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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第五章 『虚飾の錬金術士』
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54.爵位

第五章『虚飾の錬金術士』

 戦いは終わり、それぞれが元の生活へと戻っていった。

 シンやアイシスもまた、これまでと同じように平和な日々を過ごしていた。

 店の奥で一人作業を続けていたシンはふと来客に気づき顔を上げた。


「……ああ、誰かと思ったらアイシス、とミリカか。久しぶりだな」


 意外な組み合わせにシンは驚いたような表情を浮かべる。

 ここのところミリカの顔を見ることはなかったが、以前からミリカは暇なときにシンの店に遊びに来ることはそれなりにあった。だからこうしてシンのところに来たというのはおかしくはない。だけど、ミリカはあまりアイシスの店には寄り付かない。ミリカが言うにはまともに商売をしているところに遊びにいくのはあまりよろしくないとのことだが、実際のところがどうなのかはシンにもわからない。

 このシンの店とは違い、立地も商品も良いアイシスの店はいつもそれなりの客で賑わっているのだから、そういう面もあるのは間違いないだろう。

 そのため、こうして二人が同時にシンのところにいるということはあまり機会が多かったわけでもない。そして、二人が共に訪れたのはこれが初めてだった。

 それも、たまたま出くわしたというわけでもなさそうだった。


「あーちょっとね。アイシスの店で色々買い物してたんだ」

「……買い物? 珍しいな」

「うん、少し遠出をしてみようと思ってね。……やっぱりせっかく冒険者なんだから冒険したいなって。最近はそのための準備をしてて」

「へぇ。それはなんというか……よかった、でいいのかな?」


 ミリカは狩人の生まれであり森の専門家だ。だけど、この街の付近には森が多いというわけでもない。少ないということもないが、どうしてもそれだけでは活動範囲が限られている。

 ミリカがそれをどうにかしたいと思っていることはシンも知っていたが、想像していたよりも行動が早いことでそれをどう受け止めていいか少し迷ってしまった。

 そんなシンの考えを読み取ったのか、ミリカは笑みを浮かべる。


「別に焦ってるわけじゃないよ。無茶しようとは思わないし。だからこうしてきちんと準備を整えてるの」

「なるほど、まぁいいんじゃないか。アイシスの創ったものなら品質としては十分だろうし」


 ちらりとシンはアイシスに視線を送る。

 アイシスはこくりと頷く。


「それでね、シンにも相談したいと思って。ミリカさんに渡すものはこのくらいでいいか。他にどんなものを用意しておけばいいか」

「そういうことか。……俺にできる範囲であれば助言はするよ」


 シンはアイシスがどのようなものをミリカに調達したのかを確認する。

 正直に言うと難しいところではある。

 シンにとってミリカは大切な友人であり、その無事を願うのは心からのことだ。だからできる限り良いものを持ってもらいたいと思っている。だけど、その反面、ミリカの身に余るものを持たせるべきではないとも思っている。

 その辺りの釣り合いをうまく取らなければならない。過度な力はその身を危険に晒すことになりかねないのだから。

 話を聞いたシンはアイシスの考えていることで概ね問題ないと判断したが、それに加えて不足していると思われる部分についていくらか提案した。

 それについて二人は言葉を交わし、納得ができるように話し合った。


「―――ああ、ちょうどいい。そういえば俺も二人に相談があったんだ」


 話が一段落ついたところでシンは思い出したように言うと、店の奥へと向かう。先程までシンが作業をしていたところに。

 すぐに戻ってきたシンの手の中には一つの人形があった。


「それは?」

「これは孤児院の子への贈り物。……男の子のほうは俺でもなんとなくはわかるんだけど、女の子の方はな。そろそろ思いつくものもなくなってきてどうしたものかと悩んでいたところなんだ」

「それで……人形?」


 アイシスは不思議そうに首を傾げる。

 シンが何を悩んでいるのかわからないからだ。

 女の子のために人形をあげる。それはいいことだと思う。アイシス自身、一般的な女の子として普通に育ってきたわけではない自覚はある。だから多少の感性のずれがあることも理解している。だけど、それを差し置いても女の子への贈り物としては十分だと思う。

 見た目もシンにしては可愛らしく、十分に喜んでもらえるものだと思う。

 だけど、人形自体はこれまでも何度か贈っていたはずだ。これまでとどう違うのだろう。


「これはな、着せ替え人形にしようと思っているんだ」

「着せ替え、人形……?」


 聞いたことのない言葉にアイシスはミリカの方を窺う。自分は知らなくともミリカであれば知っているかもしれないと思ったからだ。

 だけど、ミリカも首を横に振っていた。


「やっぱりないのか。……まぁそれはいいんだが、その着せ替える服について相談したいんだ。俺じゃどうしてもその辺りがわからなくてね」


 女の子がどんな服を好むのか、そもそも、女性用の服にどんなものがあるのか、それはシンには縁遠いもので、どうしたらいいものか、どうすれば子供が喜ぶものかと困っていたのだ。

