46.恩
「……ちっ、私の運もここまでか」
深い森の中、太い木々に身を隠しながら苦々しげに顔を歪め、第三騎士団団長のカマーゾは吐き捨てるように呟く。
誰に聞かせるためでもないその小さな言葉を聞いていたのは傍に控えていた副長だけだった。
誰が悪いわけでもない。運が悪かった。言ってしまえばそれだけだ。
第三騎士団の任務は露払い。今回の作戦の中核はドラゴンゾンビの撃破であるが、第三騎士団に直接的な戦闘を求められていたわけではない。
聖騎士団によるそれを援護するために、屍竜の闇の力によって引き寄せられた魔の物たちを処理していくことが彼らに課された任務だ。
聖騎士たちの力を竜と戦うことに集中させるために。
それも第三騎士団にのみ任されたものではなく、他にも多くの者たちが多方面にて同じくその任に従事している。そのうちの一つでしかなかったはずだった。
だから本当に運が悪かっただけなのだ。
竜と遭遇してしまったのは。
楽な任務だと気を抜いていた部分がなかったとは言わない。カマーゾ自身、自分の腕には覚えがあったし、部下たちの実力にもそれなりに信を置いている。有象無象に遅れをとることはない。
だけどそんな油断とは一切の関係なく、その眼前に竜は突然現れた。
その事態を想定していなかった。どうせ戦うのは自分たちではないと高をくくっていた。仮に何かあったとしてもすぐに逃げればいいと。
だが、それは一瞬だった。
森の中、木に紛れるように現れた竜。それはその巨体に似合わず木々の間を縫うように俊敏に動き、カマーゾたちに接近し、その尾の一振りで全てを吹き飛ばした。
その事態に困惑した一同は動きが遅れる。そして竜が放つ吐息、闇の炎に飲み込まれる。
かろうじて全員が生き残ることができているのは、事前に渡されていた薬によるものだ。
闇の力による傷は通常の傷薬では治療できない。だからとあらかじめそれに対抗するための薬を渡されていた。正直なところカマーゾはその効能を疑ってはいたものの、第三王女である万能姫ミネヴァのお墨付きもあり、一応という形で団員にも備えさせていた。
それが功を奏した。おそらくそれがなければすでに自分たちは壊滅し、何人もの死者が出ているだろう。あるいは、もう終わっていたかもしれない。
「……団長、どうしますか」
「……」
副長の言葉にカマーゾは黙り込む。
こうなった以上、すでに任務などはどうでもいい。知ったことではないのだ。すべきことはとにかく生き残ることだ。
だが、それは簡単ではない。
おそらく、敵に背を向けて逃げ出したところで逃げ切ることはできない。速度が違う。すぐに追いつかれて後ろから殺されるだけだ。
「……私が引き付ける。貴様はその隙に全員を連れて逃げろ」
「……だ、団長?」
その言葉に副長は目を見開く。
カマーゾは決して善人などではない。
伯爵家に生まれたものの、五男として生まれたカマーゾには貴族の誇りなどというものがあるわけでもない。
優秀な兄たち、それに比べて自分がかろうじて勝っているものといえば剣の腕くらいだ。
そんなカマーゾは持っている力、剣の腕と家の名前を使いここまで成り上がってきた。騎士になったのはそれが自分にとって一番いい思いができるだろうと考えたからで、国に対する忠誠も王族に対する忠義もおよそカマーゾには無縁のものだった。
ただ、それを表に出して良いことがないことは理解していたため、表向き忠臣であることを演じてきていた。
しかし、それもネリアには見抜かれてしまった。
以前にあった側妃アスナの暗殺未遂、その際にわずかではあるが自分も関わってしまったことで自分が王族への敬意を持っていないことを勘付かれてしまったのだ。
その件についてはアスナの護衛に協力するということで落とし所にしたが、それも結局は自己保身のためにそうしただけで、不信感を抱かれているのは間違いないだろう。
「貴様たちでは無理だが私は聖騎士だ。多少なり闇の力に対して有効な力を発揮できる」
「それは……そう、かもしれませんが……」
副長は言葉に詰まる。カマーゾの言っていることは確かに正しい。理に適っている。
だけど、そんなことをすればカマーゾは助からないだろう。
自分たちを助けるために自分の身を犠牲にしようとするカマーゾを困惑するような目でじっと見つめる。
「おそらくはこれが一番生存率が高いはずだ」
副長の困惑も理解できる。
なぜ自分を犠牲にするようなことを言っているのか。
カマーゾはそれほど立派な人間ではない。国だろうと王族だろうと、そして、自分の家が治める領民ですらそれほど大事だとは思っていない。それよりも自分の方が大切だからだ。
だけど、別にカマーゾは悪人というわけでもないのだ。
