29.強さ
「―――と、そういうわけで武器……特に剣を売るのはやめたんだ」
過去の出来事、自分の剣によって死人が出てしまったこと、それをきっかけにシンは自分の創るものについての責任をより意識するようになった。
武器というものはどうしても戦う者にとって魅力的だ。それを戦う彼らが持ってしまうことで予想もしない争いが起こることだってあるかもしれない。
いろいろなことを考えた結果、シンは主に美術品を商品として貴族に売り出すことになった。
「美術品……絵、とか?」
ミリカは疑問を抱く。
美術品として一番に思い浮かんだのは絵だった。この国においても芸術の分野でやはり絵というものは盛んであり、多くの人間が画家として創作に励んでいる、
もちろん、音楽の分野なども広く流行しているが、そちらは物とは少し違い、奏者の腕によって成り立つものだ。シンにとっては畑違いだろう。
「絵はなぁ……嫌いじゃないけど難しいんだよ」
絵を売る、と考えたときに一番問題となるのはどんな絵を売るかだ。
とにかく種類が多く、依頼主を満足させるものを創るのは一苦労だ。
画法の違い、技法の違い、人物画、風景画、あるいは抽象画か。他にもどんな絵の具を使うかまでこだわる人間もいる。
シンは画家じゃない。そこまで求められても応えることはできない。
「でも、複製とかならできるんじゃないの?」
ミリカは尋ねる。
確かにシンが絵を自分で描くのは難しいのかもしれない。だけど、その見本があればそのまま再現することはできるのではないかと。
シンは頷く。確かにそれならある程度望むものはできるはずだ。
「じゃあミリカは家にいくつも同じ絵を飾りたい?」
「あー……言われてみればそうか」
そう答えられて納得する。
確かに考えてみれば一つの家に同じ絵などいらない。
特に、貴族ともなればそんなことは好まないだろう。たとえば、別の家に暮らす家族に送るなどの特別な状況があれば複製にも意味があるだろうが、あえて家に複数の偽物の同じ絵を飾る意味などないはずだ。
「その点、壺はいいぞ」
「……ん?」
シンの声音が変わったことに気付く。
「壺は自由に創れるからな。大きいか小さいか、後は派手かおとなしめか。それぐらいだな。あとは、色の指定くらいか。依頼主からの注文も細かくない。俺の好きなように創ることができる。それでいて満足度も高い。貴族はみんな壺が大好きだしな。とにかく壺は最高だ」
「そ、そうなんだ……」
その勢いに気圧される。
「ミリカも壺いるか?」
「わ、私はいらないかな。……家もそんなに大きくないし」
「そうか、それは残念だ」
ミリカは肩を竦める。
あるいはシンはこの空気を変えようと気を遣ってくれたのかもしれない。
「……あー、じゃあそろそろ帰るよ。無理言ってごめんね」
そう言うミリカをシンはじっと見つめる。
そして大きく息をつくと、帰ろうとするミリカを呼び止める。
「……あんまりこういうのよくないのかもしれないけどな……。ちょっとついてきてくれ」
不思議そうにするミリカではあったが、シンの言うままについていく。そして、二人は店の裏にある広場に出る。
ミリカが周囲にすばやく視線を巡らせると、ところどころ荒れているのが目に入る。
おそらくは創った錬金道具についての実験などをしている場所なのだろう。
シンはそこで待っているようにというと、一旦店に入り、すぐに戻ってくる。
「これを使ってみてくれ」
そう言ってシンが渡したのは長剣だった。それも一般的なそれよりも一回り大きいと思われる長剣。大剣と呼んでもいいかもしれない。
「私、こんなおっきな剣扱えないと思うけど」
ミリカは怪訝そうに目を細める。
ミリカが普段使っているのは短剣や小剣といった取り回しのいい軽い武器だ。
アイシスなどと比べればそこまで小柄と言うほどでもないミリカではあったが、かといって優れた体格を誇っているわけでもない。やや小柄ではあるがごく一般的といったところだ。その上で細身であるミリカは身軽な装備を好んで使っていた。
「そこも問題なんだよ。結局のところ軽い武器じゃ威力が出ない。それじゃ敵は倒せない。だから自信も持てないし逃げ腰になってしまう」
安全を取るというのならそれも間違ってはいない。冒険者として慎重に臆病に生き残るというのは正しい答えなのだろう。まず生き残る、それは極めて重要なことなのだから。
でも、強くなりたい、力が欲しいと考えるならばそれだけでは足りない。眼の前の障害を打ち砕くなにかが必要になるのだ。
「とりあえず振ってみて」
言われて戸惑う。どう見ても自分には合わない。
だけど、手の中にあるずしりとした感触が、やけにしっくりくる。