 そう言われて納得したのか、二人はなるほどと頷く。


「……でも、どうだろう。私もあまり詳しいわけじゃないから。そういったことはミリカさんの方が詳しいのではないですか?」

「え? 私? ……うーんどうなんだろう。ある程度はわかるけど、アイシスちゃんの方がよくわかるんじゃないかな?」

「え? そうでしょうか?」

「うん。なんていうか庶民的な服とかはそりゃ私の方が詳しいと思うよ。でもやっぱり女の子って上品で綺麗な服とかに憧れがあるもんだからね」

「……そういうものなのでしょうか?」


 アイシスとしてはよくわからなかったが、ミリカが言うのであればそうなのだろうと納得する。


「そういうことだったら私もシンを手伝えるかな。後でそういう服屋を覗いてみるのもいいと思う」

「そうだな。一緒に来てくれると助かるよ。俺一人ではさすがに入りづらいからな」

「そうなの? シンもそういうこと気にするんだ?」

「……そりゃそうさ。俺を何だと思ってんだ」


 意外そうに尋ねるミリカに対してシンは不服そうに答える。


「気にしなくていいと思うけどね。だいたい男だって普通にいるよ? 妻や恋人への贈り物用とかに買いに来るって店員さんだってわかってるし。……あれ?」


 そこまで言ってミリカは目を細める。

 どこに思うところがあったのかとシンは訝しげな視線を送るが、ミリカはそれを咎めるようにシンをぎろりと睨む。


「ってことはシンはアイシスに何か買ってあげたりとかしてないの?」

「言ったろ? 俺はそういうのよくわからないって。……それに、アイシスは十分にお金だって稼いでるんだからわざわざ俺が余計なことしなくても」

「……はぁ」


 ミリカは呆れたように大げさにため息をつく。

 アイシスは気にしていませんからだいじょうぶですよ、とそんなミリカを宥めるように笑みを浮かべる。


「まぁ、アイシスちゃんがいいならいいんだけど。……はぁ」


 ミリカはもう一度大きくため息をつく。


「そうそう、上品で思い出した。……シン、貴族になったんだって?」

「……まぁな」


 不服そうに眉を顰めるシンにミリカは不思議そうに首を傾げる。


「嬉しくないの?」

「嬉しくは……ないかな。嬉しい嬉しくないというよりも、正直よくわかってないってのが本音かな」

「ふーん、なんだっけ。準爵だったっけ? ……私は聞いたことないけどなんなのそれ?」

「それは……」


 尋ねられたシンは困ったようにアイシスの方を見て助けを求める。

 貴族の、爵位の実情などシンにはわからないのだから。

 アイシスは苦笑しながら答える。


「準爵というのは極めて特異な爵位のようですね。文字どおり爵位に準ずる、といったところで体系として組み込まれているものではないようです。現在にはシン以外にはいないようですし、私も歴史書の類でしか見たことはありません」

「歴史書……」


 思いもよらない言葉にシンとミリカは顔をしかめる。とてもじゃないけどそのようなものを読めるとも思えない。考えるだけで気が重くなる。


「それってどのくらいの権力があるの?」

「一言で言うなら何の権利もありませんね」

「……え? どういうこと?」


 それは当然の疑問でもある。

 アイシスはどう答えたものかとしばらく考え込むと結論から述べる。


「準爵に……というよりもシンに与えられたのは言うなれば対等権だけ、ですね」

「対等権ってなに?」

「これも言葉どおりで、他の爵位と対等に扱われるというものです。簡単に言うと他の貴族からの命令を聞く必要がないというわけです。……あるいは拒否権と言う方がわかりやすいでしょうか」

「拒否……それだけ?」


 拍子抜けしたようにミリカは目を細める。

 貴族と聞いていたからそれなりのものがあるのだと思っていた。別にシンが得た権利について恩恵を受けようなどと考えていたわけでもないが、なんとなくその響きにわくわくしたものを感じていたのだ。

 そんなミリカを見てアイシスはくすりと笑う。


「それだけ、ですが実はなかなかに強い力なのですよ。きっちりとした基準があるわけでもないのでそれは全てに適応されます。つまり、下位貴族だけでなく侯爵や公爵といった上位貴族の命令すら拒否することができるのですから」

「へー、それはすごい……のかな?」

「……建前上はな」


 シンが横から口を挟むと、アイシスはばつが悪そうに苦笑する。


「……そうだね。建前上は。実際問題として本当にそこまで上位の方々の言葉を無視できるかというと難しいところかも」

「そっかー、そううまくはいかないよね」


 ミリカは残念そうにため息をつく。


「ですけど、そう心配することもないでしょうね。なにせシンは王女様とも親交が深いですし、なにより王女様にとってシンは大切な恩人ですから。わざわざ王女様に睨まれるようなことをする方は少ないでしょう」


 実際にミネヴァの力というのは小さくない。

 形式的な力でいえば第三王女にすぎないミネヴァが持つ力はたかが知れている。例えば対外関係でいえばおよそそのままが適応され、その程度の存在でしかない。

 ただ、国内においてはその限りではない。

 財政についても軍事においてもミネヴァはかなりの知識もあり、それらのかなり深い情報を握っている。

 特に軍事においてはこの国の武力の要であるネリアがミネヴァの右腕であるというのも大きい。あるいはこの国の最高権力者はミネヴァだとすら考えるものもいるかもしれない。

 賢い者であればそのミネヴァを敵に回すようなことはなるべく避けたいところだろう。

 逆に、そういった知識のない者たちには軽んじられることもある難しい立ち位置なのだ。


「ふーん、あのお姫様すごいんだね……」


 あの日出会った王女を思い出しながらミリカは呟く。

 確かに存在感というか威圧感のようなものはかなり強かったようにも感じた。


「で、シンは名前はどうするの?」

「……どうするって何が?」

「もらったんでしょ? 貴族になったときに。これからはそっちを名乗るの?」


 何の話だと言わんばかりに眉を顰めたシンだったが、ミリカにそう言われて納得したように頷く。


「別に普段は名乗る必要はないらしい。俺の好きにすればいいってさ。だから俺はこれからもただのシンでいい」

「ふーん、そうなんだ。……敬語使おうか?」


 にやにやしながらそう言うミリカにうんざりしたようにシンは大きくため息をついた。


「……勘弁してくれ」


 アイシスはにこにこと笑っていた。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『55.襲撃』10/25 21:00投稿となります

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