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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第三章 『悲嘆のメルクーア』
40/71

40.出会い

 しばらくの談笑を終えた後は、そのまま夕食となった。

 わかってはいたものの、豪華な家具や食器、食事などに物怖じしてしまったシンであったが、あらかじめアイシスからそういう話が伝えられていたのか、そんなシンの様子に何かを言う者はいなかった。

 そして、他愛ない雑談とともに、何事もなく晩餐も終えた。

 その後、シンは再び一人客室へ案内されると、そこで眠りに就くこととなった。

 シンがそれに気付いたのは横になってしばらくしてからのことだった。どうしても庶民感覚の抜けないシンにとって、やはりこの広い部屋は落ち着かず、それによる緊張もあったのか、なかなか眠れずそのままごろごろとしていた。


「……呼んでいる、のか……?」


 シンはのそのそと起き上がると、簡単に身だしなみを整え静かに部屋を出る。

 そして、気配を消すとあらかじめアイシスに話で聞いていた道をたどる。あくまで話を聞いていただけなので半信半疑ではあったものの、そのとおりに進めば誰にも見つかることなくやがて外へ出ることができた。

 そのまま歩みを進めると、その先は今日シンたちがアケルナルの門で訪れた場所に出る。

 そのシンの視線の先には一人佇むアイシスの背中があった。


「来て、くれたんだ……」

「たまたま、まだ起きてたからな」


 ゆっくりと顔だけ振り返りながらアイシスは小さく笑みを浮かべる。

 シンはそのアイシスの隣に並ぶと、アイシスが見つめていた方を眺める。

 なにもない闇を前にしばらくじっとしていると、やがてアイシスはぽつりと漏らす。


「……懐かしいね」


 アイシスが思い出していたのはあの日のこと、シンと出会った日のことだ。

 シンはただ無言で苦笑を浮かべる。

 あの日のことははっきりと覚えている。実際にはシンはあのとき半分錯乱したような状態だった。だから周囲の状況もおぼろげではっきりと認識できていたわけではない。それでも、はっきり覚えているのだ。

 だから何も言えない。


「あの日、シンに出会えてよかった」


 微笑みながらしみじみとそう言うアイシスに、シンは思わず顔を伏せてしまう。


「出会えてよかったのは、俺の方だ」


 どういう経緯を辿ったのかはわからない。

 覚えていないからだ。

 いつからかこの世界にひとり迷い込んだシンは、何もわからずひたすらにさまよい歩いた。

 どこに行けばいいのか、どこから来たのか。進むべき場所も戻る場所もない。

 不幸中の幸いか、シンには不思議な力が芽生えていた。物の本質を見抜く眼。それが何を意味するのかは今もわからないが、少なくともシンが生き延びることができたのはその力のおかげだ。

 森をふらふらとさまよいながら、その眼の力で食べられるものをなんとか見つけて食いつないでいた。木の実や、葉、ときには生えている草も食べた。

 それでも進み続けた。それしかシンにできることはなかったからだ。

 最初は無意識だった。その進む方向に何があるのかわからなかった。だが、時間が経つにつれてシンも自分が何かを求めていることに気付いたのだ。

 その先にある力、それを求めて歩いているのだと。

 そこで出会ったのは一人の少女。

 その出会いが運命だったのか、ただの偶然だったのか、あるいはシンが諦めなかったゆえの必然か。

 何も持たなかった二人が出会ったことで、未来が生まれたのだ。


「アイシスと出会えたおかげで、生きる場所を得ることができた」


 この世界を訪れて初めての出会い、シンにとって彼女こそがこの世界における人間だった。

 それが他の誰でもない、アイシスであったことにシンは限りない幸運を感じていた。

 だからこそ負い目もあった。

 それがここで結ばれた約束だった。


「シンが私を一流の錬金術士に育てて、そして、私がシンの欲しいものを創る。そういう約束」

「……」


 それは一見すると対等な契約に見える。

 少なくとも、アイシスはそう思っているだろう。

 だけど本当は違う。そもそも、アイシスを一流の錬金術士に育てるということ自体がシン自身のためなのだ。なぜなら、錬金術を極めた者でなければ、シンが求める物を創ることはできないのだから。

