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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第三章 『悲嘆のメルクーア』
30/71

30.来訪

 アイシスは創ってきた試作品を並べると、シンの店で二人その効力について確かめていた。


「……どうかな? 悪くないと思うんだけど」


 それなりに自信はある。以前の薬から試行錯誤を経てかなりの改良を施しているはずだ。

 もちろん、材料としてはほとんど変わっていないので、いきなり効力が何倍にもなっているなどということはないが。

 だけど、シンの反応は芳しくなかった。


「だめ、かな……?」

「だめということはないんだけど……」


 シンは言葉を濁す。

 確かに効果は向上している。そこに間違いはないのだが、それがシンにとって思ったような進化の仕方ではなかったのだ。


「効率としてはとてもいい、と思う。たぶん完璧に近い、んじゃないかな? ただ……」

「……ただ?」

「なんていうか万遍なく良くなっているって感じかな。……悪くはないんだけど、俺が思っていたのとはちょっと違うかな」


 そう言われてアイシスは納得したようにゆっくりと頷く。

 確かに、アイシスが考えていたことは薬の効果を上げることだ。だからこそ効率的に、そのまま良い薬を創ることに注力してしまった。

 つまり、何のための薬かということをもっと考えるべきだったということだ。


「特に、傷薬としての効力が少し高すぎる、かな」


 普通に考えればそれ自体は悪くない。あくまで傷薬であるということを考えるならば、傷を治すということを第一に考えるのはおかしくはない。優秀な傷薬と言ってもいいだろう。

 だけど、これは常用として持ち歩くためのものではない。特定の状況に対応するためのものだ。

 傷を治して戦闘を続行するために使うのではなく、とりあえず危機を脱して生き残るためのもの。確実な治療はそこから逃げのびた後でいいのだ。つまり、死なないための薬。


「けど、まぁアイシスが最善を目指した結果ならこれで間違っていないんだろう。……どちらかというと素材を用意した俺の失敗だな」

「そんなことはないと思うけど……」

「聖なる実からの力の取り出し方をもう少し考えないといけないか……。力を偏らせるように構成をやり直すか……」


 ミリカが調達してくれた聖なる実。それを使って今まで創っていた白のミアプラキドスという闇の力に対抗するための薬に改造、改良を加えているのだが、なかなかそれがうまく進んでいない。

 聖なる実が内包している聖なる力が小さいという問題もあるかもしれないが、理想の形でその力を利用することができていない。


「問題はどこにあるの……?」

「たぶんだけど、まだ癖を掴みきれてないのかな。……結局は数をこなすのが一番の早道のはず」

「そっか。まだ時間かかりそうだねぇ」

「しょうがないさ。そうそう簡単にはいかないのはわかってた。……まぁ、まだ差し迫ってないし時間もあるから慌てる必要はないんだけどさ」


 もちろん、単に効力を上げるだけというのなら方法はある。特に、聖なる力については聖なる実よりも強い力を持ったものがいくらでもあるからだ。

 ただ、それだとお金がかかりすぎる。薬が高価になってしまうし、大量生産もできなくなる。

 それでは本末転倒だ。


「時間はある、と思うし、もう一度いちからやり直してみるよ」

「うん、私もできることがないか、いろいろ試してみるね」

「頼む。じゃあそういう―――」


 その気配に気付いたのは二人ほぼ同時だった。

 シンとアイシスの二人は扉から誰が入ってくるのかとじっと息を潜める。

 そんな二人をよそに、店の扉が開かれる。いつもどおりに自然に。

 そこから現れたのは一人の男だった。

 その男が何者なのか、シンにはひと目でわかった。

 男が身にまとう底知れない威圧感、そしてどこかで感じたような気配。さらには何かに似た優しげな顔立ち。何よりその美しい銀白色の髪。

 決定的だったのは、となりのアイシスが呼吸を忘れて立ち尽くしていることだった。


「―――お兄様」


 だろうな、とシンは心中で呟く。

 逆にこれでアイシスと無関係の人間だと言われた方が驚いてしまう。

 ただ、思っていたのとは違うとも思っていた。

 アイシスの話を聞いて兄や姉はもっと年上だと想像していたが、眼前の男は思っていたよりもかなり若い。おそらくはシンとさほど変わらないだろう。少し上といったところだろうか。

