53.死
戦いは終わった。
その場にいた誰もがそう思ったがすぐには動くことはできなかった。
勝ったと思ったのは先程だってそうだ。なのに想定外の事態が起こり混乱を来すことになったのだから。
だから、慎重を期した。それは間違いない。だけど、それだけでもなかった。
なにか。
得体の知れないなにかを感じていたのだ。
油断している者はいなかった。確かに、全く気が緩まなかったと言えば嘘になる。それでも緊張感を保ったまま竜から注意を逸らしてはいなかった。
なのに、誰の目にもそれは見えていなかった。
気が付いたときにはそれはいた。倒れ伏した竜の隣、そこに何の気配もなくもう一体の竜が佇んでいた。
視界に入れて初めて気付く。その威容に。それが纏う異様な気配に。
大きさは古竜とさほど変わらない。あるいは一回り程度大きいのかもしれないが、人間の目から見てそれはたいした差にはならない。そのはずだった。だけど、そうは感じられなかった。あるいは桁外れに大きいとさえ感じられた。
本当はわかっていた。多くのものがその可能性には思い当たっていた。だけどそれを考えないようにしてきた。考えたくなかった。
どうして、古竜が死んだのか。
事故や病気、あるいは寿命か。そんな風に誤魔化すことさえできない。だからずっと目を逸らしてきた。
なにが、古竜を殺したのか。
それはつまり、古竜よりも強いものが存在することを意味する。戦いのさなかにも気にはなっていた。古竜の胸元に奔る歪な切り裂き傷。おそらくは古竜の命を奪ったであろうその傷は、戦闘でついたものに見えた。
古竜は何かと戦い、そして敗れて死んだのだ。
その何かが今ここにある。
おとぎ話にのみ語られる存在。
古竜が神に近しい存在であると言われるなら、これは神の一部、あるいは神そのものとさえ言われる存在だ。
「―――真竜」
誰かが呆然と呟く。
その場にいる全員が理解していた。この真竜が纏う死の気配に。もしもこれがその気になれば一人も生き残ることはできないだろう。戦ってどうにかなる、もはやその領域の存在ではないのだ。
真竜はただ、静かに佇んでいた。それが何を思うのか、誰にもわからない。真竜にとってこの古竜がどういう存在なのか。それと戦っていた人間をどう見るのか。
できることはただその裁定を待つことだけだ。
アイシスは密かに隣に視線を向ける。兄がどんな反応をしているのかが気になったからだ。だけど、意外というべきか、ティールは真竜にたいしてほとんど興味を抱いていないようだった。ティールにとって真竜は戦う対象ではないということなのだろう。そして、なんら敵意を感じていないということだ。
真竜はゆっくりと視線を動かす。この場の全てを把握するかのように。そして、一点で止まる。
シンのところで。
その瞳はまるで何かを探っているようにも見えた。
一方のシンはその視線に何か感じるところがあったのか、不思議な表情を浮かべていた。まるで昔のことを思い出すような。
やがて何かに納得したのか、真竜は古竜の亡骸に目を移す。その瞳が眩く輝くと、次の瞬間には古竜は光の粒子となり消え去った。
そして、真竜がその腕を一振りすると、空間に大きな裂け目が現れる。その裂け目の中に消えていくと、その場にはまるで最初から何もなかったかのような沈黙だけが残された。
すぐには動けなかった。何が起こったのかその現実を飲み込むことにしばしの時間が必要だった。それでも、結局これが何だったのかはわからなかった。真竜が何のために現れたのか、古竜とはどういう関わりがあったのか。
疑念を抱きながらも、同時に納得のいく答えが得られるわけではないということもわかっていた。誰にもわからないのだから。
それは、人知の及ぶ話ではないのだろう。
それぞれが腑に落ちないような思いを抱きながらも、ゆっくりと動き始める。晴れ渡るような清々しい気持ちを得られたわけではないが、それでも勝利という結果を収めたのは間違いないのだから。
ミネヴァは部隊を編成し直すと、凱旋のために王都へと引き返すこととした。あるいは浮ついた気持ちがなかったことが功を奏したのかもしれない。何の問題も起こることなく無事に到着することができた。
そして、その一団にシンやアイシスも同行することとなった。もともとの目的を果たせればすぐに帰るつもりであったものの、シンを欠いては竜を倒すことはできなかったことは明らかであったため、その功績を称えなければならないとして、ミネヴァがそれを願い出たのだ。
国を上げての式典にて褒賞を授与することが必要だと。
シンとしては顔をしかめざるを得ない。そこまでのことをしたとは思っていないし、あまりにも大げさすぎると。
だけど、それはミネヴァだけの考えではなく、戦場にいた騎士たちも同じ思いだったのだ。ネリアも含め騎士たちは以前にも古竜の力を見ていた。そして、その竜鱗のやっかいさは身にしみて理解していたのだ。
それをたった一人で打ち砕いてみせたシンの功績は、騎士たちから見ても偉大なものだった。称えられるべきものだと。
単にミネヴァに言われるだけであればシンも断ったかもしれないが、多くの者たちに言われてしまえばそれを無碍にすることも憚られた。
それになによりアイシスの反応が想定外だった。シンの知るアイシスは誰かのためになれることを喜びこそするものの、褒められること自体にはそれほど興味はなさそうだった。むしろいつも恥ずかしそうにしていたくらいだ。
なのに、アイシスはシンが褒賞を受けることには乗り気だった。むしろそうすることを勧めているようにも感じられた。
それがシンには違和感だった。別に悪い気がしたというほどではなかったが、アイシスが何を考えているのかいまいち掴めなかったのだ。
そういえば、と思い出す。以前にもこのようなことがあったと。
ミネヴァの母、アスナの呪いを解いたときもそうだったはずだ。シンの功績が称えられるように動いていたような気がする。
それをシンが尋ねてみても、アイシスはシンはそれだけのことをしたから、という当たり障りのない理由を述べるだけだった。
そのまま流されるようにシンは式典に参加することになった。アイシスは重要ではあるもののさほど目立った動きはしなかったためか、多少の褒美をもらうだけで終わったが、一人で竜と戦ったティールはシンと並び国王直々に褒賞を与えられることになった。
ティールは褒賞として特別な権利を申し出た。すでに地位も名誉も持っているティールにとって欲しい物は特になかったからだ。ティールが求めたのはこの国に自由に出入りする権利だ。
ある意味ではこれは格別なものと言ってもいい。他国の貴族であるティールにそこまでの権利を持たせることは常識的に考えてありえない。ただ、ティールの特殊な立ち位置と、ミネヴァの婚約者候補であるという立場から特別に許されることになったのだ。
それを聞いてさすがにシンも苦笑する。
ティールが何のためにそんな権利を求めたのか。それは単に好きなときに好きなようにアイシスに会うためだということは明らかだからだ。
そして、シンにもまた特別なものがもたらされた。
以前のこともあり、シンが何も必要としていないということはミネヴァも王も理解していた。
だけど、王としては国としても個人としてもシンに大きな恩がある。それなりのものを渡す必要がある。
結局、シンは爵位を叙爵され、一代限りの名誉貴族である準爵として命じられることとなった。
そして、貴族としての名―――シン・トーラス・マグスタという名を与えられた。
第四章『反攻の討竜戦』終
以上で第四章は終わりとなります。
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次回から第五章『虚飾の錬金術士』始まります。
次話『54.爵位』10/24 21:00投稿となります




