36.才能
アイシスは目を覚ますと周囲に視線を巡らせる。
そこは見覚えのある部屋だった。ここはシンの家の奥にある一室。昔、まだここでシンと一緒に暮らしていた頃にアイシスが過ごしていた部屋だ。
今ではあまり使うことはないが、何かあれば時折この部屋を利用している。
懐かしみながら起き上がった瞬間、頭が重いことに気付き、何があったのかを思い出す。
「いたた……」
錬金道具である以上、その効果はずっと続くわけではない。眠っている間にすでに効果は消えているが、お酒はまだ完全に抜けてはいない。
これは副作用が強いというよりも、単にアイシスが酒に弱いだけの話だ。
シンはこれを使ってもたいして副作用もなく平然としているという理不尽な事実に重い頭がさらに重くなる。
だけど、それを誰にでも使えるようにするのが錬金術士である自分の役目だ。そうなれば自分ももっと楽に使えるだろう。
アイシスはちょっとした打撲の痛みに顔をしかめると、起き上がり微かに漏れる声の方へと向かう。
「目が覚めたか、アイシス」
「うん、ごめんね。シンが運んでくれたんだよね?」
「別に気にしなくていいさ」
アイシスはシンと向かい合って座っているティールの方に視線を向ける。
「……お兄様も、申し訳ありません。時間を取らせてしまって」
「それこそ気にすることはない。体は大丈夫なのだな?」
「はい。それは、その……お酒が……というだけなので」
ティールに心配されたアイシスは、恥ずかしそうに顔を伏せる。
ティールからすれば心配しているだけだというのはわかる。たいして強くもないアイシスがあそこまでの力を引き出したのだ。何か体に無理をさせているのではと考えるのは当然のことと言える。
だけど、アイシスからすれは本当にただ酒に酔ってしまっただけなのだ。
そんなアイシスを見てシンは小さく苦笑すると、一つ咳払いをする。
「とりあえず座りなよ」
「うん」
頷いてアイシスはシンの隣に座る。
「何の話をしてたの?」
「ここまでの経緯、だな。アイシスがどう過ごしてきたのかってのをね。……まぁご家族としては当然気になることだろうから」
「そう、だね」
「あくまで俺の視点からの話だから、多少アイシスの思うところとは違うだろうけど」
それはそうだろうな、とアイシスも思う。
おそらくは始まりからして認識のずれがあるはずだ。ただ、今そこを兄に説明しようとは思わないが。
どんな話をしていたかを簡単に聞くと、やはり多少のずれこそあったものの、その経緯のおおよそはシンが話したことと合致していた。
ちらりとティールを窺うように視線を向ける。兄はあまり顔に考えを出すような人間ではないが、それを差し引いても特に疑問などは抱いていないようだった。
「後は、先の手合わせの話だな」
「……手合わせ?」
ティールはアイシスが眠った後のこと、そのときにシンと戦った話をした。
アイシスは思わず顔を引き攣らせる。自分が戦うのはわかる。そして、ティールがシンと戦いたがる気持ちもなんとなくはわかる。だけど、シンには戦う理由はないはずだ。
ちらりとシンの顔を窺う。
「強引に迫られてな。仕方なく」
「……ごめんなさい」
「別にアイシスが気にすることじゃないだろ。な?」
ティールも頷く。
アイシスからすれば兄が迷惑をかけたという話であるが、シンはそれを気にはしていない。それは関係ないからという意味ではなく、おそらくそれが必要だったのだろうと考えているからだ。
「―――そういえば、あのときの急に武器が出てきたのはどういう原理だ?」
ティールはずっと疑問だったことを尋ねる。
あの戦闘中、気がついたときにはシンは武器を手に持っていた。それはティールが今までに見たこともない現象だった。
「それは、この腕輪だよ」
シンは両腕を突き出す。
「これに収納した武器を即座に取り出して身につけることができる。そういう錬金道具だ。……登録できる数はそれほど多くはないがな」
「いいな、それ。売ってもらうことはできるか?」
目を輝かせながらティールは言う。
これがあれば普段から武器を持ち歩く必要もなくなるし、咄嗟の戦闘にも対応できる。いつでも戦いたいティールにとっては喉から手が出るほど欲しい逸品だ。
シンは首を横に振る。
「残念だけど誰にでも扱えるわけじゃない。錬金術の才能が必要になるが、あんたには無理だろうな」
「そうか。それは確かに残念だな」
ティールは心底がっかりしたように深く息をつく。
「それで、お兄様はこれからどうされるのでしょうか?」
話を変えるようにアイシスが切り出す。
