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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第三章 『悲嘆のメルクーア』
32/71

32.全力

 アイシスが放つ剣戟。

 ティールはその場から一歩も動くことなく簡単にいなす。

 その剣の大半は空を切り、剣で受け止めるに値するのはごく一部だけだった。


「―――っ!」

「……」


 アイシスが必死になっているというのはわかっている。全力であると。

 それはシンの目だけでなく、ティールの目から見てもそうだった。

 ただ、ティールはそのアイシスの攻撃などほとんど見ていなかった。ティールが観察していたのはもっと別のもの。アイシスのもっと奥底だった。


「はぁはぁ……」


 しばらく続いた連撃が終わり、アイシスは距離をとって呼吸を整える。

 そんな様子をシンは感慨深そうに眺めていた。

 シンの目から見てもアイシスは決して強くはない。

 もちろん、シン程度の実力で何がわかるというわけでもないのだが、剣技自体は未熟なわけではないと思っている。あくまで自分と比べて、ではあるが、しっかりと鍛錬も積んでいるし、基礎もしっかりしている。シンより強いというのは間違いない。

 確かに一流と呼ばれる剣士に届くほどではないが、凡人なりに努力を重ねたいい剣だと思っている。

 そしてこの街に移り住んでからも、鍛錬を怠ってはいない。

 だから、弱くはない。

 とはいえティールのような超一流からすれば結局は有象無象といったところだろうか。


「……強くは、なっていないな」

「え……?」


 ティールの呟きにアイシスは反応する。

 自分が強くはないということはよくわかっている。それでも、あの家にいたころに比べれば強くなっているはずだ。鍛錬もしているし、実戦だって経験している。


「腕自体は上がっているんだろう。……少しは、だがな」


 アイシスの疑問に答えるようにティールはぽつりと告げる。


「だが勘は鈍っているようだな。おそらくは人間相手にその剣は振るっていないはずだ」

「……」


 アイシスはちらりとシンに視線を向ける。

 ティールの言うようにアイシスは対人戦闘の訓練はほとんどしていない。腕を鈍らせないようにと、ときにはシン相手に剣を交えることもあったが、それだけだ。

 アイシスがする戦いとは魔獣相手ばかりだ。素材を収集するために必要であれば戦うだけにすぎない。

 だから、対人戦闘という面において勘が鈍っているというのは間違いない。


「評するならたいして変わっていないということだ」

「……申し訳ありません」

「ふっ、別に謝ることではないだろう」


 ティールは笑いながら言う。

 そもそもの話としてティールはアイシスの剣に期待はしていない。剣の才能がないということはもちろんわかっていたし、今は錬金術というものに力を入れているということも知っている。

 むしろ、剣の腕が上がっていることに驚いたくらいだ。


「で、これから何を見せてくれるんだ?」


 ここまでの戦いにさほど意味がないことはわかっている。

 アイシスはティールが言った強くなっていないという言葉に多少の動揺を見せてはいたが、それでも剣の腕を褒められるとまでは思っていなかったはずだ。

 つまり、これから見せる何かのための確認のためにすぎないのだ。

 そこで剣を選んだ意味はティールにもわからない。アイシスが言うように剣という基準がティールには一番わかりやすいのは確かだが、これからアイシスが何をするのかは想像がつかない。