 つまり、これはアイシスのためなどではなく、シンの都合にすぎないのだ。

 だからアイシスを騙しているようで気が引けるとずっと思っていた。


「……私はね、錬金術が好きだよ」


 シンは思い出す。先ほどのアイシスと家族との話を。

 父であるマウディはアイシスに言った。才能に縛られるな、と。

 凄まじい才能に恵まれたメルクーアの一族ではあるが、不思議なことに、と言うべきか才能があるからやっているものは一人もいないのだ。

 父も兄も姉も、自分のやりたいことをやりたいようにやっているだけ。それに自身の才能を使っているにすぎないのだ。そうやって生きてきた。

 だけど、アイシスだけは違う。

 ずっと才能に恵まれなかった彼女にはやりたいことなどを選ぶ余裕はなかった。やりたいことではなく、できることをずっと探していた。

 だから、家族はそれを心配に思っていた。やっと得ることができた才能、それに縛られ、自分の進むべき道を見失ってしまうのではないかと。

 そんな家族に、特に母にアイシスは頭を下げた。ごめんなさい、と。

 自分はきっと、もうやりたくないことを我慢してまですることはできない、やりたいことしかできないだろうと。

 ハーラは納得するように苦笑を浮かべた。それがメルクーアなのだろうと。


「知ってるよ」


 シンにもわかっている。

 アイシスはずっと楽しそうだった。それはもちろん、自分の才を見つけることができたこと、その力を十分に振るえることもあっただろう。だけどそれだけじゃない。

 アイシスはただ錬金術が好きなのだ。だからそれを学ぶこと、使うこと、全てが楽しそうだった。

 そして、その力を誰かを救うために使えることに喜びを感じていた。


「それは全部、シンのおかげだから」

「……そうか、そう言ってもらえるなら俺も嬉しいよ」


 そう答えるシンに、アイシスは不満そうに眉を歪める。

 その自分の想いが伝わっていないことは明らかだからだ。


「お母様が言ってたでしょ? 好きにしなさいって」

「え? ああ、言ってたな」


 突然話を切り替えられて、戸惑ったシンだが、先ほどのことを思い出す。

 その言葉はある意味では突き放したような言葉。だけど、ハーラにとってはそれほど重要な言葉でもない。それはある種の口癖のようなものだった。

 わがままで自分のやりたいことしかやらず、言うことを聞かない家族たち。そんな家族に呆れたように呟く言葉。それでいて、信頼の言葉でもあった。放っておいても自分たちでなんとかするだろうという家族の力を認めた言葉。

 そして、アイシスが一度も言われたことのなかった言葉。

 ハーラにとってマウディにとって、アイシスは大切な娘であり、他の兄姉にとってもかわいい妹だった。だけど、その才には恵まれなかった。

 だから、アイシスは大事にされた。はたから見れば過保護にすら映るほどに。

 アイシスにとってそれは家族として認められていないようにも感じてしまったのだ。

 そんなアイシスが初めて言われたのだ。

 突き放されたような認められたような言葉。


「それが嬉しくて、そして……ちょっとだけ寂しかった」

「ああ」


 シンは今まで知らなかった話だが、メルクーアの一族には稀にアイシスのように才に恵まれないものが生まれることがあったらしい。

 だけど、一族の者は当然気付いていたのだ。そういった者たちは、才能がないのではなく、いまだ見つかっていないだけなのだと。

 それはシンにも理解できる。なぜなら見つかっている職業など、ほんの一握りにしかすぎないのだから。

 錬金術という力はこの国には存在しない。トーラスであれば多少は認識されてはいたものの、この国ではその名前を聞くことすらないという。それが認知されていなければいくら才能があってもそれを発揮できない。

 シンは空を見上げる。満天の星空を。

 たとえば、宇宙飛行士の才能があったとして、この世界がそこに届くのは遥か未来のことだろう。

 まだ見つからない何か。その才能があることを感覚としてメルクーアは理解していたのだ。だから、そういった者たちも一族の中で邪険にされることはなかったらしい。アイシスと同じように。

 ただ、アイシスほどにかわいがられていたというわけでもないらしいが。


「―――ありがとう。全部、シンのおかげ」




第三章『悲嘆のメルクーア』終

以上で第三章は終わりとなります。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。

次回から第四章『反攻の討竜戦』始まります。


次話『41.貴族』10/11 21:00投稿となります

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