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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第三章 『悲嘆のメルクーア』
38/71

38.万能

 あらかたの話を終え、一区切りついたところでシンはアイシスが緊張感をまとっていることに気付く。

 そして、自信なさげに少しだけ目を伏せると、やがて思い切ったように立ち上がる。


「お父様、お母様……申し訳ありませんでした」


 そう言いながらアイシスは深く頭を下げる。

 マウディとハーラは顔を見合わせる。そして、小さく苦笑を浮かべる。何が、とは聞かなかった。

 父は優しく告げる。


「……そうだな。心配はした」

「はい。……申し訳ありません」


 ずっと気がかりではあった。

 書き置きを残したとはいえ、家族に黙って家を出てきてしまったことが。

 確かに、話をすべきだったというのはわかっている。それでも、あの状況でアイシスにそれはできなかった。その勇気はなかった。両親を説得するだけの言葉も持っていなかった。

 だからアイシスはそのまま何も言わずに家を出た。逃げるように。

 きっとそれについて優しい両親が気にかけているだろうと思っていた。その心配をかけてしまったことを謝りたかった。

 だけど、結果を出すまではそれができないと思っていたのだ。


「アイシスが何を考えてそうしたのかは私もわかっているつもりだ。だから、まぁ、それを責めるつもりはない」

「……はい」

「ただ、落ち着いたあたりで連絡はほしかったところだが」

「はい……。そう、すべきだったと思います」


 アイシスにもそれはわかっている。だけど、罪悪感があり、素直にそうすることができなかった。もちろん、意地になっていたという部分もあった。そしてなにより、アイシスは自分がどこにいるのかを家族には知られていないつもりだったからだ。

 仮に、メルクーアの家がアイシスの居所を掴んでいることを知っていたならば、あるいは元気にしているという便りくらいは定期的に送っていたかもしれない。

 だけどアイシスとしては隠れ住んでいるつもりだったし、家から逃げ出している現状で合わせる顔がないと思っていた。

 両親からすれば、それでも連絡が欲しかったであろうことは理解していながらも。

 だからアイシスにはただ頭を下げることしかできない。


「―――そうね、心配はしたわ。だけど、そこまで深刻に心配していたわけじゃないわ」

「……え?」


 母の意外な言葉に顔を上げる。

 穏やかに微笑む母の表情を見て、アイシスは混乱したように目を細める。


「あなたは兄や姉とは違うから」

「……はい」

「他の家族とは違って優秀だもの、きっとうまくやれていると信じていたわ」

「どういうことだ……」


 思わず呟いたのはシンだった。その言葉がどういう意味なのか理解できなかったのは間違いないが、それを尋ねようという意図があったわけではない。ただ、無意識に口に出てしまっただけだ。

 メルクーアの家の事情についてアイシスからもそれなりに聞いているつもりだった。別に邪険にされていたわけでもないし、家族も愛情をもってアイシスに接していたというのも聞いている。

 だけど、アイシスには才能がなかった。だから、ずっと肩身が狭く、辛い思いをしていたのだと。

 それについてティールに出会ったことでシンも薄々は気付いていた。おそらくアイシスの肩身が狭かったのは、家族が優しかったからだ。シンの目から見て、あるいは過保護なのではないかと思えるほどに。

 愛されてはいた。だけど、きっとアイシスは特別扱いだったのだろう。

 家族が悪かったわけではない。かといってアイシスが悪いわけでもない。ただ、うまく噛み合わなかっただけなのだろう。

 それはおおよそ理解している。

 だけど、だからこそアイシスが優秀だという言葉の意味がわからなかった。

 その言葉が聞こえていたのか、あるいは疑問が顔に出ていたのか、ハーラはシンの顔をじっと見つめる。そして、ふっと相好を崩す。


「あなたはメルクーアというものをどれくらいご存知ですか?」

「え? その、なんと言ったらいいか……各々が特別な才能を持った一族だと」

「まぁそうでしょうね。それが一般的な認識です」


 ハーラは薄く笑う。

 それが何を意味するのかわからず、シンは不思議そうに眉を顰める。


「たとえばその子……ティールには戦う才があります。世間では最強の剣士などと持て囃されてもいます」

「そう、みたいですね」


 ティールが訪れてから、シンもメルクーアというものについて調べてみた。とはいえ、シン程度が調べられることなどたかが知れているのであくまで表層の部分にすぎない。

 その中で、今ハーラが言ったようにティールの情報も得ることができた。ティールはメルクーアの中でも特に知る者が多く有名だった。特に顔が知れているからだろうが、ティールの話は他国であるトーラスにあっていくらか聞くことができた。


