03.アイシス
―――錬金術。
その力の名を祖父から聞いたミネヴァはすぐさま書庫に籠もり、片っ端からそれについて記された書物を読み漁った。
錬金術というそれ自体の名前こそ知ってはいたものの、その概要はともかく詳細については万能姫と称されたミネヴァですらほとんど知らなかったのだ。
そしてある程度の知識の蒐集を終えると、専門家を城に招くことにした。だが、錬金術について研究している学者は数が少なく、優秀な錬金術師もなかなか見つからなかった。
わかったことはいまだその技術は習熟されておらず発展途上であるため、術者によってそれについての認識がばらばらであるということだ。中には錬金道具によって神話のような奇跡を起こせるというような話もあり、それに十分な信を置くことはできなかった。
だが、それでも、ミネヴァにとってすがる価値のあるものだと思えた。
これまで探してきた他の方法では成し遂げられない奇跡。ほんの僅かな可能性だったとしてもそれに賭けるしかないのだから。
「―――ミナ様。もうすぐ街に着く」
思索にふけっていたミネヴァはその言葉にはっと顔を上げる。
ミナ、と愛称で呼んだ小柄な少女はネリア・マル・アルエス。ミネヴァの幼馴染みであり、親友であり、そして、末の王女であるミネヴァにとって妹のような存在であった。
ミネヴァは視察を名目として、王国の外れにある小さな街を目指していた。優秀な軍部の家系であり、護衛騎士でもあるネリアを連れての、たった二人での小規模な視察ではあるが。
「リア。……本当にいると思う?」
ミネヴァもまた、ネリアを愛称でそう呼ぶ。
ネリアはその問いに首を横に振る。
「……わからない。でも、そうするしかない」
「そう、ね。……ええ。あなたの言うとおり」
その返答にミネヴァは苦笑を浮かべる。ネリアの言うとおり、ここまで来たからにはそうするしかないのだ。
ミネヴァがこの小さな街を訪れたのは、この街に非常に優れた錬金術師がいるという噂を聞いたからだ。初めに聞いたときにはそれを疑わしいと一蹴したものの、情報を集めていくにつれてそれが不思議な信憑性のようなものを帯びていったのだ。
何者かに誘導されているかのような不気味さ。まるで運命を感じるかのような高揚感。
相反する二つの予感に不安と期待はどんどん膨らんでいった。
街に着いた二人は宿を取り荷を置くと、すぐに錬金術師を探すことにした。
だが、それは意外にもすぐに見つかることとなった。
「―――え? ああ、あの子を探してるの?」
宿屋の受付に錬金術師というものを訪ねたところ、すぐにそのような答えが帰ってきた。どうやらかの錬金術師はこの街では有名人であるらしかった。
その微笑ましそうな語り口を見るに、それは良い意味での有名人であろうが。
「そこら辺歩いて『天才錬金術士』って聞けば一発でわかると思うわよ」
その助言に感謝を述べると、宿を後にする。
ただ不安にもなる。天才などと自称するものの胡散臭さは尋常ではない。しかも、宿屋の受付の女性、さほど年嵩でもない彼女からあの子などと呼ばれるからには、どれだけ多く見積もってもその年齢はミネヴァと同程度だろう。
その不安はすぐに確信に変わる。
その工房を見つけることに苦労はなかった。話に聞いていたとおり、道を歩いている者に尋ねれば誰もが迷いなく即座に指で指し示してくれたからだ。
だが、たどり着いた先に待っていたのは思わず顔を歪めてしまうような光景だった。
「……これ、正気なのかしら……」
呟いてしまう。
ミネヴァのその言葉に同意するようにネリアも無言で頷く。
二人の視線の先にあったのはこの芸術の国ですら一際目立つほどの派手な看板だった。
そして、そこに書かれていたのは『天才錬金術士アイシスのアトリエ』という文字。
その異様さに思わず二の足を踏んでしまう。
ちらりとネリアの表情を窺うとため息をつく。どちらにせよ、そうするしかないのだから。
心を落ち着かせるように一つ深呼吸すると、思い切って店の扉を開く。
「―――いらっしゃい。……お客さん?」
抑揚のない声で二人を迎え入れたのは。ネリアと同じくらいの小柄な少女だった。長く伸びた銀白色の美しい髪に思わず息を呑む。
ほんの僅か、二人を見たときにその声に温度が宿ったような気がしたが、すぐに何事もないかのように二人を椅子に案内する。
「それで? 何か用かしら?」
