43.感謝
ミネヴァたちの依頼は簡単に言うと二つだ。
その一つがこの聖剣の修復だった。
「んー、知ってると思うけど、俺には剣を創り直すことはできない」
「はい、それはわかっています。……ですが、あなたであればどうすればいいのかわかるのではと」
「まぁ、そうだけど。……アイシスのところには行ってないのか?」
それは当然と言えば当然の問いだった。
シンが錬金術士として本物の錬金道具を創れないことはミネヴァたちは知っている。以前にミネヴァたちが見た道具の数々はアイシスが創ったということも。
だから、シンのところに来る意味はないとも言える。修復を頼むのであれば直接アイシスのところに持っていけばいいのだ。
ミネヴァはちらりとネリアに視線を送る。
ネリアはこくりと頷くと口を開く。
「前にアイシスに聞いた。薬なんかは得意だけど武器は苦手だって」
「あー、なるほど……」
「……違うの?」
「違う、ってこともないんだけど……」
なんと言うべきか、シンは言葉を選ぶ。
アイシスは天才錬金術士だ。
だけど、それでも人間だ。どうしても得意分野や不得意分野が出てきてしまう。そういう意味でアイシスの言ったことは間違いではない。
ただ、苦手と言うのも少し違う。確かに得意分野には劣ってしまうものの、それでもシンの目から見て十分な品質を誇っているものだ。
「……いや、まぁ同じか。アイシスが苦手だと思ってるならどっちにしても俺のところに話を持ってきていただろうからな」
おそらくアイシスの力だけでなんとかはできるだろう。シンから見ればそうだ。だけど、アイシスであれば万全を期すはずだ。そうなれば結局はシンのところに相談に来ていたはずだ。
なにせミネヴァはこの国の王女であるし、なにより彼女たちはアイシスの大切な友人なのだから。
「初めは王宮の鍛冶師に相談をしたのですが、剣そのものを打ち直すことはできると言っていました。ただ、どうしても剣が持つ力は劣化してしまうらしいのです」
「で、つまり俺にはその剣の力をそのまま保持して修復してほしい、そのための助言をしてほしいってことか」
「そう、なります。可能でしょうか?」
そう尋ねられたシンは机に置かれた剣に視線を落としてしばらく考え込む。
「……いくつか方法はないではない。けど、俺が一番いいと思うやり方でいいか?」
「はい、それでお願いします」
ミネヴァが首肯すると、遅れてネリアも頷く。
それを見届けてシンも一つ頷く。
「手順としてまずこの剣を俺が分解して素材にする。……その時点で一度剣とは全然違うものになっちゃうけど、いいか?」
「構いません。どちらにせよこのままでは使い物にはなりませんから」
「そうか。……そして、その素材にしたものをアイシスに渡して錬金術で錬成して金属として創り直してもらう。その金属を使って鍛冶師に剣を打ってもらう、ってのが最善だと思う」
「なるほど……」
ミネヴァはその流れを想像しながら頷く。
その工程に特段気になるところはない。
そのはずだが、シンの表情を見るに何も問題がないとはいかないのだろう。
「ただ、アイシスの創る高品質の金属を扱うとなると、本当に超一流ってくらいの鍛冶師じゃないと難しい、かもしれない。……そのあたりはどうにかなりそうか?」
「そう、ですね。一応の心当たりはあります。ええ、なんとかなるかと」
「そうか。ならいい。……だけど、たとえ剣が直ったとしてももう一つ、根本的な問題があるのは理解しているか?」
「もう一つ、ですか? ……それは、この剣の力のこと、でしょうか?」
それはミネヴァも理解している。
この剣が持つ力は凄まじいものだ。国宝の聖剣と呼んで何の差し支えもないほどの力を持つ剣。それがシンの言葉のとおりに再生されたのであれば剣として最上級といってもいい。
だけど、その強さは常識的な範囲に留まる。
それでは古竜の竜鱗を撃ち抜くことはできない。そこまでの力も格もないのだ。
かつて一層とはいえ、アスナが竜鱗を破壊したことはシンにとって想像を上回ることではあったが、それでもこの剣で竜を殺すことは不可能だろう。
シンの視線はネリアに移る。
戦闘の専門家ではないシンはネリアの強さを正確に測ることはできない。自分とは比べ物にならないくらいに強いことはわかるし、万能姫と呼ばれるミネヴァよりも遥かに格上だということはわかる。だけどそれだけだ。
それでも、常識的な理を覆すほどのできる力を持っているとは思えない。
それがミネヴァたちのもう一つの相談事だ。
どうすれば古竜の強靭な竜鱗に対処することができるのか。
「何か良い案はないでしょうか?」
「案、か。まぁないこともないけど……」
「やはり、錬金術でも難しいということですか……」
ミネヴァは気を落としたように俯く。
そのせいでシンの眉が僅かに動いたことに気付くことはなかった。
シンにとってその言葉は不服なものだったが、ミネヴァにその意図があったわけではない。そもそもそんなことは難しいだろうと思っていただけなのだ。
シンは大きくため息をつく。
「……わかった。そっちはなんとかするよ。あと、剣も強化しておく」
「強化? そんなこともできるのですか?」
「まぁね。ただ、少し扱いは難しくなるだろうけど」
シンはネリアに視線を送る。
それによって剣の力は確かに強化される。だがその剣の力を発揮することができるものは限られることになる。
鍛冶師がどの程度のものかにもよるが、それによっては完成した剣を使えるものがほとんどいないということもあり得るだろう。そして、その体への負担も大きくなるはずだ。
ただ、おそらくネリアには扱うことができるのではないかとシンは思っている。
それに、負担が大きくなるといっても悪いことばかりではない。
