33.戦闘
錬金道具には大きく分けて二つの種類がある。
一つは誰にでも使えるもの、もう一つは錬金術の才能がなければ使えないもの。
前者は誰にでも使えるという性質上、発動させる際の魔力の消費も少なく、その分効力も小さい。
そして、後者は使用する魔力も大きい分効力も大きい。
だが、その後者の場合においても、錬金道具の持つ力のすべてを引き出せているわけではない。
それを本当の意味で扱うためには卓越した錬金術の技術、そして才能が必要となる。
それが錬金術の秘義。
「限界解放。羽ばたき世界を駆けろ―――アルテアの火酒」
その言葉とともに、アイシスの全身に力が満ちる。
アイシスが放つ圧倒的な気配にティールも瞠目する。
過小評価しているつもりはなかった。これまで見たアイシスの力は十分に称賛に値するものだったが、それでも、アイシス個人が持つ武力についてはそこまでの期待はしていなかった。
確かに、あのアイシスがあそこまで自信を持って言い放った以上、ティールを満足させられるという言は信用に値するものだったのかもしれない。
それでも、信じきれなかったのは心のどこかでアイシスのことを侮る気持ちがあったのかもしれない。
「……これほどまでとはな」
ティールの顔から笑みが消える。
これまでは違った表情。アイシスと剣を交えたのはあくまでアイシスの力を確かめるためにすぎない。
その妹の力を見て、妹の成長を感じ取り、それを嬉しく思っていた。
それだけの話しだ。
だけど、ここからは違う。
ここからは本当の意味での戦いだ。
アイシスのためではなく、ただ自分が楽しむための戦い。
「……」
ティールは無言で剣を構える。
それを戦いの合図としたのか、その瞬間にアイシスが地を駆ける。
まるで爆発音のような衝撃が奔ったか思うと、次の瞬間には剣と剣がぶつかる音が響き渡る。
もはや人間の目では追うことが叶わないほどの神速の一撃。
ティールはその想定すらしていない速さの一撃を剣で受け止めた。
油断があったわけではない。だけど、それでも心のどこかでは思っていたのかもしれない。自分を上回ることはないと。
だけど今の一撃は単純な速度だけで言えばティールよりも上だった。だから、それをとっさに受け止めることしかできなかったのだ。
その動揺で僅かに動きが遅れる。反撃に移ろうとしたときにはすでにアイシスは間合いから消え去っていた。
「……お兄様、武器を換えますか?」
ティールは手元に目を落とす。
訓練用の丈夫な剣ではあったが、それが中ほどから折れてしまっているのだ。
それはティールの不覚だった。訓練用の剣は確かに頑丈だ。だけど、先ほどのような強烈な一撃をそのまま不用意に受け止めてしまえば折れてしまうのは当然とも言える。
「このままで問題ない。剣が軽くなっただけだ」
「そうですか。……では、行きますね」
宣言とともにアイシスは再び突撃する。
ティールは同じようにその剣を受け止めるが、次は剣が折れるようなことはなかった。
一度は見た。
だから次は反応ができた。その激突の瞬間に剣をいなし、威力を殺したのだ。
今度は驚いたのはアイシスの方だ。その手に伝わる衝撃があまりにも小さく、手応えのなさに僅かに体勢が崩れる。
しまったと思ったときにはすでにティールの剣がアイシスを襲う。
先ほど悠々と距離を取ったときとは違い、今度は必死になってその場から飛び退る。それでも間に合わず、ティールの一撃がアイシスの剣を叩く。
自らが飛んだ衝撃と合わさり、アイシスは派手に吹き飛ばされる。
剣を足元に突き刺しながら地を滑りその勢いを殺す。そして、はっと気付いたアイシスはもう一度その場から大きく飛び退く。
ティールが追撃してきたことに気付いたからだ。
大げさとも言える距離を取られたことで、ティールは感心するように息をつく。それが中途半端な距離であれば再び追撃をするつもりだった。
一見すると逃げたようにしか見えないが、それが正解だったと誰よりもティールが理解している。速度ではアイシスが上なのだ。であれば不安定な姿勢で戦いを続けるよりも距離を取って仕切り直した方がいいに決まっている。
「これは……すごいな……」
シンはなんとかそれだけを口にする。
その戦いにシンが言えることは何もなかった。ただ、すごいとしか。
人間の限界を超えているという速度を見せるアイシスは当然として、ティールの剣技も常軌を逸しているように思えた。
