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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第二章 『偽物の竜秘玉』
20/71

20.アトリエ

 シンは店の前に立ち、改めてその看板を眺める


「―――天才錬金術士アイシスのアトリエ。我ながらなかなかの出来だな」


 これを作った日のことを思い出す。

 アイシスは自己評価の低い少女だった。家庭環境や、彼女のやってきたことを考えればそれもわからなくはない。何をやっても満足がいく結果が得られなかった。その経験が彼女をそうしたのだろう。

 様々なことを識り、色々なことができる彼女であるが、どれも一流とはほど遠い。

 シンの目から見ればそこまで卑下するようなものではないが、優秀な兄姉を見てきたアイシスにとっては物足りないものだったのだろう。アイシスは何をするにも自信が持てないようだった。

 だからこそシンはこのようなものを作った。

 他のことは違っても、少なくとも錬金術に限っては自分は天才なのだと、そう自分で言うのだと。きっとその言葉が彼女の心にとっての力となるはずだと。

 その思惑は功を奏した。現状で彼女は錬金術士である自分に誇りのようなものを持っている。いまだ完全というには遠いものの、その力には確かな自信を持っている。

 だけど、シンの狙いはそれだけではなかった。

 彼女に才能があるのは初めからわかっていた。だから、きちんと学べばアイシスが一流の錬金術士になるのも当然だ。ただ、そこで満足してしまっては少し不都合なのだ。

 その先、それこそ歴史に残るほどの至高の錬金術士にまで成長してもらわなければならない。

 それにはこの仕事はもってこいだった。

 竜秘玉という至上の錬金道具。これは今の錬金術の極致と言っても良い領域だ。

 もちろん簡単ではない。だが、これを創ることができればアイシスの技量、能力はさらなる高みへと踏み出すはずだ。


「アイシス、調子はどうだ」


 店に入りながら声をかける。

 しばらくすると、慌てたようにばたばたとアイシスが駆けてくる音が聞こえる。


「うん、できてるよ。これ」


 その手の中には糸束のようなもの。

 それを見て何度か頷くと、シンは受け取りじっくりと眺める。


「あの、それ、でいいのかな?」

「……ああ、よくできてるよ。完璧じゃないか?」

「そっか。うん。それならよかった」


 安心したようにアイシスは胸を撫で下ろす。なんとなくだが、一瞬だけシンの表情にどこか憂いのようなものが見えたように感じられたのだ。だけど、シンが完璧だと言うのならばこれでいいのだろう。