 それに、もっと厳しそうなものだとも思っていた。

 うろたえるアイシスとは裏腹に、その男は懐かしむような優しげな眼差しを向ける。


「……とりあえず、奥にどうぞ」


 シンはそう言うと二人を奥の部屋へと案内し、椅子に座るよう促すと、飲み物を三つ用意する。


「どうして、ここがわかったのですか?」


 アイシスが尋ねるも、その質問は意外だったのか、男は少し呆けたようにぽかんと口を開ける。

 そして、小さく笑いを漏らす。


「この街にいることはかなり前からわかっていた」

「え? どうして……」

「お前がそう書き置きを残していたのだろう……。トーラスに留学すると」


 そう言われてアイシスは眉を顰める。

 確かにアイシスは家を出るときに書き置きを残してきた。

 家族に許可をもらうこともできず、かといって黙って出て心配をかけるのも本意ではなかったからだ。

 だから書き置きだけを残して逃げるようにこの街にやってきた。


「それは、そうですが……。私が本当のことを書くとも限らないのでは?」


 もともとは、このトーラス王国に来たことに特別の目的はなかった。

 この国を選んだ一番の理由はここが芸術の国だからだ。まれにある話なのだ。たとえば家を継ぐこともない、やることのない貴族の末子などが、芸術を学ぶという理由で、あるいはその体でトーラスに留学するという形をとるということが。

 だから、世間体として言い訳ができるようにアイシスはそう書いたのだ。


「お前はそこで嘘をつくことはできない」

「……どうして、でしょうか」

「嘘をついた場合、後になって何らかの問題が生じれば家に迷惑がかかる可能性があるからだ。……お前はメルクーアの家の負担となることを望まない」

「……」


 アイシスは何も答えられずうつむく。兄の言うとおりだからだ。

 この国に来ると決めたからそう書いたのか、そう書いたからこの国に来たのか、今となっては覚えていないが、そこに書き残した言葉のとおりにアイシスはこの国にやってきた。

 故郷であるガエメニに比べてこの国は錬金術が多少は周知されているという利点はあったが、それは結果としてそうだっただけの偶然だ。それを考えてこの国を選んだわけではない。

 そこでアイシスは大きく息をつく。自分を落ち着かせるように。

 確かに言われたことは事実だし、簡単に見透かされてしまっていることに思うことはあるが、別にそれで何か問題が起こっているというわけでもない。

 遅かれ早かれ、自分がここにいると気付かれることは想定していなかったわけでもないのだから。


「……あ」


 少し冷静になれたからだろうか。

 一番最初にやらなければならなかったことを思い出す。


「シン、こちらは私の兄、ティール・フォン・メルクーアです。そして、お兄様、こちらは私の錬金術の師であり、友人でもあるシンです」


 そう紹介されてシンは小さく会釈する。

 一方のティールは興味深そうにシンのことを観察していた。

 シンはその視線に疑問を抱く。その目がどういう意味を持つのかわからなかったからだ。敵意のようなものがあるわけではないが、その目はシンの奥底を探ろうとしているように見えた。

 ただ妹を心配しているだけ、というようにも思えなかった。


「錬金術、か……」


 ティールがぽつりと呟く。


「ご存知なのですか?」

「……いや、ほとんど知らないな。そういうものがある、という程度だ」


 アイシスはその兄の答えに意外そうに目を細める。

 兄が無知な人間だとは思わないが、錬金術などといった分野に興味を持つような人間ではなかったはずだ。特に、ガエメニにおいてはほとんど知られていないはずの錬金術の名前だけでも知っているというのは驚きだった。

 おそらくあらかじめ知っていたというわけでもないのだろう。だとすればアイシスが錬金術というものを学んでいると聞いてそれを調べてきたのかもしれない。


「……ところで、ここに来たご要件をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 身構えながらアイシスは尋ねる。

 予想はできる。悪い予想ではあるが。

 おそらくは自分を連れ戻しに来たのだろう。


「婚約の話が上がっている。―――両親はお前の十八の誕生日に婚約を発表するつもりだ」

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『31.試験』10/01 21:00投稿となります

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