シンは知らないことだが、以前の戦いではその剣の力を引き出すためにアスナがかなりの無理をすることになった。その結果、腕を大きく負傷することになり、今後剣を振るうことができないとまで言われるほどだった。
その怪我については解呪の件の折に竜秘玉によって回復しているものの、おそらくはまだ最前線で戦えるような状態になってはいないだろう。
これから起こる戦いには参加することはできないはずだ。
だけど、シンによって強化された剣は体への全体的な負担は大きくなっても、十分な力を引き出すために無理をする必要はなくなるはずだ。きっと腕を犠牲にするようなことはない。そういう意味では負担が分散され、むしろ扱いやすくなると言ってもいいかもしれない。
「そういった部分はあなたにお任せします。おそらく私が余計なことを考えるよりもあなたを信頼した方が良い結果になるでしょう」
「そうかい。……任せてもらえるなら後悔はさせないように俺も頑張らせてもらうよ」
「それでは、よしなに」
そう言って剣を置いたまま立ち上がるミネヴァとネリア。失礼しますと店を出ようとする二人をシンは呼び止める。
「―――ああ、ちょっと待って」
「何かありますか?」
「この後ってアイシスのところに寄ったりする?」
「……はい、そのつもりです」
尋ねられたミネヴァはネリアと視線を合わせると頷き合う。
こうしてシンの店を尋ねたのはシンを信頼して剣については全てを任せるつもりではあったが、それでもアイシスには直接頼みにいくつもりではあった。シンが何かを創るのであれば、アイシスももちろんそれに協力せざるを得ないということはわかっているからだ。
そして、それだけでなく、個人的に友人として会いたいとも思っていた。
だからこれからアイシスの店に向かうというのも当初の予定どおりだった。
「薬を用意しておいたから、アイシスのとこに行くならそれを受け取るといい」
「薬、ですか?」
ミネヴァは小首を傾げる。
薬というものに思い当たるものがなかったからだ。
「ドラゴンゾンビ―――邪竜と戦うことになるだろ? そうなると闇の力で受けた傷を治すための傷薬が必要になるわけだ。そのための薬を創っておいたから。……まぁまだ数は完全に揃えられたわけじゃないけど」
「それは、ありがたいことですが……」
ミネヴァは言葉を濁す。
シンの言っていることは正しい。闇の力で受けた傷というのは一般的な傷薬があまり効かない。だからそのための特別な聖なる力を持った薬が必要になる。
実際にミネヴァも戦いに備えてそういった薬を手配している。
だけど、それは簡単ではない。そのための聖なる力を持った材料が希少なものだからだ。それは高価で数が少ない。だからそれほどの数が準備ができているわけではないのだ。
それをシンが用意してくれたとするとそれはミネヴァにとってありがたいことではあるが、おそらくシンたちにとってかなりの負担になっているはずだ。
「気にしなくていい。使ったのは聖なる実くらいだから」
「聖なる実、ですか……? でも、それは」
ミネヴァは首をひねる。
聖なる実には聖なる力が宿っている。それは確かに常識ではあるが、その力は極めて小さい。それを薬として転用するには大量の実が必要になるだろうし、十分な効果を得るためには薬としても大量になってしまう。
「俺たちは錬金術士だからね。それをなんとかするのが俺たちの仕事だ」
「そう、ですか。ありがとうございます。あなたに感謝を」
「ああ。で、その聖なる実を集めてくれたのがミリカなんだ」
「―――え?」
突然に話を振られたミリカは動揺して目を瞬かせる。
シンの意図を理解してここに同席はしたものの、なんのためにここにいるのかはわからず特に何をするでもなくぼうっと話を聞いていただけだった。自分には関係のない話だと。
そのまま戸惑っていると、ミネヴァはミリカに頭を下げる。
「ありがとうございます。あなたのおかげできっと多くの騎士たちが助かります」
「え? あ、いえ。……どう、いたしまして」
王女に頭を下げられてミリカは混乱する。
それについての対応の仕方を知らないということもあるが、ミリカにとってはたいしたことをしたわけでもないのだから。
それも特に何か意図があったわけでもなく、ただシンに頼まれて採ってきたものをいい値段で引き取ってもらったというだけなのだから。
「それから竜秘玉もだな。あれの素材を集められたのもミリカのおかげだ」
「そうなのですか? 本当にありがとうございます。私の母の命を助けてくださって。娘としてあなたに感謝を」
もう一度深く頭を下げられて、どうしたものかと助けを求めるようにシンに視線を送る。
「ただお礼を言われてるってそれだけのことだ。娘として。変に気にしなくていい」
「そう、なの? ……ええっと、お母さんが助かったなら、その、私も嬉しいです」
「ありがとうございます。……そして、改めて貴方にも」
ミネヴァとネリアはもう一度シンに深く頭を下げる。
ミリカをここに同席させたシンの意図が、こうして感謝の言葉を述べる場を設けるためだということを理解したからだ。
そのためにここにミリカを留めてくれたのだ。
自分たちのために。
「気にしなくていい。ただの偶然だし、ついでだから」
軽く言って笑うシンだったが、ミリカはいまだ状況がよくわかっていないようだった。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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次話『44.鍛冶師』10/14 21:00投稿となります




