42.聖剣
シンの視線につられるようにミリカが振り返ると、二人の女性がシンの店に客として入ってくるところが目に入った。
おそらくは貴族だろう。そして、主従関係にある二人。
その二人はシンと目が合うと、僅かに驚いたような表情を浮かべ、すぐに小さく頭を下げる。
「……私たちが来ることがわかっていたのですか?」
そう女性が尋ねると、シンは少しだけ悩むような仕草を見せる。
「わかっていた、ってのとはちょっと違うかな。ただ、そのうち来るかもしれないとは思ってた」
「……なるほど」
それでシンの言葉の意図を理解したのか、女性は納得したように頷く。
そんな会話を横目に、ミリカが店を出ようとした瞬間、シンから声が掛けられる。
「ああ、ミリカ。お客様にお茶か何か出してあげて」
「……は?」
突然のことにミリカは呆けたような声を漏らす。
嫌だとか面倒だとか思うよりも、何を言っているのか理解できなかったのだ。
シンはそれだけを言うと、二人を店の奥へと案内していた。
断る間もなかったため、ミリカは大きくため息をつくと、しぶしぶといった様子で店の奥につけられた台所の方へと足を運ぶ。
そして、飲み物を三人分用意すると、三人がいる場所へ向かった。
「―――なにそれ? すごっ!」
思わず口に出す。
それは机の上に置かれていた一本の剣。ただ、それは真っ二つに折れていてすでに使い物にはならない。それでも、その剣の美しさ、そしてその剣に込められた凄まじい力はミリカにもひと目でわかるものだった。
ミリカはしまったというような表情を浮かべると、荒っぽく机の上にお茶を三つ並べて自分もシンの隣の席につく。
「……俺の分は?」
シン以外のところに並べられたその三つを見てシンは眉を顰める。
「だって言ったじゃん。お客様にって」
「……はぁ」
言われてシンは肩を竦める。
確かにその言葉どおりというのは間違いない。ここにいるシン以外の三人が客なのだから。
シンは話題を切り替えるように一つ咳払いをする。
「……とりあえず紹介するよ。こっちは冒険者のミリカ。いろいろお世話にもなってるし、うちの店のお得意様って感じかな」
「……どうも、初めまして」
ミリカは軽く会釈をする。少しだけ不服そうに。
そもそもなぜ自分がこの場にいるのかよくわからなかったが、とりあえずシンがここに自分を同席させたいのだろうということは伝わっている。
案の定、というべきか、向かいに座っている二人も会釈を返しているが、どこか腑に落ちないような表情を浮かべている。
「で、こっちは……」
シンがどこかためらうように視線を送ると、その女性は笑みを浮かべて頷くと立ち上がり礼をする。
「初めまして。私はミネヴァ・ソル・ミスラと申します」
「どうも……え? は? ミスラ?」
その名前にミリカは瞠目して目を白黒させる。
そういった分野にさほど詳しくないミリカといえどさすがにその名前くらいは知っている。ミスラはこのトーラスの王族の名だ。
そして、ミネヴァといえば。
「……万能姫? うそ! 本物?」
慌ててシンに視線を向けると、平然と頷いているのが目に入る。
そのなんでもないような顔にむっとしてミリカは顔を歪める。
そして、観察するようにミネヴァをじっと見つめる。
ミネヴァはそれについて何を感じることもなかったのか、あるいは慣れたものなのかなんでもないように微笑みを浮かべていた。
だがその視線が不躾すぎたのか、それを咎めるような視線がミネヴァ隣から送られて、ミリカは慌てて申し訳ないとぺこぺこと頭を下げる。
そして、思い出したように顔を上げる。
「えーっと、ということはそちらの方は殿下の右腕のアルエス様、ですか?」
「そう。ネリア・マル・アルエス、よろしく」
「……やっぱり」
そしてミリカはシンに恨めしげな視線を向ける。
それなりに格の高そうな貴族だろうとは当たりをつけていたが、こんな大物と自分を関わらせる意味が全くわからない。
「とりあえず、これについてお話しますね」
ミネヴァは机の上に置かれた剣に目を落とす。
この折れた剣は国宝でもある聖剣だ。
「まず、この剣がこのようになった原因ですが……ドラゴンゾンビの討伐についてはご存知でしょうか?」
