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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第四章 『反攻の討竜戦』
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51.援軍

 斬り落とされた首がどさりと音を立てる。

 そして、一拍置いて思い出したように竜の体がくずおれる。

 その姿を見届けてからネリアはゆっくりと振り返る。

 しばらくの間があった。まるで誰もがその現実をすぐに理解できなかったかのように。

 徐々にざわめきが広まる。

 そして、それは歓声に変わる。戦いは終わったのだと。

 その光景を目に、ネリアも安堵の息をつく。やっと終わったのだと。

 その気の緩みを責めることは誰にもできないだろう。


「―――後ろ!」


 必死ともいえる叫び声、それはアイシスのものだった。

 即座に反応したネリアは振り返り剣を構える。だけど遅い。いつの間に立ち上がったのか、竜は首をなくしたままネリアに向けて腕を振りかぶっていた。

 その鋭い爪が振り下ろされる。


「―――っ!」


 間に合わない。

 動き自体は単純だ。だけど速い。避けるには遅すぎる。剣で受け止めることもかなわない。

 だけど、そうすることしかできなかった。

 次の瞬間には訪れるであろう衝撃に身構える。

 それが訪れることはなかった。

 振り下ろされた爪は僅かにそれ、ネリアのすぐとなりに突き刺さる。

 横から割って入った男の剣のおかげでなんとか直撃は免れることができた。ただ、その大地を揺らす振動を受けてたたらを踏んで後退る。

 ネリアを背にかばうように男は竜とネリアの間に立つ。


「首を落としたくらいじゃ死なない生き物もいる。こういうやつらは核を破壊しなければならない。……まだ若いな」

「……若いのはあなたもでしょう。わたしとさほど違わないはずですが」

「その然程が大きいんだよ。俺たちのような若造にとっては、な」


 意外にも、というべきか、謙虚にも聞こえるその物言いにネリアは驚いたような表情を見せる。

 そして、すぐに切り替えると感謝を述べる。


「ありがとうございます。……来て、いただけたのですね。ミネヴァ様のためですか?」

「一応は婚約者候補だからな。困っていたら助けにくらい来るさ。それに……アイシスのこともあるしな」

「……申し訳ありません」

「別にお前が謝ることではないだろう」


 ネリアに背を向け目の前に立つ男はミネヴァの婚約者候補であるティール・フォン・メルクーア。そしてアイシスの兄でもある男だ。

 ミネヴァはあらかじめティールに連絡を取っていた。可能であるならばこの戦いに加わり力になってほしいと。そして、どうなるかはわからないが、アイシスもここに来る可能性があることも。

 それはある意味ではアイシスを戦いに巻き込んだようなものだ。そして、彼女をだしに参戦を要求したともとれる。

 そこに罪悪感はある。

 彼が妹のことを大切に想っているということはよく知っているのだから。


「それに、面白そうだとも思ってたからな。……不謹慎かもしれないが」


 それもまた本心だった。

 古竜と呼ばれる存在と戦ってみたいと。


「さて、楽しませてもらうとするか」


 先に動いたのは竜の方だった。

 そこに理由はない。ただ目の前に敵がいるからそれを排除する。ただそれだけの動きだった。今までよりもさらに単純な、まるで本能だけに突き動かされているかのような攻撃。

 すでに先程まで戦い、自身の首を落としたネリアですら目に入っていなかった。

 だが、それゆえにだろうか、その動きはさらに速度を増していた。あるいは本能すら上回っていたのかもしれない。それは自身の肉体の限界をも超えているのではないかと思われるほどだった。

 生命を持たない屍体であるからこその理外の動き。

 もはやネリアですら目で追うのがやっとだった。

 恐るべきはティールだ。その常識を超えた速度に初見で完全に反応していた。

 だが、その爪の破壊力にはついていくことはできなかった。


「……剣が」


 たった二撃、それだけでティールの剣は粉々に砕け散っていた。

 一瞬ネリアは迷う。自分の持っている聖剣を彼に渡すべきか。それは国宝ゆえに、という問題ではない。おそらくティールにはこの剣を力を引き出しきれないと思ったからだ。

 ティールは強い。ネリアよりも遥かに。それは疑うべきもない。だけど、この剣を扱えるかどうかということになると話は変わってくる。おそらく、聖なる力というものの使い方という点においてはネリアの方が上回っているはずだ。

 それでも、何も持たないよりはましなはずだと。


「―――っ?」


 そこまで考えたところで瞠目する。

 いつの間にかティールの手の中には別の剣が握られていたからだ。その動きはネリアには全く理解できなかった。どこからか剣を取り出すような素振りは見られなかった。その様子はまるで手の中から突然剣が生えてきたかのようだった。