その口調とは裏腹にあまり高圧的に聞こえない声音に違和感を抱きながらもここを訪れた目的を説明する。
「薬を作っていただきたいのです」
その言葉に、少女は目を細める。
「薬屋ならあっちにあるわ。ここからなら歩いて五分くらいね」
「……いえ、普通の薬屋では手に入らないものなので」
「そう……」
突き放すような少女の言葉に動じることもなくミネヴァがそう返すと、そこでやっと少女の目に興味が灯る。
「……私の薬は高いわよ。それこそ普通の薬屋とは比べ物にならないほどに」
「もちろん、それも承知しています」
「それで、何の薬が欲しいの?」
その言葉にミネヴァは一度、ネリアの方に視線を向ける。そして、頷き合うと、真剣な表情を浮かべ、少女と向かい合う。
「……実は、正確には薬ではないのです」
「……どういうこと?」
「私が作って欲しいのは『竜秘玉』という錬金道具なのです」
「―――竜秘玉!?」
初めて少女の顔に感情が表れる。
その気持ちはミネヴァにもわかる。思わず苦笑を浮かべそうになってしまうほどに。
―――竜秘玉。
それは錬金術の秘奥と言ってもいいほどのものだった。極めた錬金術師によって作られたそれは死者をも蘇らせると言われるほどの逸品。
さすがにそこまではミネヴァも信じてはいなかったが、その効能はミネヴァにとってどうしても必要なものだった。
「……何のために竜秘玉を?」
「呪いを、解くためです」
「呪い? ……たかが呪いのためにそんなものが必要だとは思えないのだけど」
「それが―――『邪竜の呪い』なのです」
「……」
その言葉に少女は目を細めて絶句する。
少女の言ったように、並の呪いであればそこまで大仰なものなど必要ない。高位な司祭や熟達の魔道士。あるいは高度な魔道具を用いれば解呪というものはそれほど難しいわけではない。そこまでやればほとんどの呪いはどうにでもなるはずだ。
だが、邪竜の呪いともなれば話は違ってくる。
「邪竜……? 竜……」
少女はしばらく考え込むと思い出したようにはっと顔を上げる。
「もしかして、ドラゴンゾンビ?」
「はい。……ご存知でしたか」
「でも、普通のドラゴンゾンビ程度に邪竜の呪いなんか……いや……まさか」
ドラゴンゾンビとはその名前のとおり、死したドラゴンが怨念を宿しゾンビとして蘇ったものである。ただ、それはあらゆるドラゴンを内包していることを意味し、たいていの場合、目撃されるのは亜竜や偽竜などのドラゴンとは呼べないものが大半である。
もちろん、その程度のものでも人間から見れば手に余る遥か格上の存在ではあるが、竜としては低位の存在にすぎない。
そして、邪竜の呪いというものは本物のドラゴン、その中でも成竜がさらに年を経たとされる古竜や、その古竜からさらに進化したとされる真竜にしか使うことができないとさえ言われている。
とはいえ、その話には多分に誇張が含まれている。古竜や真竜などは架空の存在と言われるほどに目撃例が少ない。ゆえに邪竜の呪いというのはたいていが成熟した成竜によるものだ。
それでも、古竜や真竜を除けばそれは最上位の竜であることを意味する。
数ヶ月前に成されたドラゴンゾンビの討伐、それ自体は秘事でもなく大々的に喧伝されているため知っている者も少ないわけではない。だが、その詳細について知っているものはごく僅かだ。
おそらくは、それが強力な成竜だったということなのだろう。
「……ドラゴンゾンビの呪い……」
少女のその呟きにミネヴァは頷く。それを肯定するように。
「そういうことね。……だから『万能姫』様がわざわざこんなところまで来たというわけ?」
「……気づいて、いたのですか?」
「……以前、一度見たことがあるからね。ということは……呪われているのはあなたの母君、『聖騎妃』アスナ・ソル・ミスラ、なのかしら」
「はい。お察しのとおり、私は母の呪いを解くためにここに来ました」
そう言うと、ミネヴァは立ち上がり一礼する。
「改めまして、私はミネヴァ・ソル・ミスラ。どうぞよろしくお願いします」
「そう。私は……私の名前は天才錬金術士アイシスよ」
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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