速さではアイシス。早さではティール。
二人の戦いはしばし膠着状態に入った。一進一退の攻防。シンにはそれがどういう状況なのかすらわからなかった。
だからそれに気付くのが遅れてしまった。
一見すると攻防の状況は変わらない。だけど、気付けばアイシスの剣が当たらなくなっていたのだ。
受け止めるでもなく、躱しているのだ。
それはつまり、ティールがすでにアイシスの剣を見切っていることを意味する。
ただ、冷静に考えてみればそれも納得できる。
一時的には互角の戦いができたとしても、それは実力的に互角というわけではないのだ。あくまでアイシスは身体能力を引き上げているにすぎず、それが実力ではないのだから。
ティールの技量と経験、それを考えれば次第に戦況が傾いていくのは当然のことと言える。
簡単に言えば、慣れてきたのだ。
戦いが終わるのは時間の問題だろう。そして、そのときはすぐそこまで来ている。
ティールに油断はない。一気に決着をつけるのではなく、じわりじわりと追い詰めるように戦いを進めている。
こうなるとアイシスにできることはもうほとんどないだろう。一か八か、破れかぶれの攻撃に掛けるしかない。
であるならば、シンには一つだけ心当たりがあった。アイシスが何をするのか。
「これで最後だな。……まぁどっちにしろこれも賭けだってのは違いないか」
アイシスが距離を取る。アイシスであれば一足飛びであるが、ティールの間合いの僅かに外。そのぎりぎりの距離。
一つ深呼吸すると全身に力を込める。体内に力を集中する。本当の全力を出すために。
これまでも全力ではあった。ただ、それは制御できる範囲での話だ。これ以上の力を出せば自分でもろくに制御ができずまともに剣を振ることすらできないかもしれない。
それでも、今アイシスにできることはこれしかないのだ。
合図はなかった。
アイシスがこれまでを遥かに上回る速度で飛び出す。ティールに向けて一直線に。
ティールにすら想像ができないほどの速さ。だが、ティールの才はそれすら上回る。
経験したことのないそれに反応して、完全にアイシスの動きに合わせる。そして、そこから振るわれる剣閃を予測する。
予測してしまった。
誤算だったのはアイシスの思惑を読み誤ってしまったことだ。
案の定、というべきか、アイシスは自身の身体を制御しきることができなかった。止まることもできず、剣を振ることができなかったのだ。
一瞬で無理矢理に切り替えたアイシスは、剣を諦めてそのままティールに突進する。もはやそれだけしかできることはないのだからそれも当然だ。そのままの勢いで肩をぶつける。
ティールはそれにすら反応する。反応してしまう。極限の集中状態、もはや反射とも言える速度で反撃すべくその拳が動く。
だが、ティールは即座にその動きを抑える。無意識とも言えるその反応を理性で無理やりに抑えつけたのだ。
そこに意識を割いた結果、アイシスへの対応がほんの僅かに遅れる。
二人の体が衝突する。
「―――ぐっ」
「きゃぁ!」
ティールはその衝撃によろめく。その程度だったが、一方のアイシスはその勢いに吹き飛ばされる。
いくら身体能力を上げたとしても体格が違いすぎるのだ。
それでもアイシスは攻撃を諦めない。吹き飛ばされながらも最後の力で剣を振る。そして、その一撃が初めてティールの腕をかすめる。
体勢を崩したアイシスは大地を勢いよく転がり、やがて停止するとふらふらと立ち上がる。
「俺に一撃を加えたか。……見事だ」
「……いいえ、私の、負けです」
アイシスは理解していた。最後の最後でティールが反撃を、出しかけた拳を止めた理由を。
守りを捨ててあの速度で突っ込んできたアイシスに対して拳をぶつけてしまえばアイシスが無事に済まなかったからだ。あるいは、死んでいたかもしれない。だからティールは咄嗟に攻撃を止めたのだ。
「なんでもいいさ。……それなりには満足できた」
「そう、ですか。でしたらよかったです……。ぐっ……」
アイシスはそう言うと頭を押さえる。
そして、ゆっくりと振り返るとシンに一言だけ告げる。
「……後は、任せるね」
「ああ、だいじょうぶだ」
それだけを言うとアイシスは意識を失った。
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次話『34.剣術』10/04 21:00投稿となります