 だけど、何かがあること、そして、それに自信を持っていることはわかる。


「そっちの男……シンが言っていたからな」

「……なんのことだ?」


 突然話を振られたシンは何も思い当たらず首を傾げる。


「言っただろう? 俺が全力を出すには狭すぎるってな」

「それは、言ったけど。……それが?」

「つまり、出させてくれるんだろう? 俺の全力を」


 そう言うとティールは獰猛に笑みを浮かべる。

 これまで静かだったティールの気配が爆発的に膨れ上がる。

 アイシスは自分の手に汗が滲むことを感じながらシンの方へ振り返る。そして、シンが小さく頷くのを見て頷き返す。


「はい、ここからです」


 そう言うと、アイシスは懐から小さな瓶を取り出す。

 そしてそれを一気に飲み干す。


「―――行きます」


 先ほどと同じ言葉、それとともに放った剣もまた先ほどと同じだった。

 ただその威力と速度、それが桁違いだった。


「むっ……」


 受け止めたティールはその一撃の重みに、そして速さに声を漏らす。

 そして、アイシスの想像以上の強さに笑みを浮かべる。

 アイシスを弾き飛ばして距離を取ると、ティールは初めて剣を構える。


「ならばこちらからも手を出させてもらう。……お前の力見せてみろ」

「はい!」


 次の瞬間、二人は同時に地を蹴る。

 そのあまりの速度にシンは目で追うことすら叶わなかった。二人の剣がぶつかる音でやっと何が起こっているか理解できた程度だ。

 もちろん、その後の剣戟も注意してみればなんとか見える程度だ。

 ただ、その音からもわかることがある。

 おそらく、攻守を入れ替えながらほとんど互角に戦っている。だがそれは二人の実力が互角だからというわけではない。

 両者が均衡しているのは、ティールが手加減しているからにすぎない。


「すごいな。……これがメルクーアか」


 今のアイシスは強い。

 確かに剣技という面ではいくらか未熟ではあるものの、その強化された身体能力を含めれば一流の剣士にも決して遅れを取ることはない。

 それを遊び気分で軽くいなしているティールの凄まじい実力にシンは畏れよりも呆れを覚える。

 彼が想像を絶するほどに強いのは最初からわかっている。シンは錬金術士としてのアイシスの才能を知っているのだから。

 そのメルクーアの才が剣に発揮すればこの程度は容易いことなのかもしれない。

 だけど、その限界がシンにも全くわからないのだ。


「―――きゃっ!」


 やがて、ティールが放つ強力な一撃にアイシスが吹き飛ばされたところで戦いは終わる。

 思索にふけりながらもじっくりと観察していたシンは納得したように頷く。ティールの顔を見ればわかる。ティールはアイシスの力を認めたのだ。

 確かに、力という面で見ればアイシスはティールには遠く及ばない。まだまだ弱いとも言える。


「ふっ、なかなかに恐ろしい力だな……」


 ティールは感心したように呟く。

 アイシスの力、それ単体で見ればティールにとって恐るるに足らない。

 だが、そんなことは初めから想定している。

 アイシスが持つ力は錬金術。それは戦う力ではなく創る力だ。だから、アイシスが自分に匹敵するほどの力を持っているとは思っていない。ただ、少しだけそうであることを期待はしていたが。

 その創る力が及ぼす影響は計り知れない。

 アイシスが急に強くなった理由、それはティールにもわかる。簡単だ。先ほど飲んでいた何かによって強化しているのだ。

 それは一時的なものだろう。そしてそれがどのくらいの時間強化を保てるのかはわからない。

 だが、それを量産できるのであれば常軌を逸するほどの効果をもたらすだろう。

 たいした力を持たないアイシスですらこれほどまでに強くなったのだ。これを精鋭と呼ばれる騎士たちに使ったならば一体どれほどまでに強くなるのか。最強の部隊ができることは想像に難くない。

 それこそ、世界の均衡が崩れてしまうことを危惧しなければならないほどだ。

 だから十分だ。

 ティールの目から見てアイシスのメルクーアとしての才は十分に発揮されている。これだけの力を示せば父も母も納得するだろう。アイシスの好きなように生きられるはずだ。


「―――お兄様」

「……なに?」


 それで終わりのはずだった。

 だけど、アイシスの目はそうは言っていない。

 むしろ、これからだと、そう言っている。


「錬金術はどうでしたか」

「見事だ」


 一言、そう称賛する。

 それを聞いてアイシスは嬉しそうに口元を緩める。

 そして、一度目を瞑り、精神を集中させる。


「ですが、お兄様は満足されましたか?」


 そんなことはない。

 シンが言った全力というものはまだ出していないのだから。

 アイシスはちらりとシンに視線を向ける。確認を取るように。


「アイシスの好きにすればいい。……全力でやれ」

「はい!」


 頷いたアイシスはもう一度剣を構える。


「お兄様」

「ああ」

「錬金術はお見せしました。ここからは、私の力。―――天才錬金術士アイシス・フォン・メルクーアの本気の剣をお見せします」

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『33.戦闘』10/03 21:00投稿となります

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