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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第三章 『悲嘆のメルクーア』
34/71

34.剣術

 意識を失い、シンに抱きとめられたアイシスを見てティールは目を細める。


「……薬の副作用、か?」


 先の戦闘での激突、それによってアイシスは正面からティールにぶつかり吹き飛ばされた。その衝撃は安いものではない。しかし、それだけで意識を失うほどの負傷をしたとも思えない。

 であるならばアイシスがこうなっている原因は戦闘前にアイシスが飲んでいた何か、のせいなのだろう。それがどういったものなのか正確なところはティールにはわからない。

 ただ、想像はできる。おそらくは爆発的に身体能力を増加させることと引き換えに体に何らかの負担があるのだろう。

 アイシスが倒れたのはその副作用なのだろうと。


「それは……まぁ、違うとは言えないんだけど。でも、あんたが思ってるようなことじゃない」

「どういうことだ? とりあえず大事ないと?」

「大事はないよ。ただ、どこから説明したものか……」


 シンはしばし考え込む。

 まずは錬金術から説明しなければならない。


「そうだな……。まず、錬金道具っていうものは知っているのか?」


 そのくらいは知っているはずだ。

 おそらくはアイシスがここで錬金術士をやっているということを知った時点で、錬金術というものがなんなのか、簡単には調べてきているのだろう。

 もちろん、それにも限度はある。錬金術についてほとんど知られていないガエメニでは情報もたかが知れている。


「それくらいはな」


 ティールは首肯する。

 ならば基本的なことは省いていいかとシンは話を続ける。


「明確な規則があるわけじゃないんだが、確かに高度な錬金道具には負の効果、反動というべきか副作用のようなものがあることが多い。と言われれば納得はできるか?」

「そういうこともあるだろうな」

「そして、アイシスが使ったのは錬金道具の力を限界まで引き出す錬金術の秘義、まぁそのまま限界解放と言う」


 なるほど、とティールは頷く。

 途中でアイシスが何かを唱えると、初めにそれを飲んだときとは比べ物にならないほどにアイシスの力が強化されていた。

 それが錬金道具の力を限界まで引き出したものだと言われれば素直に理解できる。

 実際に体感してそれが秘義と呼ばれるにふさわしいものだということもわかる。


「で、それによって錬金道具の効力は別物ってくらい跳ね上がる。……それは、負の効力も」

「つまり、副作用も大きくなるということだろう?」

「そうだ」


 その答えを聞いてティールは目を細める。

 シンが何を言わんとしているのか、いまいち掴めないからだ。

 今シンが言ったことをまとめると、アイシスは錬金道具の副作用、反動で倒れたというだけのように聞こえる。それだけの単純な話になる。だけど、シンは最初に言葉を濁した。それは少し違うというように。

 そうティールが疑問に思っていることはシンも当然に理解している。シンはその懐から小さな瓶を取り出す。

 それはティールにも見覚えがあった。アイシスが使っていたものと同じだからだ。


「これはアイシスが飲んだ錬金道具なんだけど、名前はアルテアの火酒って言う。で、誤解を恐れずに言うと、これはまだ未完成なんだ」

「……未完成とは?」

「これはその名のとおり酒でもあるんだ。だけど、まだ開発途中でな、ちょっと酒が強すぎる」


 このアルテアの火酒の効力は極めて単純と言える。身体能力を向上させる、というどこにでもありそうなものだ。特に反応速度の向上は目覚ましいものがあるが、そこにおかしなところはない。

