41.貴族
第四章『反攻の討竜戦』
それから数日間、シンとアイシスはメルクーアの屋敷で過ごした。
アイシスはこれまでの時間を埋めるように、あるいは、新しく家族の時間を始めるように、満足そうに過ごしていた。
その一つとして、アイシスの渡した手土産は家族にもとても喜ばれていた。
もちろん、それが良いものだったということもあったが、その様子を見るにアイシスが創ったものであればなんでもよかっただろうな、とシンは思った。
それはアイシスが家族のためを思って錬金術によって創った道具だ。たとえば父には農具を扱うのに便利な手袋、母には事務処理の疲労を軽減する首飾り。
中でもティールは送られた腕輪にとても満足そうだった。それは以前にシンと剣を交えた際に欲しがっていたもので、扱うには錬金術の才能が必要だと言われて断念したものだった。
実際に、シンが使用していたものはそのとおりであったが、その話を聞いたアイシスが兄のためにと改良して誰にでも使えるものを新たに創り出したのだ。誰にでも扱えるという特性上、シンが使っていたものよりは少し性能が劣るものではあるが、それでもティールにとっては十分喜ぶべきものだった。
他の家族とは違い、ティールは錬金術というものの力を実感しているため、その喜びようもひとしおだった。
そして、アイシスは今は家にいない家族の分を預けると、別れの言葉を交わし、シンとともに自分たちの家へと帰ることになった。
それからしばらくの間、今までどおりの平和な時間を過ごしていた。
「で、どうだったの?」
「は? 何が?」
にやにやと笑みを浮かべながら尋ねるミリカに、シンは何のことかわからないというように答える。それは別にとぼけているわけでもなく、ミリカが何について聞こうとしているのか本当にわからなかったのだ。
不思議そうにしているシンを見て、ミリカはわざとらしくため息をつく。
「アイシスと二人で旅に出てたんでしょ?」
「……そうだけど、旅って言われるとちょっとなぁ……」
シンは申し訳なさそうに眉を曲げる。
確かにそういう話はした。メルクーアの家に向かう際に、身近な人間にはしばらく店を閉めるということを伝えておいた。だからミリカが旅と言ったのはわかる。
だけど、実際には少し違う。メルクーアの家にしばらく滞在はしたものの、行き来については錬金道具で一瞬だったため、シンの認識としては旅という感覚はあまりないのだ。
「……どこに行ってたのか、アイシスから聞いてないのか?」
「うん、それは聞いてない。二人で出かけるとしか」
シンはどう説明したものかと思案する。
だがすぐに別に全て話してしまってもいいかと考え直す。これまではアイシスは家出に近い状態にあり、隠していたというほどではないにしろあまり事情について大っぴらにするべきではないと考えていたが、今はその家の問題も解決している。だから、アイシスの素性を知られたからといって何も問題はないのだ。
「あーっと、アイシスが貴族だってのは聞いてる?」
「ううん、聞いてない。でもそうなんだろうなとは思ってる」
「……で、簡単に言うとアイシスの婚約についての話をしに家に帰っていたんだ」
シンがそう言うとミリカは驚きに目を見開く。
「え? アイシス婚約するの?」
「いや、そういうことについて話をつけてきたんだ。結婚はアイシスの好きにしていいってことになった」
ミリカはほっとしたように胸を撫で下ろす。
その仕草が何を意味するのかわからずシンが首を傾げると、ミリカに睨みつけられてしまう。
何が言いたいのか尋ねるとなんでもないとミリカは首を横に振る。
「じゃ、じゃあなんでそんな話をするのにシンがついて行ったの? ……シン関係ないよね?」
「それは……まぁ、俺がアイシスの師匠って立ち位置になってるからかな。錬金術の」
「師匠? どういうこと?」
それ自体はわかる。
アイシスがシンから錬金術を学んでいるという話は聞いていたし、師匠だというのもわかる。だけど、その師匠であるということと、アイシスの婚約が結びつかない。
なぜ師匠が婚約の話に口を挟むことになるのか。
「……そのあたりは説明をすると長くなるんだけど」
アイシスの婚約の話がなくなった一番の理由は、アイシスがその才能を開花させ、一人前の錬金術士になったということだ。
