04.説明
自らを天才錬金術士と称する少女を前に訝しむような気持ちを抱きながらも、ミネヴァはどこか不思議な違和感のようなものも覚えていた。
冷静に考えてみて、わざわざそのようなことを自称する理由はミネヴァには思いつかなかったのだ。そういう人間特有の自分を大きく見せようという雰囲気が見当たらなかったからだ。仰々しい言葉とは裏腹に、その声音にはどこか謙虚さすら感じられた。
そして、まるでそれを隠しているかのように。
おそらく、眼前の少女は優秀だ。それこそ、天才の自称が馬鹿にならない程度には。
この少女は、何も知らない状況にありながらドラゴンゾンビのことや、ミネヴァの母親のことについても言い当ててみせた。
それ自体は不可能なことではない。ドラゴンゾンビの件も、それを退治したのが騎士でもある母のアスナであることも、そして、自分が王女であることも何も隠していたわけではない。それこそ、王都に暮らすそれなりの貴族であれば当然に知っているような公然の情報である。
だが、それをこんな片田舎の小さな街、それも僅かな時間で確信を得るというのは容易いことではない。
もしかしたら、という期待が高まる。
だが、そのミネヴァの気持ちとは裏腹に、少女の眼は険しくなっていった。
「……少し待っていて」
そう言うとアイシスは二人をそのままに奥の部屋へと引っ込んでいく。
手持ち無沙汰となったミネヴァは大きく深呼吸すると、周囲にぐるりと視線を巡らせる。店内をひととおり眺め終えると、その視線はネリアのもとへと行き着く。
「……リアは、どう思う?」
何についてかは尋ねなかった。そういったことを含めてネリアがどう感じたのかを聞きたかったからだ。
「一級品」
「なるほど、そうね」
ミネヴァを真似するように視線をぐるりと巡らせながらネリアが言ったのは、ここに飾られてある錬金道具についてである。そして、ミネヴァもそれに同意する。おそらくアイシスによって作られたであろう商品の中には、全てがそうというわけではないが、思わず目を見開いてしまいそうになるほどの高品質な商品が並んでいた。
仮に、これがアイシスによって作られたものでなかったとしても、少なくともこれらを仕入れるだけの力が彼女にはあるということなのだ。
「なら、やっぱり―――」
その希望を口にしようとした瞬間、扉の開く音が聞こえた。アイシスが戻ってきたのだ。それがなんとなく自分の気持を否定しているように感じられて、ミネヴァは不快感に顔を曇らせる。
「結論から言うと―――無理ね」
その予感を肯定するように、アイシスの口から否定の言葉が紡がれる。
その言葉には温度がなく、その表情からも感情を読み取ることはできなかった。
「……無理、というのは?」
そう尋ねるとアイシスはしばし押し黙る。そして、どう話すべきか言葉を探るように目を細める。
「錬金術に必要な三大要素。……知っているかしら?」
「はい」
ミネヴァは頷く。
その程度のことは書物で簡単に調べることができた。
三つの要素とは術者、工房、そして素材だ。それが錬金術の基本だと言われている。
そして、低品質な錬金道具ならともかく、上級品を生み出すためには高い水準でその三つを用意する必要がある。
「竜秘玉なんだけど、それ自体を創り出すことはそれほど難しくないわ。……創るだけなら、ね」
―――竜秘玉。
それについてもミネヴァは当然念入りに調査した。それは極めて難易度の高い錬金道具だ。それこそ、至高といってもいいほどの領域の。
だが、単に作るだけであるならば話は変わってくる。
竜秘玉というのものは非常に特殊な道具であり、その必要とする素材とは裏腹に作ること自体は難しくないとされていた。
それがミネヴァがこの竜秘玉という情報にたどり着くことが遅れてしまった原因でもあり、伝承としてあやふやに語り継がれている理由でもある。
それほど品質の高くない竜秘玉、それは比較的簡単に作ることができ、そして、それゆえに効果がとても低いのだ。
それこそ、市販の廉価な傷薬にさえ劣るほどに。
だから、竜秘玉というものは否定的に見られることも多かった。素材を集めることも調合も難しい。にも関わらずそれに相応しいだけの効能はない。
だけど、一部の人間は気付いていた。高品質な素材を用意すればするほどにその効果も高まっていくと。そして、その効果には上限がないとさえ思われていた。死者すら蘇らせることができると嘯かれていたのもそういう理由だろう。
ただ、その素材が高品質であればあるほどにその難易度も加速度的に高まっていく。だからこそ高品質な竜秘玉を作り出すことのできる人間もほとんど存在しなかったのだ。
極めて優れた術者もまた必要となるのだ。
