も知らないのだと。何しろミリカは長剣を持っているのだから。
シンは少しだけ立ち位置をずらすと、アイシスをかばうように男たちの視線を遮る。
その動きに応じるように男たちも立ち位置をずらす。
それはつまり、彼らの標的はシンとアイシスだということを意味する。
合図はなかった。
突然、男の一人がシンに向けて突進すると剣を振り下ろす。
だが、その剣は届かない。硬い音によって阻まれていた。
それはシンが錬金道具にとって展開した障壁。不意をついたはずの一撃は障壁を破ることもできず完璧に防がれていた。
「ティール並の力と技がなきゃ破れないぞ」
シンは即座に杖を取り出すと、状況が飲み込めず驚愕に目を見開く男の腹部に突きつける。そして、そこから強烈な魔力弾を放出する。
「がぁっ!」
「……特に、この場所では、な」
男は吹き飛ばされ壁に叩きつけられるとよろよろと立ち上がる。そして、入口を固めていた男と入れ替わるように立ち位置を変更する。
戦闘不能にはなっていない。弱い相手だとはシンも思っていない。おそらくそれぞれの力量はミリカを上回るだろう。それほど戦い慣れていないシンにとって容易い相手ではない。
そのとき、男のうちの一人が棚に手を伸ばす。手に取ったのは魔道石のようなもの。発動すれば内包している魔力を放射するというどこにでもある道具だ。ただ、これは魔道具ではなくシンが創った錬金道具だ。
男がそれを手にした理由はシンの障壁を破るためだ。その石に桁外れの魔力が込められていることはひと目でわかったため、その力をもってすればシンの障壁を破れると考えたのだ。
「―――残念、偽物だよ」
投げつけられたその石はシンの障壁の前にばらばらに崩れ去る。
シンの創ったそれは魔力こそ多いものの何の効果もなくただ見た目が優れているだけの脆い石にすぎないのだ。
驚きながら男はもう一度同じことを繰り返すも、同じ結果になるだけだった。
それを見たシンも、近くにあった別の錬金道具を投げつける。
男はその道具に込められた強大な魔力を察知し、全力でそれを弾き飛ばす。だが、そこに手応えはない。軽い硝子のように簡単に砕け散った。
「それも偽物だよ」
にやりと笑いシンは言い放つ。
そして、その隣にある錬金道具をもう一度投げつける。
男はさすがに理解する。ここにあるのは単に見た目が優れているだけだと。脅威に見えこそするがなんの力も持っていないのだと。
だけど、結果は同じにはならなかった。油断もあった男は錬金道具が放つ魔力の爆発により吹き飛ばされる。
「そしてこれは、本物だ」
シンはわざとらしくにやにやと笑う。意識を失い倒れた男を見下すように。
「動揺しているのを見るに俺が戦えないと思っていたのかな。情報が足りなかったな。―――俺は錬金術士だぞ」
そのように振る舞ったという面もある。
実際、竜退治に出向いたときには優れているのは道具であり自分は全く戦えないかのように口にもしていた。
だけど、知っている者は知っている。シンがある程度の戦闘をこなせるということを。
にもかかわらず彼らはそれを知らないようだった。ただ錬金術で物を創って売るだけの商人だと思っていたのだろう。
それを証明するかのように男たちは警戒し、慎重に間合いを測っていた。
シンは男たちに目を向けたまま気付かれないようにアイシスに後ろ手に合図を送ると、懐から錬金道具を取り出し宙に放り投げる。
一拍置いてそれは空中で凄まじい閃光を放つ。
アイシスはその目眩ましの光と同時に錬金道具を発動させる。
やがて、その光が消えた後に残されたのは何も見えない完全な闇だった。アイシスの錬金道具によりこの領域は闇に包まれ、あらゆる光が消え去っていた。
「どこだ! ……これは……?」
男の一人が怒号を放つが、すぐに違和感に戸惑う。
自分の発した声があらぬ方向から聞こえたのだ。
「そう、視覚だけじゃない。聴覚も混乱しているだろう?」
どこからかシンの声が男たちの耳に響く。それはすぐ隣から聞こえたかと思えば、次の瞬間にははるか遠くのようにも思えた。
「今だミリカ! 魔法を放て!」
「……え?」
突然声をかけられたミリカは呆然としてただぽかんとすることしかできなかった。そもそもミリカは魔法など使えないのだから。
だけど男たちにとっては違う。ミリカは魔道士であり魔法が放たれたならばそれから身を守る必要があるのだ。
「ぐあぁ!」
くぐもった悲鳴。
そしてどさりと崩れ落ちる音。
「嘘だよ。だけどそんなに魔力を見せちゃ居場所はばればれだ」
ミリカから放たれる魔法を警戒して身を守ろうと魔力を高めた男を闇に乗じてシンが倒したのだ。
視覚も聴覚も効かないが、だからといって居場所を見つける方法がないわけではないのだ。こういう錬金道具を創った以上、その中で戦えるようにするのは当然のことなのだから。
そこからは膠着が続いた。
反応をすれば居場所がばれてしまう以上、一先ずは身を守り、息を潜めて反撃の機会を窺うべきだと男たちは考えたのだ。
この闇の効果は永遠に続くはずはない。きっと、これが消えたときに反撃の機会は訪れるはずだと。
もちろん、シンにとってはそれも予想の範囲内だった。
そうしてしばしの沈黙が流れた後、シンが口を開く。
「……アイシス、もういいぞ」
「うん」
シンの言葉に応じてアイシスが錬金道具を解除する。
そこには倒れ伏した四人の男たちがいるだけだった。
「な、なにが……」
男は震える体からか細い声を漏らしていた。何が起こったのかもわからないまま。
「痺れ薬だよ。近くの店で売ってる普通の薬だ」
「ありえ、ない……」
それなりに強力な薬であることは理解できる。だけどありえない。そういった毒物などにある程度の耐性を持っている男たちに通用するような薬ともなれば使われていることをわからないわけがない。
そういったものは通常の場合、強烈な匂いなどを伴うものなのだから。
「あれは嘘だ。視覚と聴覚、それから実は嗅覚も狂っていたんだよ。……だから気付くことができなかった」
シンは大きくため息をつく。
もちろん、シンたちに被害はない。そのくらいの対策はしている。直接的な問題はなにもない。
それでも、しばらくは店内から強い匂いが消えないだろうから。
「アトリエってのは錬金術士の城だ。たった四人で攻め落とせるとは甘く見られたものだな……」
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