もちろん、アイシスの認識としては自分はまだ未熟であり、これからも修行を重ねなければならないと思っている。ただ、それはアイシスから見ればという話であり、第三者から見ればアイシスはすでに一流の錬金術士に他ならない。
だけど、一般的な貴族という物差しで言うならば、そこはさほど重要ではない。アイシスに才能があるからといって婚約の話がなくなるわけではない。国のため、家のためにと結婚を結ぶのは貴族として普通の話だからだ。
才能があるから結婚をやめるという話にはならない。
そのあたりの話になるとメルクーアという特殊な家の話になってくる。
「アイシスの本名なんだけど。アイシス・フォン・メルクーアって言うらしい」
「……メルクーア?」
「やっぱり知ってるのか」
メルクーアというものがそれなりに有名だということはシンもなんとなく察していた。アイシスの才能を見ればそれもわかる。メルクーアの一族がそれぞれにアイシスに匹敵するほどの才を持つのだとすれば、ガエメニ国内だけでなく、ここトーラスまでその名が轟いているというのも理解できる。
ただ、ミリカがそれを知っているとまでは思っていなかった。ミリカはそれなりに優秀な冒険者だとシンも思っているが、活動範囲はそこまで広いわけではなく、その交友関係もそれほど多くはない。
他国の貴族であるメルクーアというものを知っているというのは意外にも思えた。
「ミリカから見てメルクーアって何?」
「何、って言われてもなぁ。ものすごい力を持った貴族ってとこかなぁ。力ってのは能力もだけど権力も」
「へえ、権力もすごいのか」
「すごいって言うかなんていうか。確か、国の利益のために力を使うことを条件に、余計な干渉を受けることがない、って感じだったかな。他の貴族からってだけじゃなくて、王様の命令も聞かなくていいとか聞いた。……ほんとかは知らないけど」
「……そこまでのものなのか」
呟くシンに対してミリカは呆れるような視線を向ける。
シンがこういうことに疎いということは知っていたが、アイシスに関することまでそれではさすがにどうかと思う。
「私も貴族の事情に詳しいってわけじゃないから話半分ってとこだけどね。まぁそれなりに有名だよ。メルクーアって。……そういえば」
そこでミリカは思い出したように考え込む。
少し前にばったりと街で出くわした男が何者なのか理解できたのだ。
「ということはあれはアイシスのお兄さんかなにかかな」
「会ったのか? ……確かにアイシスに会いにここに来てたけど」
「めちゃくちゃ強そうだったからね。あれはさすがに印象に残っちゃうよ」
あのときは思い至らなかったが、言われてみればあの銀白色はアイシスと同じものだ。そして、あの威圧感もメルクーアだと言うのなら納得できる。
「なるほど、あれが―――自由騎士」
「……自由騎士?」
聞き慣れない言葉にシンは聞き返す。
「うん、なにものにも縛られず自らの正義を貫く孤高の騎士、って聞いたことある」
「う、うーん……どうだろう」
シンは苦笑を浮かべる。
確かに、悪い男ではなかった。シンの印象も悪くない。アイシスのことを心から愛しているのだろうということもよくわかった。どちらかと言うのであれば善人の類なのも間違いないだろう。
だけど、そこまで崇高な男だとは思わない。
むしろ、自分のやりたいことを第一に考える自分に忠実な男だろう。
「……まぁ、自由ではあるか」
呆れたようなシンの呟きにミリカも笑みを浮かべる。
「さすがに私もその噂どおりだとは思わないけど、そう言われちゃうぐらいすごいんだろうなってのはわかる。それが、メルクーアなんだなぁって」
改めてメルクーアというのはすごいのだな、と実感する。そしてアイシスもその同類なのだということも。
だからこそ疑問にも思う。
「……なんだ?」
「なんでもない」
ミリカの訝しげな視線にシンは尋ねるも、ミリカは首を横に振る。
ならばこのシンという男は一体何者なのか。
ミリカの目にはシンもまたメルクーアに勝るとも劣らない化け物に映る。こんな人間がどこから現れたのだろうか。
「ん?」
「……どうしたの?」
「ああ、どうやらお客さんみたいだ」
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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次話『42.聖剣』10/12 21:00投稿となります