ミネヴァはそうミリカに尋ねる。
当然のことではあるが、シンがそれを知っていることはミネヴァも知っているからだ。
「それは、まぁ、少しは。……一年くらい前のこと、ですよね?」
話としては聞いたことはあるが、それほど詳しいわけではない。
おおよそ一年ほど前に急に現れたという竜の屍。それがこの国に向かっているという情報を得て討伐隊が編成されたのだ。
その多くはこの国の軍で構成されていたが、一部有名な冒険者も招集されたとのことだ。
ミリカの師であるサナノスもその一人だ。
ただ、詳細については聞いていない。特段話す必要もないと思われていたのか、あるいは話してはいけない内容が含まれていたのか。ミリカとしても自分には関係のない話だろうとさほど気にすることもなかった。
「実は、討伐は完了していないのです」
「……やっぱりか」
「気付いていらしたのですね」
「まぁな。邪竜の呪いを解いたのは俺だからな」
それは解呪により直接にそれに気付いたというわけではない。
あのときにシンはその呪いの強力さに気付いたのだ。
それまでに聞いた話では成竜かあるいは古竜だろうということだったが、一応の名前こそ出ているものの成竜だろうと想定されていた。それは古竜という存在がほとんど確認されておらず、実際のところ半ば空想上の生物に近いように扱われていたからだ。
だけど、シンはその呪いの強さを目の当たりにして成竜程度のものではないと明確に察することができた。これは成竜よりも格上の古竜による呪いだろうと。
成竜と古竜、どちらも人間から見れば遥か格上の生物ではあるが、その二つには埋めることのできない隔絶した差があるのだ。同じ竜として見ていいのか疑問になるほどに。
古竜とは、もはや神に近しい生き物なのだ。
そのような生物を簡単に討伐できたとはシンには思えなかった。ただ被害が出ていない以上撃退することに成功したというのは嘘ではないのだろうとは思っていた。
「あるいは封印した、ってところかな?」
「おっしゃるとおり、討伐が叶わなかったため一時しのぎの封印を施すことになりました。……そのためにいくつもの聖なる国宝を消費することになりましたが」
「剣もその一つ?」
「いいえ。この剣は封印に使ったわけではなく、その戦闘の際に破損したものになります」
ミリカはなるほどと頷く。
王女はこの剣を修理してもらうためにここに来たのだろうと。
だけどそれは難しいだろう。シンは武器関係の仕事を請け負っていないはずだ。
それでも、王女からそう請われたら断ることはできないのかもしれない。
ちらりとミリカはシンの横顔を窺う。
だが、シンの言葉はミリカの予想もしないものだった。
「この剣じゃどうにもならないだろ? 確かにすごい剣だけどこの程度じゃ竜鱗は抜けないはずだ」
「……竜鱗ってなに?」
初めて聞くその言葉についてミリカはシンに尋ねる。
「竜鱗というのは、竜が身に纏う鎧のことです」
ミネヴァはミリカに説明する。
竜鱗とは高位の竜が持つ身を守る機能のことである。下位の竜にももちろん鱗はある。それは並の生物と比べても極めて堅牢な鱗であるが、成竜や古竜はさらに堅い守りを身に纏っている。
それは物理的攻撃を遮断する障壁と魔法的攻撃を遮断する障壁の二重の構造により成り立っている。そしてさらに、極めて堅い文字どおりの鱗。
その三つを合わせて竜鱗と呼ばれている。
「その障壁の一つを破壊することはできたのですが、その際にこの剣は折れてしまいました」
「……無理だろ。国宝級の聖剣だとしてもこの剣一本で破れるようなもんじゃない。古竜だぞ?」
「もちろん、個人の力のみではありません。聖騎士隊の総力あってのものです。……そして、この剣を振るっていたのが私の母になります」
そうですよね、と確認をとると隣にいるネリアが首肯する。
王女であるミネヴァはその場にはいなかったが、ネリアは聖騎士としてその戦場に参加していたのだ。
「それでなんとかなるものじゃないだろうに……。化け物だな」
シンは折れた剣に目を落として苦笑することしかできなかった。
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