05.孤児院
翌日、アイシスの工房を後にしたミネヴァとネリアの二人はある孤児院を訪れていた。
それは、『本来の』目的がこの街の視察であることも理由の一つではあったが、それとは別にこの孤児院の修道女に用があったからだ。
アイシスとは違うもう一人の錬金術師、それがどこにいるのかはなかなか見つからなかった。アイシスほどには有名ではないからなのか、錬金術師の話をしてもアイシスの名前しか出てこなかったからだ。
だが、そうして様々な話をしていくうちに、その錬金術師が個人的にも修道女と親交があり、頻繁に孤児院に顔を出しているという情報を得たのだ。
「―――ごめんください」
教会の横に建てられた孤児院の施設の扉を叩く。
すぐに中から返答があり、扉が開かれる。
「はい、お待たせしまし―――」
その中から顔を出した女性の顔が固まる。
顔をひと目見ただけで、その来客が誰であるか気付いたからだ。
「し、失礼しました。……どうぞ、たいしたおもてなしはできませんが中にお入りください」
「ええ。ありがとう。お邪魔しますね」
二人は小さく一礼すると、その修道女に促されるままに応接室についていく。
「……お客様?」
その場にいたのはここの孤児院の住人である二人の少女。
「ええ、そうよ。……ええ、と、二人はお客様にお茶を用意してくれる?」
「うん、わかった」
修道女は一瞬だけ逡巡するも、二人にそう指示を出す。
この方に子供のいれたお茶を出していいものか、そう考えはしたものの、この場ではそれこそが相応しいのではないかと思い直したのだ。
二人の少女が奥へと消えていくのを見届けた後、改めて姿勢を正し、二人の客人に向き合うと深く頭を下げる。
「ご無沙汰しております」
「ええ、そうですね。こんな場所で会えるとは思ってもいませんでしたが、元気そうで何よりです」
ミネヴァにとって彼女は親しい人間ではない。これまでに何度か顔を合わせたという程度の関係であり、名前は知っているもののどのような人間かということまで把握しているわけではない。
ただ、彼女が王都から姿を消した簡単な経緯くらいは知っている。
「お家の方は……」
「そちらは……いろいろありましたが、なんとか父も母も別の場所で無事に暮らしています」
「そうですか。それは良かった、といってもよろしいのでしょうか」
「はい。私もここで平和な毎日を過ごすことができています。……ここではただのブライデとお呼びください」
「ええ、わかりました、ブライデ。……さて、早速で申し訳ないのですが―――」
挨拶を終えたミネヴァは切り出す。錬金術師を探していることを。
案の定、と言うべきか、ブライデからはアイシスの名前が出てきた。
それは単にアイシスが有名だからというだけではなく、ブライデにとってアイシスもまた知り合いだったというという理由もある。そして、アイシスが非常に有能であるということも知っていたためそちらを紹介することにしたのだ。
だから、ミネヴァは先の出来事を説明する。すでにアイシスの工房を訪れたことと、彼女には無理だと断られてしまったこと。もう一人の錬金術師がどこにいるのかを教えてほしいということを。
「うーん、シンくんですか……」
だが、ブライデは顔を曇らせる。
困っているというよりはうまく言葉が見つからないというようにも見えた。
「何か、問題が……?」
「問題、というわけではないのですが……。ご期待に添えられるかというと……。ああ、ありがとう」
そう話していると、二人の少女がお茶をいれて戻って来る。
そして、丁寧な仕草でお茶を並べると、不思議そうに尋ねる。
「シンお兄ちゃんのこと?」
「……知っているのですか?」
言ってミネヴァは思い出す。
修道女との関わりのみならず、この孤児院に出入りがあると聞いていたことを。
「シンお兄ちゃんはおもちゃやさんやってるんだよ」
「おもちゃ屋、ですか……?」
ミネヴァはどういうことかとブライデに視線を送る。錬金術師と聞いていたのにそれでは少し話が変わってくる。
ブライデはなんと答えたものかとしばらく考え込むと、やがてゆっくりと口を開く。
「おもちゃ屋、というわけではないですね。……どちらかと言うと、雑貨屋や万屋と言った方が正しいかもしれません。いろいろなものを扱いますが、子供たちにとってはおもちゃや人形をくれるお兄さん、になりますから」
僅かに苦笑を浮かべながらブライデはそう言う。
「……では、錬金術師、ではないと?」
「いえ、一応錬金術のようなものも使える、と本人は言っていました。ただ、その実力については私ではわかりかねますが」
「……なるほど」
話は理解した。
おそらくアイシスのように錬金術師の工房として店を開いているわけではなく、お店を開いている中に工房もあるという形なのだろう。
だからこそ錬金術師を探してもなかなか見つからなかったのだ。
「一応、というのはどういうことなのでしょうか?」
「それは……錬金術というものは才能に大きく依存するものらしいのです」
「ええ、それについては私も把握しています」
ミネヴァも調べた限り、錬金術の基本として才能のないものには使えないと理解してる。
いくら修練を積もうとも、その才能がない限り錬金術師になることはできないのだと。
それ自体は特別な話ではない。たとえば魔法も同じだからだ。魔法の修得も才能に依存し、才能がないものは魔法を身につけることはできない。
「つまり、才能がない、という話なのですか?」
「……少し、違いますね」
才能がないわけではない。ただ、あるわけでもないのだ。
才能がなければできないことができるが、できない部分もあるという不思議な状態なのだ。それが何を意味するのかは錬金術に詳しくないブライデにはわからなかった。
知識のないブライデはさほど不思議に思うこともなく、そういうこともあるのかもしれないと納得していた。
「ですので、あなた様のお望みの結果が得られるかどうかは……」
少し申し訳なさそうに表情を曇らせながらブライデが言うと、ミネヴァは微笑みを浮かべて頷く。
「話は理解しました。……それでも、可能性があるのならば私はそれに賭けたいと思います」
「それならばよいのですが……」
ミネヴァの答えに安心したのか、ブライデもほっとしたように笑みを漏らす。紹介をするからには迷惑をかけたくないという気持ちがあったからだ。
「―――ロッテ、エリサ」
「はーい。なぁに、ブライデ」
ブライデが呼ぶと、先程お茶をいれてくれた二人の少女が元気のいい返事をしながら部屋に入ってくる。
「私はこれから少しやらなければいけないことがあるの。だから、このお二人をシンくんのお店まで案内してもらえないかな?」
「いいよー。わかった」
「ふふっ、ありがとう。失礼のないようにお願いね」
ブライデは改めて姿勢を正すとミネヴァとネリアに向き直り、よろしくお願いしますと深く頭を下げた。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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次話『06.呪い』09/06 21:00投稿となります




