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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第二章 『偽物の竜秘玉』
25/71

25.悲嘆

「メルクーア……!」


 その名前にミネヴァは瞠目する。

 アイシスがどこかの貴族のお嬢様であろうことは想像がついていたが、まさかメルクーアの名前が出てくるとは思ってもいなかった。


「そう、ですか。『商人』のメルクーア……。なるほど、家のこと、というのはそういうことですね。ですが……どうしてこのトーラス王国に? メルクーアは基本的に自国の利益を優先する存在だったと伺っていますが」

「それは……少しばかり事情がありまして」


 アイシスはこの国に来た経緯を説明する。

 自分の生まれのこと、才能を見つけられなかったこと、そして、シンとの出会い。以前にネリアに話したことを同じようにミネヴァにも話した。


「それは私共にとっては幸運でした……と言っては失礼でしょうけどね」

「いえ、そのようなことは……」


 確かにそう言われれば思うところもあるが、だからこそ今の自分があるというのも事実だ。


「でしたら、なおのことよかったのですか?」

「何が、でしょうか?」

「メルクーアの目的は自分を高く売ることと聞いています。であるならばあなたが叙勲を受けるべきだったのでは? 彼もそう望んでいたことですし」


 名を上げて高い評価を受ける。メルクーアが自分に高値をつけるためにはそれが最善のはずだ。ならば妃の命を救ったこと、誰にもできなかったそれを成し遂げたと王に認められれば誰からも才を認められるはずだ。

 そうすることがアイシスの目的にも適うのではないか。

 そうしなかった理由がミネヴァにはわからなかった。だけど、アイシスの言葉を思い出す。


「それが、まだ早い、ということなのでしょうか?」

「そうですね。いまはまだ錬金術のことを誰も知りませんから……」


 アイシスの能力が認められるということは、一流の錬金術士として認められるということだ。

 それには前提として錬金術のことが知られている必要がある。誰も知らない錬金術について一流もなにもあったものではないのだから。

 だからまずは錬金術というものを広く知らしめなければならない。誰もが、とまでは言わないが、それなりに知っている者が増えなければその価値が認められることはない。

 この国では錬金術の存在は多少は知られている。誰も知らないというほどではない。だが、知られていると言ってしまえるほどではない。

 それでも、この国はまだましな方だ。

 アイシスの祖国ガエメニではさらに知る者は少ないはずだ。幅広い知識を持つアイシスでさえかろうじてそういったものがあると、名前を聞いたことがある程度に過ぎなかった。実際に錬金術というものも、それを扱う者も見たことはなかったし、聞いたこともなかった。

 だからまずはこの国で錬金術を広める。そのうえでガエメニにも認知させてその評判を持ち帰るのだ。そういう順番だ。

 そうして自身の力を知らしめる。それがアイシスの目的だ。


「そういうことですか。……それで、彼の目的は?」


 おそらくそれだけではないだろう、とミネヴァは思ったが、それ以上の詳しい事情についてはアイシスも語るつもりはないのだろうと考えて話を切り替えた。全てではないだろうがアイシスについておおよそのことはわかったからだ。

 それに比べてミネヴァはシンのことについて何も知らない。ミネヴァですら聞いたことのない国の出身だということと、普通の錬金術ではない力を使うこと。現状でわかっているのはそれくらいだろう。