ミリカはとりあえず、とその剣を頭上に掲げ、そしてそれを一気に振り下ろす。
「……え?」
きれいだと思った。
その剣の軌道に自分でも呆気にとられてしまった。
「まぁ最初はそんなものかな。しばらくそれで訓練してみるといい。森の中に入るときは慣れないと邪魔になるかもしれないけどね」
「いいの? この剣もらって?」
持てばなんとなくわかる。これは錬金術によるものではない。つまり、店で売っているもの、それをシンが買ったのだろう。
それも、安物ではない。高級品とまでは言わないが、それなりの質を持った良い剣だ。
「いいよ。何かに使えるかと思って買って結局使ってない。……俺はろくに扱えないみたいだし」
ミリカはその剣を受け取り店を出た。
考え事をしてふらふらとしていたせいか、歩いている途中で何かにぶつかってしまう。
「あ、ごめん」
尻もちをつきながらもとっさに謝罪する。ぼうっとしていたのは紛れもない事実だから。
「……かまわない」
柔らかい声に見上げると、そこに巨大な男が見えて後退るように慌てて立ち上がる。
別にその声に何かがあったわけではない。目が合って敵意を感じたわけでもない。ただ、凄まじい威圧感があった。
思わず息を呑む。
体が強張るのを感じる。
「そう警戒するな。弱者に興味はない」
「弱者……」
ミリカの顔が歪む。
今のミリカにとってはいかにもな言葉だったからだ。
それに気付いたのか、男が僅かに口元を緩めながら申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「すまないな。別に悪意はない。ただ、俺にとってはほとんどが弱者だ。お前をことさら貶めたというつもりはない」
「……だろうね」
男の言っていることはただの事実だろう。
眼前にいる男が強いことは勘にするどいミリカでなくとも一目でわかる。その凄まじさは身震いするほどだ。彼からすれば戦うに値する者、敵となることができる者はほんの一握りであり、それ以外は弱者にすぎないのだ。
少しだけ威圧感の緩んだ男を冷静に観察する。
先程は山のような巨体に見えた男だったが、改めて見ればそこまで大きくはない。一般的な体格であるシンなどと比べれば大きい部類には入るだろうが、高さも厚さも、常識的な範囲に留まっている。
よく見れば鍛え抜かれているというのはわかるが、一見すると優男にすら見られかねないくらいだ。その仕草にはどこか上品ささえ見て取れた。
その優しげな表情を見ても、威圧感をまとう存在とは正反対と言ってもいい。
だからこそその穏やかさが逆にミリカにとって恐ろしくも感じた。
ふと、男の視線がミリカの腰に向かう。
「なるほど、長剣か、悪くない」
「悪くない?」
聞き返すと男はふっと笑う。からかうように。
「お前に合っているという意味だ。……まだまだ修行は足りないみたいだがな」
目の奥まで覗き込まれるような視線にミリカもたじろぐ。その目に何もかもが見透かされてしまうようなそんな気さえした。
おそらく、ミリカの強さについては完全に把握されているのだろう。
このほんの僅かな時間で。
ミリカは諦めたように嘆息する。
「……まぁたまにいるよね。こういう化け物みたいなやつ……」
それは聞かせるための言葉ではない。ただ、ミリカが自身を納得させるための呟きだった。
だが、男はその言葉を耳聡く逃さなかった。
その声音にどこか経験のようなものが含まれていることを。
「興味があるな。そういう人間に心当たりが?」
ミリカは露骨に顔をしかめる。余計なことを言ってしまったことに気付いたからだ。
この男がどこの何者か、ミリカは何も知らないのだから。
その懸念を読み取ったのか、男は小さく笑う。
「安心しろ。これでも悪人ではないつもりだ」
そんな言葉を信じられる根拠はなにもない。
だけど、不思議と嘘は言っていない気がした。この男に悪意はないと。よほどのことがなければ無茶はしないはずだと。
ただ、そうだとしても口にするのは憚られた。
男はそんなミリカの目を覗き込む。
「……なるほど、この辺りにいるということか。それならそれで自分で探すのも面白い……」
男は呟くとしばし考え込み、やがてにやりと笑う。
「感謝する」
それだけを言うと、男は話は終わりだと歩き出した。
その背中をミリカは目で追い続けた。こんなやつがなぜここにいるのだろうと。
ただ、その美しい銀白色の髪は、どこかで見たような気がした。
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次話『30.来訪』09/30 21:00投稿となります