「ですが、本当は違います。この子は戦うことしかできないのです。自分の嫌なことは何一つできない。やりたいことしかやらない、ただの我儘な子供です」


 ひどい言い様だな、とシンは苦笑する。

 ちらりとティールの顔色を窺うも、その言葉に何の反応も示していなかった。言われ慣れていてそれがどうしたのか、という感じだ。


「メルクーアはどれもそう。やりたいことしかやらない。信じられますか? 今この領地を実質的に運営しているのはメルクーアの血を持たない私なのですよ?」


 そう言ってハーラは隣にいる夫に視線を送る。

 マウディは僅かに顔を歪めた後、気まずそうに視線を逸らす。

 その様子にハーラは大げさにため息をつく。


「……まぁ、夫はまだましです。農業という性質上、多くの人間と関わらざるを得ません。誰かと協力することでしか成し遂げられないものがありますから」


 農業は一人ではできない。広大な土地があり、工程も多い。いかにマウディが優れた人間であるとしても多くの人間の助力を得なければ何もできないのだ。

 そのためには多少は割り切る必要がある。やりたくないことにも目を向けなければならない。

 そういった意味でまだましなのだ。

 外をふらふらしているティールも、家でずっと魔法の研究をしているジルフィも、対極の存在と言ってもいいものだが、どちらも同じく自分一人で完結してしまっている。

 やりたくないことはせず、ひとりで生きているのだ。


「だけど、アイシスは違います。この子にとっては不幸なことでしょうが、才能が見つからなかったため色々なことをせざるを得なかった。嫌なことでも。やりたくないことでも。だからなんでもできる。……どれも一流とは言えませんが」

「なるほど……」


 そう言われればシンも納得する。

 アイシスには多彩な知識がある。それはシンもよく知っている。剣や魔法はもちろんのこと、政治のことだってわかる。そして、貴族の子女としては普通ありえないような家事の知識まである。

 それはなんとしてでも自分の才を見つけるために多くのことを学んできた結果だろう。可能性が低かろうと、一縷の望みにかけて何でもやってきたのだ。

 それを嫌だと言っている余裕はなかった。

 だから、他のメルクーアとは違う。アイシスは何でもできるのだ。

 それをハーラは優秀だと言ったのだ。


「―――ただ」


 ハーラは続ける。優しい笑みを浮かべながら。


「我儘ばかりですが、メルクーアは悪ではありません。夫も、その子たちも、民のために尽くしてきました。困っている誰かを助けてきました。実際、夫のおかげで農業は発展し、多くの人間がその恩恵を受けています。おかげで飢餓で苦しむような民は以前より遥かに少なくなっています」


 それだけのことができるからこそ許される。好きなことだけができるのだ。

 自分のできないことは、やりたくないことは誰かにやってもらえばいい。それで成り立ってしまう。それでいいのだと思ってもらえる。

 それがメルクーアなのだ。


「だからこそ……自分で言うのもなんですが、私のような何でもできる優秀な存在が、万能たる者がメルクーアの隣に望まれるのです」


 その言葉に見えるのは自負。自分が必要な存在であること、そして、そんなメルクーアを愛していること。

 ハーラはじろりとティールに視線を送る。


「そうでしょう?」

「はぁ……。今は俺の話はいいだろ?」


 うんざりと言うようにティールは首を横に振る。

 ハーラもまた、やれやれと同じように首を振り、改めてアイシスに向き直る。


「だから、これは確認。あなたは考えているのよね? これからのことを。―――私が、何について言っているかはわかるわよね?」

「―――はい」


 アイシスは当然というようにはっきりと頷いた。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『39.城』10/09 21:00投稿となります

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