 竜秘玉ほどではないにしろ。これもとても難しい道具だった。これまでに創ったことのないほどに。竜秘玉の前の力試しというのも納得がいく。

 これもまた、アイシスにとっては未知の領域と言っていい。

 だからその出来に対していまいち自信が持てなかったのだ。

 シンにわざわざ頼まれた道具であり、それで満足してもらえない出来なら意味がないのだから。


「シンの方はどう?」

「こっちもだいじょうぶだ」

「……竜秘玉はできそう?」

「おそらく、な。だいじょうぶだと思う。……できるだけのことはやった」


 用意してきた素材をアイシスに手渡す。

 それを感心したように眺めていたアイシスだったが、やがてその顔が引きつっていく。


「こ、ここまでやらないと駄目だったの?」

「……どうだろうな。できるだけやったらこうなってしまった。今の俺の全力だと思ってくれていい」

「そう、なんだ……。うーん、全力、かぁ。すごいんだけど、だいじょうぶかなぁ……」


 もとはフレアワイバーンの素材であったはずのそれはアイシスの目から見ても別物だった。本物の竜素材だと言われたらアイシスも疑わないだろう。

 完全な偽装、それだけでなく極めて高品質な竜素材。これに騙されない者はいないだろう。

 だけど、これなら本当に創れるかもしれない。自分がこれを扱いきることができるならば。


「後は任せていいか? ……何か手伝えることがあるなら俺もやるけど?」

「手伝えること? 今は、ないかな? ……後は私がやらないといけないことだから。不安だけど……」

「なら任せるよ。頼んだよ、天才錬金術士」

「あはは……」


 苦笑するアイシスに竜秘玉を託して、シンは店を後にする。

 アイシスが完成品を持ってシンのもとを訪れたのは、それからおよそ三週間後だった。


「うう、シン……できたよ……。見て」


 ふらふらの足取りで手に持つそれを受け取ると、シンはその竜秘玉をじっくりと眺める。


「見事だな……」


 感嘆の息を漏らす。

 それだけで十分だった。

 アイシスならできると信じていた。そして、彼女はやり遂げた。


「それにしても、思ってたより早かったな」


 三日ほど前、シンが様子を見に行ったときにはアイシスはもう少し時間がかかりそうだと言っていた。

 さすがに難しいことはシンにもわかっていたため、急かさないように気を付けていたのだが、予想よりも早くできたことに驚いているのだ。

 あるいは何かを掴んだのかもしれない。


「うん。やっているうちに何て言ったらいいか……馴染むような感覚があって」

「馴染む?」

「シンがやってくれたんでしょ? 私に合わせて」


 それは正しい。シンはあらかじめアイシスに合わせて素材を準備していた。その方が使いやすいだろうと。それはこれまでも同じだったが、アイシスがその感覚を得たのは今回が初めてだった。

 それが今回のぎりぎりの状況によるものか、あるいは単純にアイシスの才が開花したゆえに一つ上へと進んだのか、それはわからないが、どちらにせよアイシスは新しい感覚を理解した。


「この出来なら十分だろ。……明日にでも行こうか、彼女たちのところに。アイシスは今日のところは体を休めておいて」

「うん、わかった。そうする」


 そう言い残すと、アイシスは来たときと同じようにふらふらと帰っていった。

 シンはそれを見届けた後、明日からの準備に取り掛かる。

 場合によってはそれなりに長期的にこの街を離れることになるため、知人に報告したり、孤児院に挨拶に出向いたり、旅のための道具を揃えたりなど、細かい雑事を終わらせる。

 そして翌日、アイシスがシンのところを訪れるのを待って、二人は出発した。


「この辺りでいいんじゃない?」

「そうだな」


 そして、街の外、通る者もほとんどいないであろう静かなところまで行くと、周囲の様子を窺う。絶対に見られてはいけないわけではないが、余計な面倒を背負わないためにもなるべく誰にも見られたくないからだ。


「アイシス、これを」

「うん」


 シンはアイシスに創ってもらった糸束のような錬金道具を渡す。

 これはこの国の王都を訪れたことのあるアイシスでなければ使えないからだ。


「王都に行ったことあるんだよな?」

「昔、だけどね。……一回だけ」


 アイシスがその糸束を解くと、ふわりと宙に浮かび上がる。そして、その糸は人間がくぐり抜けられる程度の円を形成する。

 そして、その円に向けて手をかざし、力を込める。


「限界解放―――導き、繋げ。アケルナルの門」


 凄まじい力が渦巻くと、その円が光り輝く。


「繋がった。……と思う。たぶんだけど」

「そっか、なら入ってみるよ」

「あ、待っ―――」


 アイシスが止めるのも聞かず、シンはためらうことなくその円をくぐり抜ける。

 アイシスにとっては少し効果に不安のあるものだったが、シンはそれが問題ないことを確信していたため、何も恐れることはなかったのだ。

 ただ、本当にそこにたどり着けるかどうかはアイシスの記憶次第というところもあったため、それが狙いどおりの場所かどうかについては確信が持てていなかったが。

 その中にシンの姿が消えるのを見届けて、しばしどうするべきか逡巡を繰り返した後、アイシスもまた思い切ってその中に飛び込む。


「……王都だ」


 その円をくぐり抜けた先は草原だった。ただ、視線の先には巨大な王都が目に入る。

 多少のずれはあったものの、効果としては完璧だったと言ってもいい。


「やっぱ転移の道具ってすげえな」


 その言葉にはアイシスも同意する。

 効果自体は理解していたものの、それを目の当たりにして改めて感心していた。

 あの街から王都までは少なくとも一週間で歩けるような距離でもない。その距離をこの錬金道具は一瞬に縮めてしまったのだから。


「これからどうするの?」

「どうするかな……。一旦、宿を取ろう。それで、それから王女様のところ……王宮に行く」

「え? うん。……でも、入れないと思うよ?」

「だから先に宿を見つけておくんだよ」


 それがどういうことかわからずアイシスは首を傾げる。

 それでもシンが後で説明するというと、二人は王都へ向けて歩き出した。


「……順調、だな……」


 小さく呟いたシンのその声。

 アイシスにはそれがとても嬉しそうで、そして、少しさみしそうに聞こえた。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『21.王都』09/21 21:00投稿となります

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