尋ねられたティールは少し考え込むような仕草を見せる。
「そうだな……。俺がここに来た理由は話しただろう?」
「私の、婚約のことでしょうか?」
ティールは頷く。
アイシスの婚約について、ティールはアイシスを連れ戻すためにここに来た。そして同時に、アイシスに猶予を与えるために来たのだ。
「俺がここに来たのは確かめるためだ。お前がただここで過ごしているだけなら連れ戻すつもりで。だが、もしもお前がここで自分の才を見出していて、それが俺が認めるほどであれば家にはそう報告してお前には猶予を与えようと」
「それで……どう、でしたか?」
「……」
だが、ティールは即答することはなく沈黙する。
そんな反応を見てアイシスだけでなくシンも怪訝そうな表情を浮かべる。
ティールはアイシスの力を認めているはずだ。シンの目から見てもそれは間違いないと思える。
ならば答えはもう決まっているのではないのか。
「正直、これについては俺の認識が甘かった」
ティールはため息をつくと、静かにそう告げる。
「一度、家に帰るべきだろう」
「え……?」
アイシスとしても十分に自分の力を示すことができた自信があった。そして、それを兄も認めてくれていると思っていた。
だからその予想外の言葉に何も言うことができなかった。
その反応はティールにとっても想定内だったのか、首を横に振る。
「誤解するな。お前の力が不足しているわけではない。……むしろ逆だ」
「……逆?」
「お前の力が……才が俺の想定よりも上回っていた。これなら一時的な猶予を得るよりも家族と話し合うべきだ。お前の未来について」
ティールも初めはそのつもりだった。
ここで見たことを、アイシスのここでの成果を家に報告してしばらくはアイシスの好きにさせてあげるべきだと。
だが、アイシスがこれほどの力を持っているとなると話は変わってくる。
アイシスの持つ力はすでに尋常ではないところまできている。
一見すると、その強さはティールにも、他の兄姉たちにも及ばないように思える。だが、アイシスの錬金術はティールたちが持つ個の力と比べて桁違いの影響を及ぼす可能性がある。
それは、あるいは父に似ているかもしれない。
父もまた、個人的な武力を持っているわけではない。
だけど父の農業に対する影響力には凄まじいものがある。それこそ何千何万の人生が簡単に変わってしまうほどに。
アイシスがどこまでのものか、ティールははっきりと理解しているわけではない。だが、そう考えてしまうだけのものを持っているはずだ。
そのように、すでにメルクーアとしての真価を発揮しているアイシスであれば、ティールや他の兄姉と同じように好きなように生きることができるはずだ。
だけどそのためには一度家に帰り両親と話をする必要がある。自分が何をしたいのか、そしてどう生きたいのか自分で家族に伝えなければならない。
「どちらにせよいずれは結婚をすることになるだろう。お前がどうしても嫌だと拒むなら別だろうが、そうは言うまい? だが、以前のお前ならともかく、今のお前は両親の決めた婚約に従う気はないだろう」
「そう、ですね。お兄様のおっしゃるとおりです。確かに、今の私ではお父様やお母様の望むまま、というわけにはいかないですね……」
その言葉を聞いてティールは納得したように僅かに口元を緩める。
アイシスが何を考えているのかおおよそを理解したからだ。
それがアイシスの願いであるならば、やはり両親と話をする必要があるだろう。そして、アイシスがそうしたいと言うのであれば両親も無碍にすることはないはずだ。
「お前の願い、それを叶えたいのであれば両親を説得しなければならない」
「はい。ですが、そのようなことが許されるのでしょうか?」
それはティールからすれば意外な言葉だった。
力があるのであれば好き勝手にすればいいのではないか。自分のように。それがメルクーアだろうと。
アイシスにもその考え方はわかる。だけど、これまで自分が家の負担にしかなっていなかったことも理解している。そのうえ、このように家を飛び出してすでに好き勝手にやっているのだ。これ以上の迷惑をかけるとなると、どうにも気後れしてしまう。
それに、まだどこか自信が持てないというところもある。
「そのときは、俺も協力するさ。なにせ俺も好き勝手やらせてもらってるからな」
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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