 だがすぐにネリアの眼は気付く。ティールが身に着けている不思議な腕輪に。それは錬金道具だろう。それはつまり、アイシスが創ったものだということだ。

 そう考えれば推測はできる。仕組みこそはわからないがおそらくはそれを使って武器を即座に取り出すことができるのだろう。まさに最強の剣士とうたわれる彼にふさわしい装備だ。

 次の瞬間には再び撃ち合いが始まる。

 ティールの剣と竜の爪。激しい音を奏でながら何度も何度も斬り結ぶ。恐るべきはその威力よりもむしろ速度だった。

 ティールが一瞬で爪の死角に回り込めば、竜はまるで踊るようにくるりと身を翻しながら即座に狙いをつける。その竜の攻撃をさながら曲芸のように躱しながら、あるいはときにいなしながら、ティールは隙を見つけて竜の体に剣を斬りつける。

 そのあまりの速さに誰もが呆然と佇むことしかできなかった。ネリアですらただ眺めるのが精一杯だった。


「……なるほど、わかってきた」


 やがて、剣が再び砕け散った頃にティールは小さく呟く。

 さすがのティールといえどもここまでの相手と戦ったことはない。あまりにも規格外、はっきり言ってしまえばティールに勝ち目はない。

 そもそも、普通の剣で倒せるような生き物ではないことは最初からわかっているのだから。

 それに、ティールは特別な眼を持っていない。もちろん、一般的に見ればかなり優れた感覚を持っているものの、それは単に洞察力として優れているにすぎない。

 アイシスやシンのような物の本質を見抜くような常人とは違う見え方をするわけではないのだ。

 だから、この竜の核を見抜くことは極めて難しい。

 普段であればそういう場合でも動けなくなるほど斬り刻めばいいと考えるのだが、さすがに竜相手にそれは無理だ。

 つまり、ティールにできることは消耗戦。すべきことは竜を消耗させること、そして、この場にいる者たちに竜の動きを見せることだ。

 止めは誰かに任せればいい。

 ただ、それとは別の思惑もある。

 それは戦いを楽しみたいという気持ちだ。強い相手と戦って、そして勝つこと。それはティールにとって楽しいことなのだ。

 だが、勝つのはおよそ不可能だ。であるならばせめて一矢報いることが今のティールの目標だ。そのためにティールは戦いながら観察を続けていた。

 その場にいた者たちの中のは気付いている者もいた。ティールが竜の力に、速度に適応していることに。動きが洗練されていることもそうだが、何よりもたった二撃で砕けていたはずの剣で撃ち合えていたこともそうだ。時を追うごとに、明らかにティールは強くなっていた。

 ティールの感覚で言えば少し違う。強くなっているというよりも、追い込まれる状況の中でより自分の力を引き出せるようになっていると感じていた。


「おおぉぉおおおおおお!」


 ティールは剣を構えて気勢を上げると、竜に向けて突撃する。これまでよりも速く、これまでよりも強く、そして、これまでよりも危険に。

 振り回される爪がティールをかすめる。これまでは当たることのなかったそれにより血しぶきが舞う。致命傷だけは受けないようにしながらもティールは荒々しく剣を振るう。

 その変化に多くのものは理解ができず眉を顰めていたが、ネリアはその意味に気付いていた。ティールは竜を斬ろうとしているのだと。

 ティールは体を傷だらけにしながらさらに速度を上げる。そして、襲いかかる爪に合わせて渾身の一撃を振り下ろす。


「はぁ!」


 きん、と硬い音が鳴り響く。

 地に落ちたのは、どんな武器よりも強固なはずの竜の爪だった。

 さすがに体勢が崩れてしまったティールは竜の尾で跳ね飛ばされる。


「お兄様っ!」


 悲鳴のような声が上がるが、ティールは空中でくるりと身を捻ると綺麗に着地する。


「っつう……。大丈夫だ。負傷はない」


 血濡れのまま苦痛に顔を歪めるも、平然とそう返す。

 実際にティールの言うとおり、体を動かすのに支障のあるほどの傷を受けたわけではない。どちらかというと疲労の方が重いくらいだ。


「アイシス、お前ならもう核の位置を見抜いているだろう?」

「それは……そうですが。私の戦闘力では難しいかと思います」

「まぁそうだろうな。さて、どうしたものか」


 言いながらティールはさして困った様子も見せずにため息をつく。


「―――わたしがやる。……だから援護をお願い」


 ネリアは静かにそう告げた。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『52.勝利』10/22 21:00投稿となります

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