「シンは……シンの目的は私も知りません。聞いていませんから。……ただ、創ってほしいものがあると」


 それも含みのある答えだった。あるいはわざとかもしれない。

 聞いていないというのは事実だろう。そして、知らないということも。だけど、きっと見当はついているのだろう。

 ただ、それを直接聞いていない以上、想像で語るつもりはないということだ。

 だけど、ミネヴァにとってその答えでは満足できるものではなかった。それが表情に表れていたのだろう、アイシスは苦笑すると話を続ける。


「彼の力は、正直に言うと私にとっても得体の知れないものです」


 それは以前からミネヴァも聞いていた話だ。

 シンは錬金術が使えないと言っていた。正確には錬金道具を創ることができないと。だけど、錬金術のようなものは使えるのだ。

 アイシスと同じように錬金素材を見極める目を持ち、錬金道具の力を引き出し使うこともできる。そして、効果こそないものの、強力な力を持ったものを創り出すことができる。

 アイシスにもそれが何なのかはわからない。

 それは錬金術ではない何か。あるいはその特別な力はシンの出自に関係するのかもしれない。

 だけど、それが錬金術ではないと感じていても、それと同時にひとつの確信もあった。それは錬金術と同じなのだと。ひどい矛盾にも感じるが、それが真実なのだと。


「だけど目標はあります。私たち二人の今、目指すべき目標」

「なるほど……。だから彼はあなたを鍛えているのですね」


 ミネヴァの言葉に一瞬驚いた表情を見せた後、アイシスは頷く。

 ミネヴァの言うとおり、シンはアイシスを鍛えている。アイシスの錬金術の腕を磨くべく。

 シンは錬金道具を創ることはできない。だから、アイシスを頼るしかないのだ。何か、自分に必要な錬金道具を創ってもらうために。そして、そのために二人は協力関係なのだ。お互いの目的を達するために。

 錬金術を極めること、それはアイシスにとってもシンにとっても必要なことなのだから。


「今の私たちの目標は―――賢者の石を創り出すことです」

「……そんな、正気ですか?」


 ミネヴァは驚愕に目を見開く。

 賢者の石―――その名前はミネヴァでも知っている。だけど、それは名前を知っているだけだ。

 竜秘玉が錬金術の秘奥だとしたら、賢者の石は伝説や神話の領域。存在するかどうかすらわからないものなのだ。

 曰く不老不死の霊薬のもととなるもの、曰く生命を創造する源となるもの。

 真偽不明な伝承こそ残っているものの、実際にそれが創られたという記録はない。ただ、そのような話があるだけだ。

 それを目標としているなどと、ミネヴァにとって正気を疑うような話だった。それも、そこを到達点としているわけでもなく、現状の目標、通過点としてみなしているのだ。そこからが始まりだと。


「すごいですね。……私とは大違いです」


 これがメルクーアというものなのか、あるいはアイシスたちが異常なのか、それはミネヴァにはわからなかったが、ただ、畏敬の念はあった。

 それこそミネヴァがずっと憧れていたものなのだから。

 万能姫とうたわれるミネヴァだったが、それを誇りに思ったことはない。なんでもできると言われても、自分は何もできないと思っていた。何をやっても決して超一流と呼ばれるものたちには敵わなかった。その領域には届かなかった。

 ちらりと隣に視線を送る。

 ネリアもまたその一人。ミネヴァにとって届かない存在だった。


「あなたは……その力を何のために振るうのですか?」


 アイシスが持つその才、それを羨ましいと思った。だから聞いてみたいと思った。

 その問いにアイシスは目を伏せると思い出すように目を閉じる。


「……私も、ずっとあなたが羨ましかった」


 それはアイシスも同じだった。

 アイシスもまたミネヴァと同じように様々なことに挑戦した。自身の才能を見出すために。

 そして、自身の力を示して家族の愛を得るために。家族の証を立てるために。

 だけどそれが実ることはなかった。それなりに広い知識や経験こそ得られたものの、何をやっても凡才だと言われ続けた。

 そして、貧乏姫だと陰口を叩かれた。なんでもできる万能姫の皮肉としての呼び名ではなく、本当の意味でのなにもできない貧乏姫と。

 だから、アイシスにとってもミネヴァは憧れだったのだ。

 そしてアイシスは知っていた。ミネヴァという王女はアイシスと同じく貧乏姫と陰口を叩かれながらもいつも誰かのためにその力を使っていたことを。国のために、民のために、自分の才能を努力を費やしていたことを。

 比較されていたこともある。アイシスはそんなミネヴァを見て自分もそんな彼女のように生きられたらと密かに憧れを抱いていた。


「他人から見ればたいした悩みじゃないのかもしれません。だけど、私はずっと辛くて悲しくて、寂しかった」


 家族から愛されなかったわけではない。優しくされなかったわけではない。だけど、父からも母からも、その才のなさゆえに他の家族とは違う扱いをされていた。ずっと自分だけが特別だった。

 もちろん、そこに悪意はなかった。ただ、才能がないアイシスを同じに扱うことができなかっただけだ。


「そんな日々がずっと憂鬱でした。それからの未来を考えてずっと悲嘆に暮れていました。……そんな私を救い出してくれたのがシンなんです」


 救われた。

 だから思ったのだ。自分も誰かを助けたいと。

 シンとミネヴァ。その二人がいて今の自分がいる。誰かを救える人間、自分もそんな人間になりたい。

 誰かの嘆きを、悲しみを、この手に宿る力はそれを拭い去るためのものだと。


「だから私は―――悲嘆の錬金術士、アイシス・フォン・メルクーアです」

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『26.向上』09/26 21:00投稿となります

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