 ただ、その性質上、体全体に酒の効力が回ることになる。

 そして、限界解放により、その効力もまた跳ね上がることになる。その体を巡る酒の強さも。


「……つまり、その副作用で酔っ払って寝てる」

「……それだけか?」

「それだけだ」


 ティールはじっとシンの目を覗き込む。それが真実かと確かめるために。

 しばらくの時間が経った後、ティールは安心したように息をつく。とりあえずアイシスに危険はないと理解したからだ。

 そして、ティールは意識を切り替える。アイシスのことから眼の前にいるシンに。


「で、次はお前の番だな」

「……何がだ?」

「剣を取れ」


 突然そう言われたシンはぽかんと口を開ける。

 そもそも何を言われたのかが理解できなかった。

 やがてその言葉の意味を理解すると、あからさまに顔をしかめる。


「多少は剣を扱えるのだろう?」

「いや、それは、まぁ少しは、だけどな」

「ならそれでいい」


 そう言うとティールは折れた剣を構える。

 シンはしばらく動かずそのままで待つ。もしかしたら撤回してくれないかという淡い期待を抱いて。

 やがて、微動だにしないティールに諦めて大きくため息をつくと、アイシスを柔らかな草の上にゆっくりと横たえ、アイシスが使っていた剣を放り投げる。

 ティールはそれを不思議そうに受け取る。


「……せめて折れてないの使ってくれ。むしろ俺が怖い」

「ふむ、そういうものか」


 ティールとしてはどちらでもいいので、すんなりとそれを受け入れる。

 そして、構えるとシンを待つ。


「好きに打って来い」


 シンはもう一度大きくため息をついて剣を構える。

 その構えを見てティールは僅かに目を細める。


「はぁっ!」


 シンは小細工なしに正面から斬りかかる。

 そもそもアイシスよりも弱いシンにできることなどなにもないのだ。ただ、何も考えずできることをやるだけだ。

 当然と言えば当然ではあるが、その攻撃をティールは苦も無く捌いていく。冷静にじっとシンを観察しながら。


「はぁはぁ……」


 しばらく剣を振り続けたシンは、疲れて息が上がると後ろに飛び退く。

 おそらく反撃は来ないだろうとは思っていたが、念の為にと攻撃されない位置まで逃げたのだ。

 ここからどうするつもりなのだろうかとティールに視線を送るも、ティールはどこか気も漫ろといった表情で考え事をしていた。

 やがて、じっと見られていることに気付いたティールは小さく頷くとシンに尋ねる。


「一つ聞いてもいいか?」

「……何だ?」

「その剣術は見たことがないのだが、どこで習った? 基礎のようなものはできているようだし我流ではないのだろう? 腕はたいしたことないが」

「……最後のは余計だ」


 ティールはそれなりに剣術に精通している。故郷ガエメニだけでなく、国外をもさまよい歩き様々な剣を見てきた。それは強くなりたいという意思などではなく単なる興味であり、趣味としてという部分が大きいが、それでも大きな流派についてはおそらくほとんど網羅しているだろう。

 そのティールの全く知らない剣だった。その異質さには疑問を抱かざるを得なかった。


「それは完全に対人専用の剣技だろう?」


 剣を交えたティールにははっきりわかった。

 シンの振るう剣技は人間と戦うためだけのものだ。

 もちろん、人間と戦うための剣技はある。だけどそれだけのものはティールも見たことがなかった。対人用の剣だとしても、やはりどこかでは魔獣などに対処するための要素が込められているはずなのだ。

 だけど、シンの剣にはそれがない。


「……俺の故郷の剣だよ。ただ、そんなに長いことやってたわけじゃない。あんたの言ってるとおり基礎くらいしか習得してない」

「そうか。……筋は悪くないと思うが、どうしてやめたんだ?」

「……さあね」


 シンはそう呟き、顔をしかめる。


「すまないな。聞かれたくない話だったか?」


 そのシンの反応にティールは謝罪する。それについて話したくないのだろうと。

 だけど、シンにとっては違う。話したくないという意識はない。ただ、話せないのだ。

 単純にわからないから。

 言われてからそれについてろくに考えていなかったことに思い当たる。剣を少し習っていたことははっきりと認識している。にも関わらず、どうして剣を習うことにしたのか、そして、どうしてやめてしまったのかわからないのだ。

 何も、覚えていない。


「聞かれたくないわけじゃない。ただ、一部記憶がなくてな。わからないから話せないんだ」

「……そうか。それは悪いことを聞いたな」

「いや、気にしないでくれ」


 シンには一部の記憶がない。

 だけど生活に不自由なほどの記憶喪失というわけでもない。

 生まれも育ちもはっきりと覚えている。自分の名前も、両親の顔も、生きてきた家も覚えている。

 だけど、大切な部分が欠けているのだ。自分を構成する重要な性質、その本質となる何かが消えてしまっている。

 いつか、それを取り戻せるときが来るのだろうか。

 自分の知らない、この世界で。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『35.錬金道具』10/05 21:00投稿となります

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