自分の代わりに誰かが死んだとして何の感情も覚えないほどに薄情なわけでもないが、その誰かについて深く思いを馳せるようなこともない。どちらかと言えば知らない誰かなどどうでもいい。
だから、なのだろうか。
逆に、自分の周囲の人間、部下や仲間などについてはそれらとは比べものにならないほど大事な存在だと思っている。
極端な話、自分とその周りの人間さえよければそれでいいのだ。
だからこそ、その周りの人間くらいは守りたいと思っている。
そして、合理的に考えるのであれば、ここで自分が殿を務めることが最も多くの人間の命を助けることができるはずだ。
さらにカマーゾには打算もあった。あるいは諦観とでも言うべきか。
これまで団長という地位、貴族の爵位、それらを笠にきて偉そうにしてきた部分もある。にもかかわらずここで部下を盾にして逃げ延びたのでは全てが終わりだ。
地位も名誉も何も残らない。どちらにせよそこでカマーゾの人生は終わりだろう。
だから、自分が囮になるような発言をしたのだ。
副長はちらりと後ろを見る。そこには傷ついた部下たち。薬のおかげでなんとか動ける程度には回復しているものの、戦闘ができるほどではない。彼らを戦いに駆り出せば足手まといにしかならないだろう。そして、カマーゾが言った囮の役は自分には務まらない。
副長はその判断を受け入れるというように険しい顔で頷く。
「―――よし、行け!」
カマーゾはそう告げると前へ踏み出す。
そして、竜の眼前に躍り出ると、剣を振りかざす。
「うおぉおおおおおおお。聖光剣」
剣に聖なる力を込め、その輝いた剣を全力で振り下ろす。
その剣から放たれた光は真っ直ぐに竜の体に向かっていく。
カマーゾにももちろんわかっている。そんなものは通用しない。この程度の力では竜鱗を破れるはずはないのだと。
だけど、心のどこかには甘い考えもあった。もしかしたら自分の一撃が届くこともあるかもしれないと。
「ば、かな……」
カマーゾは絶句する。
竜鱗を破れないというのはわかる。だけどこれはそれ以前の問題だ。
カマーゾの放った一閃は竜鱗に弾かれることもなく、そこに到達するまでにまるでそよ風のように霧散していった。
竜にとってこれは攻撃ですらなかったのだ。
これほどまでに自分が無力だとは思ってもいなかった。
それでもその一撃を目障りだと思ったのか、たまたまカマーゾが目についただけか。あるいは他の理由があったのか、竜は逃げていく仲間たちに目をくれることもなくただカマーゾだけをじっと見つめていた。
そして竜は自然な動作でそのままカマーゾに向けて闇の炎弾を吐き出した。
カマーゾは一目で理解する。これは自分にどうにかできるものではない。その炎弾に込められた凄まじいまでの力に対して自分のできることは何もない。
今、この場で、できることは。
「―――聖光剣」
小さな呟きのようなどこかで聞いた声。
一筋の光が奔る。
それは強烈な炎弾をたったの一撃で切り裂いた。
二つに分かたれたそれはカマーゾを通り過ぎてその背後で爆発する。
気付いたとき、カマーゾの目には一人の少女の背が映っていた。
「借りは返した」
一瞬、何のことを言われているのかカマーゾには理解できなかったが、すぐに思い出す。眼前の騎士、ネリアが言っているのはカマーゾがアスナを護るために様々な手を尽くしたことについてだ。
「あ、ああ。恩を売っておいてよかったぞ」
「そう」
特に感情のこもっていない声音でそっけなく返されるが、カマーゾとしては特に何も感じなかった。今は何よりも自分が助かったことの喜びが勝った。
だけど、一つだけ思うところはあった。
これでも自分の力にはそれなりの自信があったのだ。確かにその自分よりもネリアの方が強いだろう。それはわかっている。それでも、これほどまでに力の差があるとは思っていなかったのだ。
「わたしだけの力じゃない。……この剣のおかげ」
それもあるだろう。
見た目は無骨な剣ではあるが、それが聖剣と呼ばれるに値する逸品だということはカマーゾにもわかる。今の一撃がそれのおかげであることも。
だけど、それを差し引いても地力が違う。おそらくまともに戦ったとしても今のネリアには全く歯が立たないだろう。戦いの前に王女が言っていた、ネリアが今この国で最強の剣士だという言葉も頷ける。
「行って」
「……任せた」
カマーゾはそれだけを言うとネリアを背に、真っ直ぐに走り出した。
ただ、自分が生き延びるために。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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次話『47.聖なる力』10/17 21:00投稿となります