「……それは、不可能ではない、ということなのでは?」
アイシスの説明にミネヴァは疑問を呈す。
今の説明であれば高品質な竜秘玉を作り出すことができれば邪竜の呪いを解くことはできるのではないかと思われた。
「素材が用意できないのよ」
簡潔な答えにミネヴァは眉を顰める。
「素材、というのは?」
場合によっては素材はミネヴァが持ち込めるかもしれない。
ミネヴァの調べた限りにおいては、錬金術の素材はその術者が自分で用意するとされていた。基本的にはそこまで含めて錬金術師の仕事なのだ。客は自分の目的に必要な効能を説明し、それをもとに錬金術師は素材を集めて錬金をし、適切な商品を提供する。
それは素材を見極める眼が必要だからという理由だ。錬金術の才あるものだけが持つという眼。
それゆえに、錬金道具は一般的な道具に比べて高価となるのだ。
だが、それは原則であって、客がその素材を持ち込むことを拒否するというものではない。もちろん、錬金術師でない者にとって素材の見極めは難しく、最適な素材を用意することは簡単なことではない。それを探すこともそうだし、採取することもそうだ。
だけど、ミネヴァであれば、王女であれば用意できるものもあるかもしれない。
「竜秘玉っていう名前のとおり、竜素材が必要になるのよ。それも高品質な。……可能であれば成竜の心臓か角が欲しいところね」
「成竜、ですか……」
成竜の素材ともなればもちろん非常に希少である。
亜竜や偽竜ならともかく、そもそも本物の竜自体の数が少ないからだ。それも成竜であればさらに限られる。
そして、問題は数だけではない。
当たり前の話ではあるが、竜という生き物は強いのだ。少なくとも並の冒険者程度では歯が立たないだろう。
だから、その素材の入手が難しいというのも一応は納得できる。
だが、できなくはない。
数こそ少ないものの成竜の討伐はそれなりに成されており、それにともない各素材も入手されている。特に竜の角などはその立派さから装飾品として家に飾られているものもある。
実際に、ミネヴァもとある貴族の家でそれを目にしたことがある。
芸術の国、ということもあってそういったものはそれなりにきちんと管理もされており、劣悪な環境に置かれているということもないはずだ。
王女である自分の伝手があれば、簡単ではないにしてもそれらの一つくらいは入手ができるだろう。
「……おそらく、それは使い物にならないわ」
「どうして、でしょうか?」
アイシスはそれを否定する。
「骨董品、美術品としての保管と、錬金素材の保管では全く違うからよ。どんなに丁寧に保存されていたとしても、おそらく素材として見れば相当に劣化しているはずよ」
「そんな……」
その言葉に愕然とする。だけど、言われてみれば確かにとも思う。
どんなに美しいままに保たれていたとしても、それは美術品として外側が美しいだけなのだ。錬金素材としては別の話になる。そして、劣化した素材では満足のいく竜秘玉を作ることはできない。
「そういうわけで、ごめんなさいね。……私では創ってあげられないわ」
「そう、ですか……それでも……。いえ、どうもありがとうございました」
その明確な拒否の言葉にミネヴァは一瞬食い下がろうとするが、諦めて言葉を飲み込む。
その謝罪には心からの謝意がこめられているように感じられたからだ。
助けを求めるように視線を彷徨わせると、それはネリアとぶつかる。
「……この街にはもう一つ錬金術の工房があると聞いた」
ネリアがぼそりと呟いて提案する。
もともとこの街に来る前からそれはわかっていた。ただ、そちらについてはあまり情報がなかったのだ。
このアイシスという少女が優秀だという話はそこかしこで聞こえていた。それはこの街の中だけに限らず、外にまで噂されるほどに。
だけど、もう一つの工房についてはそういうものが存在するというくらいしかわからなかったのだ。実績などを語る者もいなかったため、ミネヴァも今まではほとんど気に留めていなかった。
「……」
ミネヴァはちらりとアイシスの方を窺う。
同業者の名を出したことに気を悪くしていないかが気になったからだ。
だが、不思議と言うべきか、アイシスはそれについて特に不快には思っていないようだった。むしろ、そのネリアの言葉にそうだろうとでもいうように小さく頷いていた。
ただ、店を出る間際にほんの僅かにだけ聞こえたアイシスの独り言のような言葉は強く耳に残った。
―――彼の錬金術では創れないのですけどね。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。
次話『05.孤児院』09/05 21:00投稿となります




